野に晒された雨と傷
「いつにも増して陰気くせぇな」
『……真希、』
「今日休みだろ。何してんだよ」
『真希だって、…休みなのに来てるじゃん。学校』
「私は忘れもん」
日曜日の朝から私は私服で雨降る中、教室に訪れて机に突っ伏していた。すると扉が開かれて真希が姿を見せた。
「で?何してんだよ」
『………煩悩を、消してる』
「正月かよ」
何だかんだ面倒見が良くて優しい真希は私の前に腰を下ろすと机に肘をついて私を見た。真希は授業が無いからか髪は下ろしていた。私は体を起こし彼女の髪を梳く。
『…真希の髪は綺麗だね』
「は?髪はただの髪だろ」
『……いいなぁ』
真希はスタイルも良くて顔も整っている。彼女の優しさは分かりずらいけど、とても温かい人だ。そして何より自分に自信を持ってる。それだけ努力をしてきたんだ。
『……私も、自分に自信が持てるようになりたい』
「いつも以上に面倒くせぇな」
『……冷たい』
サラリと真希の髪を梳いて、また机に突っ伏す。さっきまで温かかったのに机はひんやりと冷たかった。
『…私、どうしたらいいんだろう』
「知るか。さっさと告ればいいだろ」
『無理だって分かってるのに…?』
「区切りがつくだろ」
『……そんなに、強くないよ、私…』
「だろうな。こんだけウジウジしてんだ。ナメクジかよ」
『……真希になりたい』
「あっそ」
真希の様になれたら。私も少しは自信が持てただろうか。でもそれもこれも結局はないものねだり。私は真希じゃない。真希にはなれない。……彼女のようには、なれない。
『……里香ちゃん』
「もう死んでんだ。憂太だって永遠に独り身ってわけじゃないだろ」
『乙骨くんだよ?ずっと里香ちゃんを愛してそうだけど…』
「私は憂太じゃねぇ。知るか。んな事」
良い意味でも悪い意味でも真希はドライでサバサバしている。私も彼女のそんな所が好きだ。
『でも、乙骨くんは彼女と一緒に逝こうとまでしてたんだよ…?』
「あの時は緊急事態だった」
『じゃあ真希は好きでも無い人と死ねる?』
「…………」
チラリと真希を見上げると眉を寄せて私を睨んでいた。誰だって死ぬなら好きな人や大切な人とがいい。当たり前だ。そして乙骨くんは彼女を愛していたんだろう。…いや、今も愛してるのか。
『一途なのって素敵だけど、…辛いねぇ…』
「そんなに好きなら何で恵ばっか見てんだよ」
『もしかして好きになれないかなと思って』
「最低だな」
『…だって仕方ないじゃんか〜…、いつまでも乙骨くんに片想いしてたって…。伏黒くんならもしかして、万が一、億が一、兆が一、京が一の可能性で私のことを好きになってくれるかもしれないじゃん…。恋人居ないみたいだし』
「それほぼゼロじゃねぇか」
真希の言葉に思わず頷いてしまった。まぁゼロだよね。伏黒くんかっこいいもんね。私とじゃ美女と野獣ならぬ、珍獣と王子だ。…王子って柄じゃないか。
『あー…!もう…!』
「さっさと告って玉砕しろ。どうせもうすぐ憂太は海外だ。丁度いいじゃねぇか」
『……振られるから慰めてくれる?』
「あー慰める慰める」
『約束だからね?やっぱ無しは無しだからね?』
「しつけぇな。分かったよ」
真希はそう言って私の髪を雑に撫でると、最後にポンポンと優しくて叩いた。こういう所を見るとやっぱりお姉ちゃんだなって思う。
「頑張って来い」
『……真希と結婚したい』
「憂太に振られた時は貰ってやる」
『………やめて。惚れちゃう』
ふたりで目を合わせて笑い合うと、窓に当たっていた雨粒が弱くなって陽光が教室を照らし出していた。