ひなたのてのひら





「えー!?じゃあイケメンと同棲してるの!?」

『違うから』

「いいなぁー!私もそんなイケメンと同棲したい!」

『だから同棲じゃないって…』





話を聞かない友人に溜息を吐きながら、いつもより少し豪勢な食事を口に運ぶ。コース料理は出てくるのが遅くてお腹がいっぱいになってしまうから、少し苦手だ。





「でも名前が人に自分の事話すなんて珍しいね」

『え?』

「今だって中身が残念なイケメン隣人って言うだけで名前も何も言わないでしょ?」

『ご、ごめん…』

「悪いって事じゃないくて。ただ、その人には私の事話したんだなぁって」






そもそも私は話した覚えがない。友人、とは言ったかもしれないけど、夢子の名前を言った覚えはない。友人、隣人、共に個人情報を出すのはあまり良くない気がするから。





『…ポロッと出ちゃったのかな』

「かもね。…そういえば前に言ってたストーカーは大丈夫なの?」

『ストーカーじゃないって。ただたまに視線を感じる様な気がしただけで』

「それを世間はストーカーって言うんだよ」

『でも気のせいだったみたい』

「ふーん」





友人はそう言って切り分けた小さなお肉を口に運んで咀嚼した。そして飲み込むとナイフを左右に行儀悪く振った。






「でもさぁ、逆に怖くない?感じてた視線が急に無くなるなんて」

『そもそも私の勘違いだったんだって』

「そうなのかなぁ…」





どこか煮え切らない反応の友人に首を傾げながらお肉に盛り付けられている野菜を口に運んだ。高いだけあって野菜も甘みがあって美味しい。






「気をつけた方がいいと思うよ」

『なにが?』

「ストーカー。すぐに諦める様な人間がストーカーになると思えないし…」






そう言って友人はフォークで切り分けたお肉を刺した。何故かその音が酷く耳に響いて、自分のお腹が痛んだ気がして、無意識にお腹を抑えた。






「もしかしたら、思ったより近くに居るのかもしれないし」

『……そ、んな、わけ』

「名前って昔から変な人に好かれるじゃん」

『失礼だなぁ…』





笑って流したけど、きっと変な笑みになっていた。私には思い当たる節があったから。





▽▽





あれは今から約10年近く前の事だった。高校生だった私は学校帰りにバイトをしていた。





『いらっしゃいませ』






普通の、ただのファミレスだった。でもファミレスは夜中までやっているせいで、帰るのはいつも10時過ぎ。学校の規定で本当は9時までしかバイトが許されていなかった私は、出来るだけ人通りの少ない道を選んで帰っていた。





『…………』





慣れているはずの道がその日は酷く怖く感じた。足早に歩いていると、道の端に誰かが倒れているのが見えて慌てて駆け寄った。




『あっ、あのっ!大丈夫ですか!?救急車呼びますか!?』

「……うるせぇな、」

『っ、血っ、血がっ…!』

「デケェ声出すな…、頭痛てぇ…」






眉を寄せて不機嫌そうにする男の人をチラチラと気にしながらスマホを取り出して救急車を呼ぼうとした。が、その手を掴まれて顔を上げるとその男の人は随分と背が高い様だった。





『あ、あの、血が出てるので立たない方が…、』

「…いい。硝子に治してもらう」






しょうこ、という人はお医者さんなのだろうか。私はクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。その間も男の人の額からはボタボタと血が流れていた。私は慌ててポケットに入っていたハンカチを取り出して出血場所であろう所に当てる。






「触んな」

『流石にこれだけの血を流してる人を無視するのは…。人として無視出来ないというか…』

「……偽善者」

『なんでもいいです』





私の性格上、二度と会わない人になんと言われようと特に気にしない。万が一にも死なれてしまったら目覚めが悪い。私は偽善者ではなく、ただただ自分の為だけだ。






『なんでもいいですがとりあえず止血だけはさせて下さい』

「………」

『そのハンカチはあげるので』





血を流しているせいか、男の人は静かにゆっくりと地面に座り込んだ。私もしゃがみ込んでハンカチを無言で当てる。





『……うん。血は止まりましたね。そのしょうこさん、でしたっけ?その人に傷診てもらって下さい。菌入らないようにしてくださいね』

「………はいはい、分かったって」

『夜なので気をつけて帰ってくださいね』

「分かったって。うるせぇな」

『すみません。それじゃ私はこれで』





帰ろうと思って立ち上がると手首を掴まれて顔を向ける。すると長めの前髪から男の人の水色の宝石の様な瞳が見えた。髪色といい、瞳の色といい、ハーフなのかもしれない。





『あの…、なにか?』

「オマエ、名前は?」

『………知らない人に名前を言うのはちょっと…』

「…は?」

『それじゃあ、お大事に』





掴まれた手首を軽く振り解いて家路を急いだ。それからだった。変な事が起き始めたのは。





『……ない』

「なに?どうしたの?」

『気に入ってた服が無いんだけど』

「え?」




お母さんに聞いても、知らない。と言われてしまった。干した覚えもないと。それからも服はもちろん、ハンカチ、下着がチラホラ無くなった。けれど、お母さんは風で飛んだだけじゃない?と言った。確かにそれもそうかと納得して友人にその話をすると驚かれた。





「はァ!?ストーカーじゃない!?それ!」

『違うよ。最近は風が強かったからそれだけだって』

「アンタは自分に関心が無さすぎ!」

『そうかな?』





首を傾げながらお弁当を口に運んだ。今日もバイトだ。出来るだけお腹に何かを残しておきたい。






『お疲れ様でした』

「おつかれ〜」






バイトが終わって帰ろうとした時、一緒に働いている男の子に声をかけられて一緒に帰った。そしてその日に告白をされて、失礼だとは思いながら何となくで付き合った。




「で?付き合って以来、物が無くなる事は無くなったの?」

『うん。風も落ち着いたみたいだし』

「だから!絶対風じゃないって!」

『それに最近は一応、部屋の中に干すようにしたから』






ピッタリと物が無くなる事が無くなった。元々、風で飛んだだけだろうしと気にしていなかったのだが。友人はパクパクと惣菜パンを食べながら口を開いた。






「でも、本当に気をつけた方がいいよ」

『え?』

「ストーカーって、何考えてる分からない奴しか居ないから」

『ストーカーじゃないって』

「分からないでしょ。変な奴には気をつけなよ」

『んー…』

「この間、変な人に声かけられたの忘れたの?」

『かけられたっけ?』

「ふたりで出かけた時に声かけられたでしょ!」

『……そうだっけ』

「名前って変な人を引きつける能力でもあるの?」

『嬉しくない能力だなぁ』






そう言って笑いながらお弁当を口に運んだ。その時ふと、視線を感じて窓の外を眺めるけど、当たり前だけど誰もいなかった。



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