とっておきのやさしい毛布



「久しぶりに憂太帰ってくるらしいな」

『…………』

「なんだよ。嬉しくねぇの?」





真希の言葉に机に項垂れる。嬉しい。そりゃもう飛び跳ねるほど嬉しい。けれどその日私は、





『任務だよぉおおぉぉぉぉ!!!』

「おめでとう」

『おめでとう!?』




真希はどうでもよさそうに机に肘をついてスマホをいじっていた。真希さん、冷たい…。





『会いたい…』

「さっさと任務終わらせてくればいいだろ」

『私にそんな実力があると…?』

「ねぇな」

『……任務変わってくれたり、』

「その日私も任務」

『ですよねぇ〜!?』




せっかく憂太くんと会えると言うのに。どうして任務を入れてしまったんだ。あの日の私は馬鹿だ。




『憂太くんに会いたい…、』





彼が帰って来るまでに任務を終わらせられるだろうか。そんなことを思いながら、憂太くんの笑顔を思い浮かべた。



∵∵



『……やっちまったぁ〜』





見事に大怪我をした。早く帰りたくて焦ったのがいけなかった。頭をかち割られる直前までいった。でも彼が帰ってくるまでには間に合うはずだ。




「苗字さん!まずは病院に!」

『いえ!このままとにかく帰ります!!』

「えぇ!?」




伊地知さんにお願いをして高専へと帰り、門を潜ると少し前に大好きな憂太くんの背中が見えた。





『っ憂太くーーん!!』

「名前ちゃ、……名前ちゃん!?」





憂太くんは驚いた顔をすると、私の元へと駆け寄って来てくれた。すると彼の両手が私の頬を包んで焦っているようだった。




「その傷!どうしたの!?」

『ちょっと任務でヘマしまして…』




頭を掻いて、へへへと笑うと彼は私の額に手を翳して反転術式をかけてくれた。そのまま前髪を持ち上げられて顔が寄せられる。突然のことに顎を引くと憂太くんは不安そうに眉を下げた。





『ど、どうしたの?』

「傷が残ってたらと思って…」

『大丈夫だよ!憂太くんが反転術式かけてくれたし!』




それでも憂太くんの顔は晴れなくて。少し俯いた彼の顔を覗き込むと背中に腕が回されて抱きしめられた。その腕が苦しくて、身じろぐと更に力が込められてカエルが潰れた様な声が出た。





『ぐぇっ、』

「………」

『憂太くん?』





動かなくなってしまった憂太くんに声をかけるけど、内心、私の心臓は爆音でビートを奏でてる。いい匂いするし、かっこいいし、いい匂いする。




『ゆ、憂太くん、』

「………お願いだから、無茶はしないで、」





そう言った憂太くんの声は酷く震えていた。そこでハッとした。彼は一度、大切な人を目の前で失っている。だから人よりも人の死に敏感なのかもしれない。




『……ごめんね、憂太くん』

「……うん、」

『私はちゃんと生きてるよ』

「……うん」

『心配かけてごめんね、』

「…うん」





憂太くんの背中に腕を回すと、頭に衝撃を感じて勝手に声が漏れた。顔を上げると五条先生が右手を掲げていたから殴られたんだと思う。





『いたぁっ、』

「僕の前でイチャつかないでくれる?」

『……すみません』





何故怒られたのかよく分からないけど、とりあえず謝っておいた。すると五条先生は続けて口を開いた。





「名前、任務帰りでしょ?報告書、書いて」

『はーい…』

「その間に憂太も報告書」

「分かりました」





ふたりで高専の中へと移動して報告書を書き始める。それはいいんだけど、如何せん距離が近い。隣に座ったまではいいんだけど、憂太くんが座るなり肩がぶつかる程近くに椅子を移動させた。





