白と黒のジオラマ 上



『………これは、…何かの間違いでは?』

「苗字名前、上層部から直々に任務を与える」

『……………』




その声を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。何かの間違いだと。私がこんな。




ーー東京都立呪術高等専門学校 またの名を高専という。高専では在籍している生徒にも階級が与えられ、任務へと向かわされる。その指示方法は大まかに2種類ある。

ひとつ、高専を受け持つ教師からの伝達を受け、支給されるタブレットで任務内容を確認する。

ふたつ、上記と同じように教師や関係者から伝達を受け、紙で受け取る。



なぜ2種類あるのか。答えは簡単だ。紙は燃やしてしまえば形跡が残らないからだ。それだけ極秘、または、






『……被害者数、30と、あります、』

「だったらなんだ」

『…私の階級は三級です!』

「それがどうした」

『っ、』





周りから感じる嫌悪を含んだ敵意の視線。口を開くなと、無言の圧力。






『………これ、は、』

「用はそれだけだ。下がれ」




無理矢理部屋を出され、地面に膝をつく。勿論、私の手に紙はもう無い。回収され、燃やされるのだろう。



なぜ2種類あるのか。答えは簡単だ。紙は燃やしてしまえば後が残らないからだ。それだけ極秘、または、




『…………』





あぁ、私はもう、要らないということか。



∵∵



「オマエどこ行ってたんだよ」

『……真希、』




無心で歩いていると、前から真希が現れて声がかけられた。




『五条先生って、居た?』

「悟?悟は出張任務中だろ」

『………』

「あのバカに何か用事か?」

『う、ううん!ちょっと授業で分からないところがあっただけ!』




慌ててそう答えると、真希が思い出したように口を開いた。




「そういや憂太も今、結構忙しいらしいな」

『……そう、らしいね』





そうだ。早くみんなに会いたいと、連絡が来ていた。私の悪い所だ。すぐに人を頼ろうとする。危険な世界にいるのは私だけじゃない。みんな大変で、みんな精一杯なんだ。ただでさえ人不足の呪術界。




「愛しの憂太に会えるのはまだ先だな」






ニヤニヤと笑いながら言った真希につられてフッと笑う。会えるといいな。





『…そうだね』




その日まで残り、




∵∵





『…………』






寮の部屋でひとり、スマホを眺めて膝を抱える。外は既に真っ暗で、日付は変わっていた。





『………憂太くん、』





電話帳を開いて、親指を翳しても押す勇気が出ない。彼の優しい声を聞いたら、きっと判断が鈍る。泣いてしまう。





『……………愛してるよ、憂太くん』





だから、さようならしないと。






∵∵





「……ん?」




任務に向かう途中にスマホが震えて確認すると、名前ちゃんからのメッセージが告げられていた。勝手に上がる口角を隠すこと無く、メッセージを開く。





「…………え、」





ーー他に好きな人ができたの

ーーだから、別れてください

ーー今までありがとう





たった3通で告げられた別れ。日付を確認してもエイプリルフールでは無かったし、彼女はこんなタチの悪いイタズラはしない。

なら本当に?本当に彼女は僕の事がもう好きじゃない?どうして。何かしてしまったんだ。僕が。





「…………」




急いでスマホを耳に当てても、すぐにその音は途切れて留守番電話サービスへと繋がる。無機質な女性の声が頭を巡って離れてくれない。





「……どうして、」





どうして自分は彼女の傍に居ない。どうしてすぐに駆けつけられない。顔が見たい。声が聞きたい。ちゃんと話したい。悪い所が沢山あることは自分でもわかってる。ひとつずつ必ず直すから。だから、




「……名前ちゃん、」





だからどうか、僕を捨てないで、





∵∵∵






『…………』





手の中で震えるスマホに涙が溢れる。何度も、何度も私に電話をかけてくれる彼に心臓が暴れる。


話したい、声が聞きたい、会いたい、抱きしめて欲しい





『……死にたく、ない』




もっと彼と一緒に居たい。みんなと一緒に居たい。笑いあっていたい。馬鹿みたいに楽しく、




『……っ、』





叫んでしまいたい。大声で、子供のように。けれどそんな事をすれば真希に気付かれる。そうしたら彼女は上層部に乗り込むか、自分も任務に行くと言い出す。それだけは駄目だ。ただでさえ彼女は禪院家から反感を買っている。友達をこれ以上巻き込みたくない。





『っ、…ぁ、』





ベッドの上に蹲って息を押し殺す。会いたい。顔が見たい。彼の声が聞きたい。




『…ゆ、うた、くん、』






本当に大好き。本当に愛してる。誰よりも、何よりも。もし私が死んだら、彼は泣いてくれるだろうか。泣いて、欲しい。少しでも彼の中に私は居たのだと、



でも、できるなら、どうか、泣かないで。

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