つくり話の世界では
『……………』
全員が黒い服に身を包み、お経だけが静かに読まれる。黒い服は持ってなかったから、急いで買った。喪服なんて、買う予定無かったのに。
「…………」
「…………」
視界の先にいるふたりは、ただ静かに遺影を見つめていた。
∵∵∵
『………』
久しぶりに訪れた影山家は静かだった。美羽は今、一人暮らしをしているらしい。もしかしたらご両親が居るかもしれないし、私なんて来られても迷惑かもしれない。
それでも、来ずにはいられなかった。
「……名前ちゃん?」
『やっほ』
チャイムを鳴らして出て来たのは飛雄だった。ジャージを着ている辺りを見て、ランニングから帰って来たばかりだったのかもしれない。
『ごめん。タイミング悪かった?』
「別に。平気」
『晩ご飯食べちゃった?』
「まだだけど…」
右手に持っていた袋を掲げてニッと笑う。袋の中身に気付いたのか飛雄は目を軽く見開いていた。
『ポークカレー、食べたくない?』
野菜を切る音が響いて、その野菜を鍋の中に入れていく。飛雄はシャワーを浴びて来ると言って姿を消した。その間に作り終えることは無理だけど、お腹に軽く溜まるものも買ってきておいたし、大丈夫だろう。
「あとどれくらい?」
『まだまだでーす』
「…………」
『カレーは一瞬で出来るわけじゃないから』
言い聞かせて適当につまみ的なのを食べさせておく。その間もチラチラと視線を感じるから少し笑ってしまった。こういう所は小さい時から変わらない。
『あと1時間って所かな』
「いっ、1時間…!?」
『レトルトでいいなら用意しますけど?』
「………いい。名前ちゃんのカレーの方がいいから待ってる」
意地らしく待つ飛雄が可愛くて、ビニール袋からおにぎりを取り出して電子レンジを借りて温める。
『とりあえずこれだけ食べてて』
「カレーおにぎり!」
『これ美味しいよね』
以前貰ったことを思い出して、思わず買ってしまった。飛雄はペリペリと包みを剥がすと、熱くなりすぎてしまったおにぎりを美味しそうに頬張った。
『バレー、楽しい?』
「去年までジャンプサーブもトスも上手い先輩が居た」
『へぇー』
「でも教えてくれなかった」
『…え?』
とんだ意地悪な先輩が居たもんだ。もしかしたら飛雄の頼み方も悪かったのかな。無自覚に人を煽る時あるからこの子。
「……一与さんが、」
『ん?』
「強くなれば目の前にもっと強い誰かが現れるって言ってた。……本当だった。強くなれば、自分よりもっと強くて上手い人が現れた」
『………そっか』
グツグツと音を立てるカレーを見ながら飛雄の話に耳を傾ける。カレーの隣で鍋に水を入れて、卵を準備する。
『はい、お待たせ』
「温玉…!」
『ねぇ、飛雄』
卵の乗ったカレーを飛雄の前に置くと、昔と変わらず瞳を輝かせた飛雄の前に腰を下ろして両手を合わせながら名前を呼ぶ。
『きっと一与くんは天国でも飛雄を見てるよ』
「………」
『もしかしたら天国でチーム作ってバレーしてるかも。それできっと、頑張ってる飛雄を応援してくれてるよ』
「……いただきます」
静かに両手を合わせた飛雄の手は、食事に対してじゃなかったのかもしれない。私ももう一度手を合わせて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『……いただきます』
カチャカチャと食器がぶつかる音が響いている中、飛雄が珍しく口を開いた。
「名前ちゃん彼氏居るのか」
『………………』
「……なんだよ」
『まさか、飛雄の口から彼氏なんて単語が出るなんて…!』
驚きのあまり右手で口元を覆うと、飛雄は首を傾げながらカレーを口に含んだ。
「今日、学校で言われた」
『何を?』
「彼氏が出来たら名前ちゃんは俺の相手なんて出来なくなるって」
『何でそんな話になった?』
どんな話をしてれば私の話になるのか。首を傾げると飛雄はまた1口カレーを口に含んで咀嚼した。
「好きな物聞かれたから、バレーと名前ちゃんだって答えた」
『……は?』
「そしたら俺が好きでも、名前ちゃんに彼氏が出来たら相手にして貰えないって言われた」
『ちょ、ちょっと待って飛雄』
「何だ?」
もきゅもきゅと頬張りながら首を傾げる飛雄に、私は瞬きを繰り返した。私がおかしいのか?いや、私はおかしくない。おかしくない筈だ。
『飛雄って、私の事好きなの?』
「多分」
『……多分?』
「好きって何だ、って聞いたらずっと一緒に居たいって事だって言われた」
『……間違っては、無いのかな…』
「俺はずっとバレーをしててぇし、名前ちゃんとも一緒に居たい」
淡々と答える飛雄に頭がパニックだ。だというのに当の本人は次々とブラックホールの様にカレーを食べている。
「名前ちゃんが居てくれねぇとカレー食えねぇし」
『……………飛雄』
「…?」
『それは好きじゃないよ。いや、好きだけど。またちょっと違う好きだね』
「よく分かんねぇけど、おかわり」
頬をいっぱいにしながらお皿を差し出す飛雄を細めで睨む。まぁ、当の本人はどこ吹く風ですけどね。
『……飛雄』
「何だ?」
『今度一緒に恋愛映画見に行こうか』
「バレーしてたいから無理だ」
美羽、頼むからもう少し弟に恋愛というものを教えてあげて欲しい。
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