『ゆ、憂太くん?』

「ん?どうかした?」

『ち、近くない?』

「……そう?」





キョトンと首を傾げた憂太くんに瞬きを繰り返してしまった。むしろ書きずらくは無いのだろうか。




「報告書書き終わったらどこか行く?」

『え、』

「え?…い、嫌だった?」





不安そうに顔を歪めた憂太くんに慌てて両手を胸の前で左右に振りまくる。





『いっ、嫌じゃない!全然嫌じゃないけど!』

「けど…?」

『でも、日本に帰って来れたの久しぶりだし、みんなに会いたいんじゃないかなって…』

「確かにみんなにも会いたいけど…、」

『けど?』




憂太くんは私の頬に手のひらを当てるとスルリと優しく撫でて、触れるだけのキスをした。思いも知らなかった行動に顔がカッと熱くなった。





「でも、僕は名前ちゃんとデートしたいな…」

『よっ、喜んでぇい!!』





私が憂太くんのお願いを断れるわけなんて無かった。





∵∵




「久しぶりだなぁ…」





ふたりで浅草に来ると、憂太くんはどこか涙ぐんで懐かしそうにそう呟いた。海外も長いから、久しぶりの日本に感動したのかも。





「名前ちゃんは何したい?」

『浅草といえば買い食いかなぁ…。憂太くんは?』

「んー…、僕は名前ちゃんが楽しければどこでもいいかなぁ」





憂太くんはそう言って私の手を握ると、ふわりと笑った。その笑顔がかっこよ過ぎて一瞬、呼吸が止まった。





『どっ、どら焼き!あるよ!』

「行こうか」




慌てて話を逸らし、憂太くんの手を引いてお店を目指す。





『どらやき2つください!』

「はいよ!」





お金を払おうとしたら、憂太くんがお財布から小銭を出して払ってくれた。慌てて見上げると、彼は首を傾げていた。




『私が払うよ!』

「僕が払いたいんだ」

『でもっ、』

「どら焼き2つお待ちどうさま!」

「ありがとうございます」





憂太くんは2つ受け取ると、片方を私に渡してくれた。それを受け取りながら片手で財布を取り出すと、その手を憂太くんに掴まれてしまった。






「本当に大丈夫だから」

『…でも、』

「だって僕が稼いでるお金は名前ちゃんとの結婚資金だから、つまりは名前ちゃんのお金でもあるわけでしょ?」

『……ん?』

「ちなみに名前ちゃんを養えるくらいには稼いでるから僕はいつでも準備万端だからね」

『え、あ、うん?』





ニッコリ笑った憂太くんに思わず頷くけど、よくよく考えたら凄いこと言ってた。ギョッとして憂太くんを見たけど、彼は既に美味しそうにどら焼きを頬張っていた。





「食べないの?」

『…食べます』





心臓の音が大き過ぎて、どら焼きの味があまり分からなかった。




∵∵





『…えっと、憂太さん?』

「ん?」

『どうして私は憂太くんの部屋に居るのでしょうか…』

「僕が離れたくないから、かな」




憂太くんとの浅草デートを終えて、部屋に帰ろうとすると、手首を掴まれて彼の部屋に連れて来られた。そして何故かトントンと進んでお風呂に入り、憂太くんの洋服を身にまとってふたりで布団に潜り込んでいた。





『……全てがスムーズ過ぎて気付かなかった』





布団を握って天井を眺めていると頬に柔らかさを感じて視線を向けると、憂太くんが瞼を閉じて唇を寄せていた。





『…………』

「名前ちゃん?」

『………ッハ、呼吸するの忘れてた』





我に返って慌てて距離を取る。憂太くんは自分のかっこよさをもっと知るべきだ。このままじゃ死人が出る。私が死ぬ。




「名前ちゃん」

『ちょ、ちょ、』




ちゅ、ちゅ、と頬にキスが落とされて、バサリと布団が剥がされて馬乗りになられる。憂太くんは両手で私の頬を包むと、額や頬、こめかみにキスを落とす。毎回リップ音を鳴らすから恥ずかしくなる。





『ゆ、憂太くん、』




彼を呼ぶとやっと顔を上げてくれた。額が合わさり、視線が交わると、甘く目元を細めて憂太くんはへにゃりと笑った。その笑みに心臓が爆発しそうになった。






『…ぐぇ、』






憂太くんが私の上に凭れかかったせいで汚い声が出た。可愛い笑顔でも憂太くんは男の子で背が高い。素直に重たい。





『ぅ、…お、重い…、』

「ふふっ、」





肩元で憂太くんの笑う声が聞こえて、彼の背中をバンバン叩く。





『重いよ〜…!』

「ごめんね」

『謝るなら退いてくれ〜』

「……幸せだなぁ」





ポツリと零した憂太くんの言葉に叩いていた手を止める。そのまま彼の背中に腕を回して髪をサラリと撫でる。以前より伸びた髪は指通りが良くて、少し腹が立った。





『明日は同期のみんなと出かけようっか』

「おぉ!」

『みんな任務無いって言ってたし』

「楽しみだね」





憂太くんの楽しそうに弾んだ声に自然と笑みが零れた。彼は顔をあげると唇を重ねた。閉じた瞼を持ち上げると、少しギラついた憂太くんの瞳にギョッとする。





『…あ、あの、憂太、くん?』

「………」




にっこりと笑った憂太くんに危機を感じて顔が引き攣る。そして憂太くんは厭らしく私の首元をなぞった。






『だ、駄目だよ?明日、みんなで出かけるんでしょ?』

「ちゃんと起こしてあげるよ?」

『そういう問題じゃ、』

「……駄目?」





キュルンと瞳を潤ませた憂太くんにウッと息が詰まる。視線を彷徨わせると、唇が啄む様に重ねられ、気付いた時には舌が絡め取られていた。





「傷跡も確かめたいし…」

『怪我したの頭部なんですが!?』

「それも含めて確認させてね」

『えぇ!?』

「傷跡が残ったら僕が責任取るから。安心して」

『任務で出来た傷なのに!?』





憂太くんは私の首筋に甘く噛み付くと、吐息を含ませてゆっくりと言葉を紡いだ。





「名前ちゃんの傷ひとつまでも僕のだから」




耳たぶに憂太くんの唇が触れて、あぁもう逃げられないな、って直感した。

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