箱庭には降らない話





五条さんに監禁されてから5日が経った。部屋から出られない事、外と連絡が取れないこと以外には特に不自由は無かった。




『私の仕事場にはなんて伝えてるんですか』

「ん?寿退社かな。しかもいきなり辞めますって言ったから会社の中で名前の評判は最悪だと思うよ」




そう笑顔で言った五条さんを殴りたくなったけど、そんな事をしたら何をされるか分からないから黙った。逃げられない今、得策じゃない。





『たまには太陽の光を浴びたいんですけど』

「窓あるじゃん」

『………』





五条さんはシャッと音を立ててカーテンを開けた。きっとここはマンションか何かだろう。しかも高層の。窓から見える建物は殆どが小さかったから。






『…この生活は、いつまで続くんですか』

「ずっとだよ。言ったでしょ?」

『私は永遠に外に出られないんですか』

「出られるよ。僕から逃げないって分かったら」







どうして私なんかにこだわるのか分からない。見た目だって良くないし、性格だって良くない。どこにでもいるただの人間だ。なのに五条さんのような見た目の整った人が私に固執しているのか。





「それじゃ僕は仕事行ってくるね」

『はぁ…、どうぞ』

「いってらっしゃいって言ってくれないよね」

『まぁ、どうでもいいので』





五条さんはシクシクとわざとらしく泣きながら出て行った。5日経った今でもこの部屋の広さには慣れない。パーティでも開くのではないか、と言うほどの広さだ。





『……やる事がない』






掃除をしようにも何処も彼処も綺麗だ。スマホも無ければ、やる事といえばテレビを見るか寝る事だけだ。







『……凄っ』





冷蔵庫を開けると、中にはぎっしりと食材が詰め込まれていた。暇だし料理でもするか、と思い久しぶりに包丁を握る。でもスマホも無いから調べられもしない。時間だけはあるから適当に作ってみよう。





『………飽きた』





根本的に飽きやすい私は3.4品作って飽きてしまった。それにそんなに作っても私ひとりでは食べきれないことに気づいた。五条さんが帰って来るか分からないけど、面倒だから適当に冷蔵庫に入れてもう一度眠りについた。




∵∵




『………ん、』





目を覚ましたのは夜で、カーテンを開けると外は人工的な光で包まれていた。けれど五条さんが帰って来た様子は無い。時計を確認すると9時頃だった。




『………』





グッと息を飲んで、玄関の扉に両手を付く。きっと今の時間なら隣人の誰かしらは帰って来ているかもしれない。帰って来たり、出かけたりするのに外を通るかもしれない。……叫べば誰か助けに来てくれるかもしれない。




『…っ、』






勿論、羞恥心はある。けれどこのままこの生活を続けるなんて嫌だ。確かに不自由は無いと思った。だからと言って、なんとも思っていない他人と監禁同棲なんて真っ平御免だ。





『……っ助けてください!』






思いっきり息を吸って叫ぶと思ったより大きな声が出た。でもその代わりに喉にピリッと痛みが走った。当たり前だ。この歳になって大声を出す事なんてそう無い。喉への負担が凄いことなんて分かってた。





『お願いします!助けてください!監禁されてるんです!』





悪いと思いながらも壁をバンバンと叩いた。隣が部屋なのかも分からない。この部屋が角部屋の可能性だってある。だから私は玄関を選んだ。





『お願いしますっ!!助けて!!』





何時間そうしていたか分からない。喉は痛いし、叩き続けた手のひらは赤く腫れ上がっていた。






『……お願い、……助けて、』





声はガラガラで枯れてしまった。汚い場所だという事も忘れてへたり込む。初めてここに来た時もこんな事があったな、と自虐的に笑う。





『……ぁ、』




鍵が開く音がして慌てて顔を上げる。逃げなくては。今、目の前で扉が開く。きっと不意をつけば逃げられる。チャンスは今しかない。





「ただいま。名前」





姿を現した五条さんは、まるで私が玄関に居るのが分かっていたかのようにそう言った。視線が最初から下に向けていたから。私は間抜けにも口を半開きにして、目を見開いてしまった。





「お出迎えなんて嬉しいなぁ〜」





そう言った五条さんの声はほんのり低くて。私が逃げようとしていたのが、分かっていた様に。





「さ、ここじゃ冷えるから部屋でゆっくり話そっか」

『…ま、まっ、』






待って、と言葉にすることすら出来ず、五条さんに抱えられる。そして五条さんはどこか興奮した様に私の耳元に唇を寄せて吐息混じりに囁いた。





「助けを求める名前が可愛くて、学校で勃っちゃったよ」

『っ…、』






この人には、私の全てが見えてるのだと悟った。玄関をバンバン叩いて助けを求める私は実に滑稽だっただろう。絶望と羞恥が押し寄せる。





「でも、残念だったね」






ベッドの上に下ろされる。その動作があまりにも優しくて吐き気がした。五条さんは付けていた目隠しをズラすと、触れるだけのキスをした。






「このマンションは僕達以外だーれも住んでないよ」

『……は、……そんな、わけない』





だってこのマンションは少なくとも20階以上あるはず。なのに誰も住んでいないなんて有り得ない。きっと五条さんの嘘だ。





「本当だよ。このマンション僕が買い取ったから」

『……嘘です』

「本当。僕の家ってお金持ちでさ。ついでも僕自身もお金持ち。このマンションくらい軽く買えちゃう」






五条さんの瞳は嘘を言っている様には見えなくて、けれどそんな非現実的な事を信じられるわけもない。勝手に瞬きが多くなって瞳がキョロキョロと動く。






「本当に可愛かったなぁ…。助けてって叫んでる名前…」






恍惚の表情を浮かべて私の頬を撫で、キスをする五条さんの体を押し返す。素直に体を離した五条さんの瞳はさっきとは打って変わり、酷く冷たい瞳をしていた。





「でも、僕以外に助けを求めるのは頂けないな」

『ご、ごめんな、さ、』






私の腰に五条さんの大きな手が伝わされ、お腹に直接触れる。ただそれだけなのに、動けない。五条さんは私の耳元に顔を寄せてゆっくりと髪を撫でた。





「僕、明日お休み貰えたから、ゆーっくり話ができるね」

『ま、待って、…ごめんなさいっ、…嫌っ、』

「大丈夫だよ。…気持ちいい事しかしないから」





それが私にとっての死刑宣告だというのに。五条さんは小さく喉を鳴らして笑うと、唇を開いて顔を寄せた。






『………あ、』






この人に喰べられると直感した。



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