裏表紙まで





「…………」





僕のTシャツだけを身にまとって隣で眠っている名前の髪を撫でる。自分とは違い、長い髪は触れていて飽きない。




「…………」





頬を撫でると擽ったいのか少しだけ身じろいだ。上体を起こして込上がってくる笑いを必死に手のひらで押さえつける。




やっと、やっとここまできてくれた。思ったよりも時間がかかってしまった。けれどそんな事どうでもいい。やっと手に入った。彼女の心が。




可哀想な僕を憐れむ彼女に漬け込んだ。彼女は、というか人は求められる事に弱い。どんな手を使ってでも彼女が欲しかった。






「……覚えてなくていいよ」






あの時貰ったハンカチを未だに持っている。彼女が覚えていなくても僕はちゃんと覚えてる。それだけで十分だ。

あれからこの子の事を全て調べた。家族構成、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなタイプ、好きな教科、嫌いな教科、男性に求めるスキル、好きな動物、好きな服のブランド、今までに好きになった男の数、タイプ、他にも言葉通り、全部。



けれど僕以外に男ができたのは正直堪えるものがあった。他の男の腕の中で乱れる彼女を想像して何度、男を殺してやろうと思ったか。


けれど、殺してしまって彼女がその男の為に流す涙を想像して余計に腹が立った。悲しませるのも、楽しませるのも、苦しめるのも、全て自分でなくては気が済まない。彼女の全てを自分で埋めつくしたい。




「………可愛い」




僕には自分が居ないと、と溺れていく姿が何とも愛らしい。確かに彼女が居ないと生きていけない。嘘ではない。けれど、彼女が自分の元から去ったとしても、また追い詰めるだけ。今とは違う方法で。どう足掻いたって彼女は逃げられない。





「……愛してるよ」





この言葉は誰よりも本物で純粋で、重たく狂気だ。でも彼女も僕を愛している。何がいけないというのだ。想い合っているのだから関係ない。それが無理矢理作られた愛情でも。


絶対に逃がしはしない。手放さない。誰にも触れさせない。彼女は僕はひとりでは生きていけないと思っている。けれど実際は、




「……君の方が、俺無しでは生きていけない」





彼女は気付いていない。可笑しいとは思わないのか。自分が突然仕事を辞めて、両親とも誰とも連絡が取れなくなったのに何故、警察沙汰になっていないのか。




彼女は死んだ事になっているからだ






もちろん、僕が偽装した。死体も適当に呪詛師の女の死体。でも、世間で彼女は死んだ事になっている。つまり、彼女の居場所は何処にもないのだ。


終わりよければすべてよし、とはよく言ったものだ。そんなの誰にとっての終わりだ。誰にとっての良い終わりなのか。



世間がどうなっていても、ふたりが幸せなら、それで十分じゃないか。


僕が彼女の隣の家に住んでいなくても、彼女の部屋に監視カメラと盗聴器を仕掛けていても、彼女の周りを調べていても、弱ったふりをして彼女に漬け込んでも、彼女の同情を愛情と刷り込ませても、彼女の存在をこの世界から消しても、僕と彼女が幸せなら全ていいじゃないか。





「……ねぇ、名前」





どうせあの日からこうなる事は決まっていたのだから。





裏表紙まで 完結



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