なにもなくても掴めなくても
「これ付けて」
『……時計?』
「時計としても使える心拍測定器」
『……………』
ついにここまで来たか。と引いた。五条さんは目隠しをしたまま私の隣に座って、勝手に私の手首を取ると腕時計に似た心拍測定器を巻き付けた。
「無理矢理外そうとしたら僕に連絡が来るから外しちゃ駄目だよ」
『普通に外したら?』
「僕のスマホに心拍が0になったって連絡が来る」
『どっちにしても連絡がいくんですね』
「うん」
頷いた五条さんは小さく息を吐いていたから少し安心したんだと思う。ずっと家の中に居るのに何をそんなに怯えているのか私には分からない。
「これ付けたままって条件を飲んでくれるなら1人でも出かけていいよ」
『え、』
思いもよらなかった提案に目を見開くと、五条さんは口角を上げて優しく笑っていた。
「それとも逃げる?」
『……逃げませんよ。私が逃げたら五条さん死にそうだし』
「よく分かってるね」
寝起きに私が居ないだけであれだけ不安定になる彼の事だ。私が逃げでもしたら本当に死にそうだ。早く他にいい女性を見つけて欲しいものだ。
『でも別に今欲しいもの無いんですよね』
「…………」
『何か?』
五条さんは驚いた様に口を開いていた。目隠しをしているから分からないけど。
「……少し前ならすぐに逃げてたのに」
『…まぁ。そんなに今の生活も不自由無いですし』
「……そっか」
柔らかな声でそう言った五条さんは顔が見えなくても分かるくらいに嬉しそうだった。それが妙にむず痒くて視線を逸らす。
「それ、外さないでね」
『心拍測定器ですか?』
「そう」
『これで五条さんが安心出来るなら、仕方ないですね』
私の予想だけど、きっと彼は大切な誰かを失った事があるんだと思う。そのせいで愛情表現が過度なんだろう。
『夜ご飯何にします?』
「んー、名前は何がいい?」
『久しぶりにお寿司もいいかなって』
「食べに行く?それとも出前?」
『五条さんのお金なので食べに行きたいです』
「名前が食べたいなら喜んで連れて行ってあげるよ」
そこでふと、性格の悪い考えが浮かんだ。五条さんは何故か私のことを好きだと言ったり、愛してると言う。私がどんな我儘を言っても叶えてくれるのだろうか。運が良ければ彼の愛も冷めてくれるだろうか。
『五条さん』
「なぁに?」
『やっぱりお寿司じゃなくてイタリアンがいいです』
「イタリアンか〜。ならあそこの店かな」
『お酒飲みたいです』
「うん。いいよ」
『五条さんも一緒に飲みましょ』
「え?」
五条さんがアルコールが苦手なのは知っている。監禁される前に言っていた。ジッと彼を見ていると、五条さんはフッと笑って頷いた。
「あんまり得意じゃないけど名前のお願いなら仕方ないなぁ」
『………』
そう言って私の上着をかけた五条さんに眉を寄せる。そんな彼の服を掴んで呼び止める。
『あと、コース料理がいいです。1番高いやつ』
「いいよ〜」
笑って答える五条さんに舌打ちが漏れそうになる。良く考えればこんな高そうなマンションを買い取る程のお金持ちだ。
『……どうしたら五条さんは私を嫌いになってくれますか』
「…………」
思わず零れた言葉に五条さんは腰を折って私の顔を覗き込むと触れるだけのキスをした。
「……ごめんね。何をされても嫌いになれない」
『私が逃げてもですか』
「うん」
『裏切っても?』
「うん。嫌いになれない。きっとすぐに探し出して二度と外に出られなくしちゃうかも」
申し訳なさそうに眉を下げる五条さんに心臓が何故か音を立てた。きっと良心が音を上げたんだ。この人の嫌なところだ。
『………嫌いになってください』
「言われて嫌いになれる程度だったら、こんな事してないよ」
私は歪んでいるとはいえ、一心に愛してもらえるような人間じゃないのに。なのに、
「ほら、イタリアン行こう?」
この人の愛情に安心してしまっている自分が一番醜くて、腹立たしいと思った。
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