孤独の心音
「ご飯食べさせて〜」
『…私の家は食堂じゃないんですが』
「知ってるよ?だって食堂の方が美味しいし」
『失礼します』
「嘘!嘘だよ!苗字さんの料理も愛情が詰まってて美味しいよ!」
五条さんと初めて会ってから数ヶ月が過ぎた頃、彼はご飯をせびる様になった。見た感じお金が無い訳では無いのだろう。きちんと食費も払ってくれる。しかも万札で。
「あ、僕が作ろうか?」
『……』
「前も言ったけど結構料理得意だよ。僕」
仕事終わりで疲れている体は正直で、家の扉を開けてしまった。慣れた様に靴を脱いで上がる五条さんに溜息を吐く。
「何が食べたい?」
『何でもいいです』
「じゃあオムライスね。ケチャップで大好きって書いてあげる」
『結構です』
楽しそうに料理を始める五条さんから視線を逸らしてテレビをつける。頼んだはいいけど、自分の家で誰かが料理をしているという事実にどこかソワソワしてしまう。
『手伝うことありますか』
「ううん。すぐ出来るから座ってていいよ」
五条さんの隣に行って手伝おうとしたけれど、彼はポンポンとフライパンを握っていない方の手で私の頭を撫でた。あまりにも自然な動作に受け入れてしまったが、ハッと我に返りその手を振り払う。
『…何するんですか』
「そんな弾かなくても良くない?僕泣いちゃう…」
フライパンを覗くと玉ねぎなどが炒められていて、意外と本格的だな、と思った。リビングに戻ってボーッとテレビを眺めていると、いい匂いが漂い、目の前にコトリとお皿が置かれる。
「本当はスープとかあった方がいいんだろうけど、冷蔵庫に何も入ってなかった」
『…それはすみませんでしたね』
「あ、また怒ってる」
『怒ってません』
当たり前の様に私の前に座って手を合わせる五条さんに、胸の辺りがムズムズとした。誰かとご飯を食べるのなんて元彼以来だからだろう。何度一緒に食べても彼の顔があまりにも綺麗で落ち着かない。
『…美味しい』
「でしょー?さっすが僕だよねぇ」
『意外です。おぼっちゃま育ちっぽいのに…』
「間違ってないけど失礼だね?前も言ったけど寮育ちだからね。大体の事はできるよ」
『私より余っ程美味しいです』
「まぁね」
『は?』
「え。怖い。…あ、そうだ!ケチャップで書いてあげるって言ったのに!」
『要りません』
五条さんはケチャップを持つと私のオムライスにドバドバと文字の様な意味のわからない事を書いた。私は慌ててその手を掴んで止める。
『なっ、にすんですか!!』
「え?かけた方が美味しいし、好きって書いてあげようと思って」
『ありがた迷惑です!!』
イラついた私はケチャップを横取りして五条さんのオムライスにかけまくる。その間五条さんは何もせずにニコニコと笑っていた。
『……少し前から思ってましたけど、五条さんって味覚音痴ですよね』
「そんな事無いけど」
ケチャップで卵が見えないオムライスを美味しそうに口に運ぶ五条さんに軽く引くと、彼は1口掬って私の方へと手を伸ばした。
「食べてみてよ。美味しいから」
『いえ結構です』
「遠慮しないでさぁ〜」
『いや、本当に要らないです』
執拗くスプーンを向ける五条さんにいい加減に腹が立って言い返すために口を開くと、次の瞬間にはケチャップが口の中に広がった。
『んぐっ!!』
「ね?美味しいでしょ?」
美味しいわけが無い。とにかく味が濃い。こんなのケチャップの丸呑みだ。私は慌てて水を飲み干すと五条さんはケラケラと笑って自分のオムライスを掬っていた。
『信じられない…』
「美味しいけどね〜、甘みがあって。…特にこの一口はね」
『はい?』
五条さんはそう言って掬ったオムライスをゆっくりと味わう様に口に含んだ。その頬は少しだけ赤いような気がした。肌が白いから目立つだけかもしれないけど。
「…うん。甘くて美味しい」
『やっぱり味覚音痴ですね』
「そんな事無いってば」
そう言って五条さんは美味しそうにオムライスを頬張っていた。見た目はいいのに中身が酷く残念だ。
『あ、そういえば私、明日は夜居ないのでご飯待ってても駄目ですからね』
「知ってるよ?夢子ちゃんとご飯食べに行くんでしょ」
『……え?』
顔を上げて五条さんを見ると、彼はキョトンと首を傾げて口を開いた。
「前に言ってたよ」
『そうでしたっけ?』
「ボケ始まってるの?早過ぎない?」
『本っ当に一言余計ですね』
舌打ちをひとつして睨みつけると、彼はヘラヘラと笑ってオムライスを咀嚼した。けれどやっぱりケチャップが多いせいで酸っぱい味がした。
まるで、血のような、
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