見つからない秘密をあげる
「名前帰ろ〜」
『うん!』
高校に入って私も美羽もバレーを辞めた。美羽は髪を切りたくないから。私は美羽が居ないから。他の人からしたらくだらない理由かもしれない。でも私にとっては美羽とバレーをして勝つ事が嬉しかった。友達がやらないからと辞めてしまうのは、もしかしたら間違っているのかもしれない。それでも私は美羽とコートに立ちたかったんだ。
「それで彼氏がさぁ」
『一与くん悲しまなかったの?美羽に彼氏が居るって分かって』
「え?んー…、どうだろ」
中学最後の試合で悔いが無いかと言われたら、勿論ある。でも、美羽の居ないコートに立っても、きっと前のように楽しめない気がした。
「名前は彼氏作らないの?」
『そりゃ欲しいけどさぁ』
「バイトばっかで辛くない?」
『お金は大事ですよ。美羽さん』
親指と人差し指をくっつけていやらしいお金のポーズを取り、ドヤ顔をする。バレーを辞めて分かったこともある。お洒落は楽しいって事だ。
∵∵
「名前悪いんだけどさ」
『ん?何?』
クラスで帰る準備をしていると、美羽が申し訳なさそうな顔をして私の席に来た。
「今日、彼氏とデートでさぁ。一与くんも用事あるみたいで飛雄ひとりになっちゃうんだよね」
『うん』
「晩ご飯一緒に食べてあげてくんない?」
『それはいいけど…』
そして美羽はパチンッと両手を合わせた。美羽の綺麗な髪が揺れて無意識に追ってしまった。
「それでさぁ…、お願いがあるんだよね」
『………なに?』
「晩ご飯作ってください!」
『…………』
「本当に簡単なものでいいから!お願い!!」
『…………勝手に台所借りていいの?』
「もちろん!」
『…本当に簡単なものしか作れないからね』
「大丈夫!飛雄なんでも食べるから!」
深く溜息を吐いて承諾する。今日はバイトもないし、私の両親も帰りが遅いって言ってたから丁度いいと言えば丁度良かった。
「名前ちゃん?」
『あ、おかえり飛雄』
ランドセルを背負い、バレーボールを両手に抱えて帰ってきた飛雄は首を傾げていた。洋服が少し汚れていたから、帰り道に公園でも寄ってバレーの練習をしていたのかもしれない。
『美羽も一与くんも帰り遅いみたいだから私とご飯食べよ』
「夜ご飯なに?」
『簡単なので良いよって言ってたからカレー』
「カレー?」
私の隣に来てスンスンと鼻を鳴らす飛雄はまだ小学生になったばかりで私の腰上辺りに頭があった。片手でその頭を撫でると、思っていた通りサラサラしていて触り心地が良かった。
『しかもポークカレー』
「ぽーく?」
『お肉だよ』
「っ!」
キラキラと瞳を輝かせた飛雄は可愛くて、勝手に口角が上がる。ソワソワし始めた飛雄に声をかける。
『もうすぐできるから手、洗っておいで』
「うん!」
足音を鳴らしながら姿を消した飛雄を見送って、火を止める。本当は2日目が美味しいんだけど仕方ない。ご飯をよそい、カレーを乗せる。
『はい。飛雄の分』
「いただきます!」
『どーぞ』
飛雄はスプーンで掬い咀嚼すると、少し切れ長の瞳を大きく広げ、輝かせた。
「美味しい!!」
『それは良かった』
「美味いッ!!」
ただのポークカレーなのに喜んでもらえて良かった。私も自分で作ったカレーを口に含んで、まぁ悪くないな、と飲み込む。
「おかわり!」
『え、もう?』
「ん!」
唇の端にカレーを付けた飛雄に笑いながら、それを拭ってやりお皿を受け取る。本当に可愛いな。
『あんまり食べ過ぎるとお腹痛くなるよ』
「平気!」
バクバクと食べ続ける飛雄を横目に自分の分を食べ終える。そしたらまた飛雄がお皿を渡してくるから流石に止めた。
『もう駄目。お腹痛くなるから』
「痛くない」
『これから痛くなるかもしれないでしょ?』
「でもまだ食べたい」
『いっぱい作っておいたし、明日また食べなよ』
「…………」
小学生だというのに眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる飛雄に小さく溜息を吐いて、とある考えを思いつく。
『ねぇ知ってる?飛雄』
「なに?」
『これは秘密なんだけど…。カレーって2日目が美味しいんだよ?』
「ーッ!」
『既に美味しいカレーが明日はもっと美味しいんだよ?』
「…………」
『でも今たくさん食べたら明日の分残らないかもなー。残念だなー。明日の方がもっと美味しいのになー』
「明日!明日食べる!」
『よし!』
その後はふたりでお皿を洗って一与くんか美羽が帰ってくるのを待った。私がテレビを見たり、携帯をいじっている間も飛雄は庭でボールを使って練習していた。
「名前ちゃん」
『んー?練習終わり?』
「まだやる」
『バレー馬鹿だねぇ』
飛雄は縁側に座り、ボールに付いた砂を落としながら口を開いた。
「名前ちゃんはバレー嫌いなの?」
『え?』
「バレー辞めたって、一与さんが言ってた」
『別に嫌いで辞めた訳じゃないよ』
「なら何で?」
いじっていた携帯を閉じて、飛雄の隣に腰を下ろしてボールを借りる。久しぶりに触ったボールは所々傷ついていて、外で使われていることは明白だった。
『楽しかったし、今もバレーは好きだよ』
「ふーん」
『飛雄はバレー好き?』
「好き。楽しいから」
『そっかぁ』
飛雄はジッと私を見上げて、言葉を待っている様だった。そんな飛雄の頭を撫でてボールを返す。
『私もバレー好きだよ』
「………」
『もうひとつ秘密を教えてあげよう』
「なに?」
『バレーは上手くなればなるほど楽しい!』
そう言うと飛雄はまた宝石の様に瞳を輝かせた。本物の弟のように可愛がっている飛雄が、いつか大きな舞台で試合ができるなら全力で応援するつもりだ。
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