いつしか崩れゆく箱庭のなか
「それで?決意してから今まで何してたんだよ」
『………すみません』
「明日憂太は海外に行くんだぞ」
『……返す言葉もございません』
外は桜満開となった3月下旬。私は教室で真希にひとり怒られていた。棘とパンダはそんな私を見て呆れた様に肩を竦めてた。
『だって…、』
「だっても何も無ぇ」
『だってぇ〜!ママ〜!』
「誰がママだ」
「まぁまぁ。真希もその辺にしておけって」
「高菜、いくら?」
『……告白は、したい、けど』
「告るなら実質今日しか無ぇぞ」
「でも憂太何時に帰ってくるか分からないぞ」
真希の言葉に肩を落とす。明日の10時に乙骨くんは海外へと旅立つ。いつ戻って来れるかは決まっていないらしい。そして明日はみんなでお見送りをする予定だ。つまり告白するなら今日しかない。でも任務に行っている乙骨くんは何時に帰って来るか分からない。
『もしかして…』
「詰みだな」
「詰んだな」
「明太子」
『…………』
地面に手をついて項垂れる。さながら土下座だ。教室の床の木目を眺めて小さくポツリと言葉が漏れた。
『……これで良かったのかもしれない』
「は?」
『だって、もしかしたら乙骨くんが海外に行ってる間に諦められるかもしれないし。そうなったら告白しない方がいいよ』
「………」
「まぁ名前がそう言うなら…。俺達が無理矢理言わせるものでも無いしな」
「しゃけ」
「腰抜け」
真希は鼻を鳴らしてそう言って教室から出て行ってしまった。出て行く時に扉を思いっきり閉めてたから多分怒ってる。
『怒らせちゃった』
「真希も名前が心配なんだろ」
「すじこ」
『うん。分かってるよ』
まだ一緒に居て1年しか経ってないけど真希の事はちゃんと分かってる。それにパンダと棘も私の事を心配してくれてる事だって、本当は分かってるよ。
∴∴∴∴
『…………』
「…………」
『……………何故来ない』
次の日、乙骨くんのお見送りに来たのは良いけど私しか居ない。空港に辿り着いた時から…、いや寮を出る時から可笑しいと思った。五条先生を含んだ5人で来るはずだったのに真希は忘れ物したなんて言うし、パンダは俺パンダだから、とか言って。棘に至っては寝坊したなんて吐かしやがった。五条先生は知らん。
「……」
『…えっと、…ごめんね。無理矢理でも連れてくれば良かったね…』
「え、ううん。僕は別に…」
搭乗予定の時間はまだ先らしく、ふたりでベンチに腰を下ろして時間が経つのを待つ。
「それにしてもみんなどうしたんだろう」
『どうしたんだろうね。真希が忘れ物して…、棘は寝坊…、パンダはパンダだから…。………ん?』
「どうかした?」
これはあれかもしれない。私に告白させる為にみんな来なかったんだろうか。そういえば真希が忘れ物をしたと言った時に私の肩を元気付ける様に叩いていた。
「苗字さん?」
『………乙骨くんは、…』
「僕がどうかした?」
唇を噛んで俯くと髪のせいで視界が狭くなった。心臓の音が大きくなって頭が回らなくなる。
「苗字さん?どうしたの?」
『……わ、私、』
声を出すと思ったよりも震えていて、それすらも恥ずかしかった。何も言わない私に乙骨くんは何も言わずに待ってくれた。けれど時間には限りがあって、乙骨くんが乗る飛行機の搭乗時間が迫っている。
『……乙骨くん、』
「なに?」
『私、…私は、』
グッと手のひらを握ると痛みが走った。乙骨くんは海外に行ってしまう。伝えるなら今しかない。伝えないで後悔するか、伝えて次の恋に向かうか。……そんなの決まってる。
『……乙骨くん』
「どうしたの?」
顔を上げて乙骨くんの瞳を見ると、彼の瞳は黒翡翠の様にキラキラと輝いていた。その綺麗な瞳に見惚れて自然と言葉が零れた。
『……好き』
「………え?」
『乙骨くんが好き…。ごめんなさい、』
「どうして謝るの?」
『だって、』
私の気持ちは彼にとって邪魔でしかないから。そう言いたくても唇から出たのは涙を堪える為の息しか出なかった。
『ッ…、ごめんなさいっ、…わたしっ、』
「…てっきり、苗字さんは伏黒君の事が好きだと思ってたから…」
『伏黒くん…?』
涙を堪えながら首を傾げると乙骨くんは苦笑を浮かべてポリポリと頬を掻いていた。
『…伏黒くんは、…可愛いけど…。弟みたいな感じで…』
「………そうだったんだ、」
何故か安心した様に息を吐く乙骨くんに私が首を傾げる番だった。
「…苗字さんは、僕の事好きなの?」
『…うん、…ごめんね、』
「謝られる意味がよく分からないけど…」
乙骨くんは膝の上に乗っている私の手のひらを包み込むと優しく目を細めて笑みを浮かべた。
「えっと、…僕で良ければよろしくお願いします…で、合ってるかな?」
『………………どうして?』
「どうして…!?」
予想と違う彼の答えに涙が引っ込んでしまった。乙骨くんは目を見開いて驚いていたけどその顔をしたいのは私だ。だって、なんで。
「あっ、時間が!ごめんね!飛行機乗ったら連絡するね!」
『え、あ、………うん、』
乙骨くんは最後に私の手のひらをギュッと包み込むと、私の髪を撫でてベンチを立ち上がり申し訳無さそうに背を向けて行ってしまった。そんな彼に右手を振って呆然としながら見送る。
『……………………………え?』
ふと我に返った私は目を見開いて小さく声を漏らす事しかできなかった。