こんな暗闇もたまにはやさしい(完)
「おかえり」
『帰ってたんですか?今日は早いんですね?』
「うん。ちょっとね」
私が買い物から帰ると五条さんが既に帰っていて、テレビを見ていた。けれど部屋の電気は付いていなかった。荷物を片付けてリビングに戻ると、五条さんは何処かボーッとしていた。
『どこか体調悪いんですか』
「え?…ううん。平気だよ」
そう言った五条さんの横顔はどこも平気そうじゃなかった。彼の隣に腰を下ろしてどうするべきか考える。
「……ねぇ、名前、」
『はい?』
五条さんは小さく私を呼ぶと弱々しく手を握った。やっぱりこの人の手は酷く冷たかった。
「名前は、居なくならないよね…?」
『…………』
「……居なくならないで、」
きっとこれに頷いてしまったら私は二度とこの人から逃げられない。永遠とこの生活が続く。
「……名前、」
五条さんと宝石の様な瞳は寂しそうに、悲しそうに歪んだ。縋る様に私に抱きついて耐えきれなくなった様に言葉を零した。
「……教え子が、死んだんだ」
『…………は、』
彼はポツリポツリと自分の置かれている、私からしたら現実離れな話だった。呪術師とか呪霊とか呪いとか。よく分からないけど、きっと嘘じゃないんだろう。この人は私に冗談は言っても嘘は言わないから。
「…去年の冬に、…俺の親友が死んだ。…いや、死んだって言い方は、狡いな。…俺が、殺した」
一人称が変わっている五条さんに本当の彼はこっちなのか、と驚かずに納得してしまった。いつもふざけている雰囲気の中にまた少し違う雰囲気を感じていたから。
「……頼むから、…俺の目の届く所に居て、」
『…五条さん、』
「俺から離れないで、…居なくならないで、」
震えた声でそう言った五条さんの顔がテレビの明かりに照らされて、その瞳は縋る様に下がっていた。拒否するなら今しかない。今頷いていつか居なくなるのなら、それこそ彼の傷は深くなる。要らない偽善はただ人を傷つけるだけだ。
「……名前、」
宝石の瞳からは一筋だけ涙が流れた。あぁ、もう駄目だ。私はきっとこの人から逃げられない。捨てられない。この人は私が居ないといけないんだ。強くも弱い人だから。
『……五条さん、』
彼の美術品の様な頬に触れると、猫のように擦り寄る五条さんに心臓が音を立てた。涙を拭って小さく笑うと、彼は少し驚いた様に目を見開いていた。大きく開かれた瞼に瞳が零れてしまいそうだと思うと、余計に笑えた。
『大丈夫です。一緒に居ますよ』
「……本当に?」
『はい』
「これからも?ずっと?」
『これからも。ずっとです』
驚いながら言葉をたどたどしく紡ぐ五条さんは子供のようだった。そんな彼に自分の意思で、初めて私から唇を重ねる。
「………」
『好きです』
「…………は、」
自然と零れた言葉に私自身が一番驚いた。けれどそれと共に、あぁそうだったのかと納得してしまった。
「…ほ、本当?」
『本当です』
「俺の事、好き?」
『好きです。大好きです』
五条さんは何度か視線を彷徨わせて、瞬きを繰り返した。そんな彼にクスリと笑うと、少しだけ眉が寄せられた。
『怒らないでください。大好きですから』
「……それ言えばいいと思ってない?」
『少しだけ』
唇を尖らせて不貞腐れてしまったら五条さんの機嫌を取るために首裏に腕を回して少しだけ意地悪をする。
『五条さんに惚れてしまった私は好きじゃないですか?前の様に冷たく無くなってしまったかもしれませんけど』
「…………大好き」
『それは良かった』
まだ拗ねている五条さんに気付かれないように笑って、また唇を重ねる。すると五条さんの瞳と視線が交わった。その奥には欲が燃えていた。
「……我慢できなくなるからやめて」
『好きです』
「…名前、」
咎める様に名前を呼ぶ五条さんに内心、察しが悪いなぁ、と毒づく。
『我慢する必要無いんですよ?だって私も五条さんが好きなんだから』
「………もう知らないから」
そう言って私を抱えた五条さんにまた笑ってしまった。そしたら五条さんに唇が噛まれた。少し痛かった。
「…名前、」
『はい?』
「愛してる」
自分で言っておきながら耳が真っ赤になっている五条さんに心臓が高鳴った。本当に可愛らしい人だ。
『私も多分、愛してます』
「多分って…。まぁ、今はそれでいいや」
そう言って小さく笑った彼の手は太陽のように温かかった。
めでたしから裏表紙まで 完結
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