怖いこと悪いこと
「苗字、帰ろうぜ」
『うん。ちょっと待ってね』
高校三年生の秋、私に初めて彼氏が出来た。優しくて、気さくないい人だ。美羽は前の彼氏と別れて、新しい彼氏が居るらしい。
「俺、寄りたい所あるんだけど」
『いいよ。どこ?』
「この間できた、」
何度かふたりでも出かけたし、こうしてバイトが無い日に放課後デートだってしてる。私は高校を卒業したらそのまま就職するつもりだし、面接練習とからあるけど、特に勉強はする必要なかった。
「それでさ、その時アイツがやばかったんだよ」
『えー?本当?』
談笑しながら帰り道を歩いていると、少し前に見慣れた丸い頭が見えて声をかける。
『飛雄、今帰り?』
「そう」
『こんな時間まで練習してたの?危なくない?』
「いつもこの時間」
『一与くんは?』
「今日病院の日だって」
『病院?一与くんどこか悪いの?』
心配になって飛雄に聞くと、形のいい頭を左右に振った。両手でボールを持ったまま表情を変えずに口を開いた。
「美羽ちゃんはただの健診だって言ってた」
『そっか…、良かった…』
ここからまだ影山家には距離があるなぁ、と思って彼氏に断りをいれて飛雄とふたりで家路を歩く。
『美羽は?家に居るの?』
「多分」
『あれ?でも今日は図書館で勉強するって言ってたかも…』
「最近美羽ちゃんも帰り遅い」
『飛雄ひとり?』
「うん」
美羽は将来の夢の為に勉強を頑張るって言ってた。飛雄は特に何とも思っていないのか器用に歩きながらコロコロとボールをいじっていた。
『私も今日ひとりなんだ。一緒にご飯食べていい?』
「カレー?」
『…今からカレーは時間が足りないかな』
「………」
あからさまに落ち込む飛雄に良心が痛んだ。けれど許して欲しい。今から作るのは飛雄の筋肉的にも良くないのだ。
『飛雄そんなにカレー好きだったっけ?』
「名前ちゃんが作ったカレー美味いから」
『え?』
「この間、一与さんが温玉乗せたら美味いって言ってから乗せたら美味かった」
『あー、温玉カレー美味しいよね』
「でも、名前ちゃんのカレーの方が美味かった」
淡々とそう言った飛雄に嘘を言ってる感じとかお世辞を言ってる感じはなかった。そもそも飛雄はお世辞が言えない。そんな飛雄が可愛くて両手でぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「名前ちゃんご飯食べて行くの」
『え?作るだけ?一緒に食べるの嫌?』
乱れた髪を直すことなく言った飛雄にショックを受けていると、飛雄は首を傾げて言った。
「さっきの人、彼氏じゃないの」
『え?うん。そうだけど…』
「美羽ちゃんがたまに彼氏とご飯食べて来るって」
『あー、なるほど』
だから飛雄は私が彼氏と一緒にご飯を食べるのでは無いかと思ったのか。
『私は飛雄とご飯が食べたいから』
「へぇー」
『素っ気ない…』
もしかしたら彼氏とか彼女とかあまり分かってないのかもしれない。そんな所も可愛い。前まで腰辺りまでしか無かった筈の頭がいつの間にか胸辺りまで高くなっていて感動しそうになってしまった。
∵∵
高校を卒業して数年が経った。少し前まで10代だった筈なのに気付いた時には20代中盤に近付いていた。
『はー…、疲れた…』
仕事終わりに車でコンビニに寄り、夜ご飯を買う。田舎の難点は車が無いと不便って所だ。
「名前ちゃん?」
『ん?…あ、飛雄じゃん』
「仕事終わり?」
『そうそう。飛雄は?部活終わり?』
北川第一のジャージに身を包んだ飛雄と鉢合わせ右手を上げて挨拶をする。
『部活終わりはコンビニじゃなくて家でしっかり食べなさい』
「でも腹減った」
『ならおにぎり買ってあげるから』
ぐんぐんバーも確かに悪くは無いけど、出来るだけお米を食べた方が良いだろうと思って飛雄におにぎりを選ばせる。隣に並んでふと視線が妙に高い事に気付いた。
『………飛雄、背伸びたね』
「まぁ。けどもう少し欲しい」
『あの時の可愛かった飛雄はどこに…?』
「は?」
しくしくと涙を流すふりをしていると、飛雄の手には4つのおにぎりが乗せられていた。
『おいこら。家で食えって言ったでしょ』
「家でも食う」
『2つまで』
「…………」
唇を尖らせる飛雄は眉間に皺を寄せて味を選んでいるようだった。その間に私はサラダを手に取って飛雄の元へと戻る。
「…それだけ?」
『うん』
「………俺の1個やる」
『私の金だけどね』
そう言いながら有難く受け取って会計を済ませて飛雄を車に乗せて家まで送る。
『ちゃんとご飯食べろよー』
「分かってる」
頷いた飛雄を確認して車を走らせた。ガサリと音を立てたビニール袋を見ると、飛雄が選んでくれたおにぎりとサラダが入っていた。
『……カレー味』
未だにカレーが好きなのかと呆れる半分、好物を私に譲ってくれた事にキュンとしてしまった。今度またポークカレー作ってやるか、と思いながら鼻歌を歌いながら家を目指した。
その数ヶ月後、一与くんが亡くなった。
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