壊死の手触り





『えっと…、よろしくね』

「よろしくお願いします」






今日は伏黒くんの初任務の日だそうだ。けれど既に伏黒くんは2級術師。私より階級は上だ。初任務が私の手伝いなんて申し訳なさで潰れそうだ。





『ごめんね…、助けて貰っちゃって…。先輩なのに情けない…』

「いえ別に」






案の定私は伏黒くんに助けられてしまった。呪霊の数が多く捌き切れなかった。気が付くと伏黒くんが私の前に立って式神で呪霊を祓ってくれていた。何ともまぁ情けない…。




『伏黒くんは凄いねぇ…。まだ入学して数日なのに…』






斜め後ろから彼を見上げると、何故か乙骨くんと重なって見えた。彼に惚れたのは助けて貰ったことがキッカケだった。なのにどうして私は伏黒くんには惚れないのだろうか。顔は伏黒くんの方がタイプなのに。




∴∴∴





「最近ずっと名前は恵の事見てるよな」

「この間言ってたけど恵に助けられたって本当か?オマエ後輩にサポートされてんじゃねぇよ」

「すじこ、しゃけ」

「苗字さんだって呪術師になったばかりだから…」

「はァ?もう1年経ってるだろうが」






教室から外を見下ろしているだけでこの言われよう。私をフォローしてくれたのは乙骨くんだけだ。酷い同期達だ。確かに私の視線の先には伏黒くんが居た。任務に向かうのか門に向かっている様だ。





『……伏黒くんってかっこいいよね』

「真希と似た顔だろ」

「名前が好きそうな顔ではあるな」

「しゃけ、明太子、いくら」

「別に私の顔の話はしてねぇだろ」





どうして似ているのに好きになれないのだろうか。好きになりたくて伏黒くんをジッと見つめ続けるけど彼が振り返ってくれる事もなく、私が彼に惚れる事も無かった。惚れたい一心で言葉を吐き出す。






『……かっこいいなぁ、…伏黒くん』

「本当にうるせぇな」

「息をする様に恵を褒めてるな」

「しゃけしゃけ」

「……………」




伏黒くんが車に乗り込んだのを確認して視線を高専の中にある大きな木に移す。少し前まで枯れ葉すら付いていなかった筈の気には薄らと桜の花びらが見えた。




∴∴∴




『あ、伏黒くん』

「苗字先輩」




夜に共有スペースで紅茶を入れていると伏黒くんがスウェット姿で現れた。本当にスタイルがいい。スウェットから見ても分かるほどに。




「紅茶ですか?」

『うん。伏黒くんも飲む?』

「良いんですか」

『勿論。今入れるから待ってて』

「ありがとうございます」





元々お湯は多めに沸かしていたから何も問題は無い。茶葉の量を増やしてお湯が湧くのを待つ。すると電気ケトルがカチッと音を立てて湧いたことを告げると、ケトルを持ち上げて準備しておいた茶葉にかけ、出来上がったのを伏黒くんに渡してその前に座る。




『どうぞ』

「ありがとうございます。好きなんですか。紅茶」

『うん。でもココアとかも好き』

「……これ美味いですね」

『でしょ!?少し値段するんだけど美味しくてリピートしちゃうんだよね』

「高いのに俺に作っちゃっていいんですか」

『そんなケチな人間に見られてるの?私…』

「そういうわけじゃ無いですけど」




意外と話してくれる伏黒くんと会話が弾んで紅茶の半分を飲み終わった頃、誰かの足音がして顔を向ける。





「……あれ、伏黒君と苗字さん?」

『あ、乙骨くん』

「お疲れ様です」




乙骨くんは私達を見ると驚いた様に目を見開いていた。どうしてか分からなくて首を傾げると、彼は机に置かれたふたつのコップを見た。






「いい香りだね。紅茶?」

「はい。苗字先輩が淹れてくれました」

「…へぇー。仲良くなったんだね」

「別に仲は良くないですけど」

『えぇ!?嘘でしょ伏黒くん!』




まさかの回答にちょっとムカついたから茶葉を通さず、伏黒くんのコップにお湯を足す。味が薄くなった紅茶を堪能するといいよ。





「あっ!ちょっと!」

『仲良くないからね〜』

「……仲良いんだね」





乙骨くんは私の隣に腰を下ろすと、私の顔を覗き込む様にして首を傾げた。少し顔が近くて仰け反ると、彼はニコニコと人当たりのいい笑みを浮かべていた。





「僕も紅茶飲みたいな…」

『あっ、うん。今淹れるね!』






立ち上がって電気ケトルのボタンを押して茶漉の上に茶葉を乗せて待っていると伏黒くんが私の隣に立ってコップを洗っていた。





『え、残したの?』

「飲みましたよ。ほぼお湯でしたけど」

『美味しかった?』

「一杯目は」

『二杯目も美味しかったでしょ』

「紅茶風味のお湯でした」

『わー、美味しそう』

「先輩の分も淹れましょうか」

『結構です』





そう答えた時、カチリと音がしてケトルを持ち上げてコップに注ぐ。すると伏黒くんが自分のコップを戻して口を開いた。






「ご馳走様でした。美味かったです」

『また会ったら淹れてあげる』

「次はお湯足さないでくださいね」

『それは伏黒くん次第かな』





やっぱり礼儀正しい彼はお礼を言って共有スペースを出て行った。私は淹れた紅茶を乙骨くんに渡す為に持ち上げて机に置こうとすると何故か彼は両手を軽く伸ばした。





「ありがとう」

『あ、…うん』






コップの外は熱いけど大丈夫なのかな、と心配しながら渡す為に腕を伸ばすとコップの取っ手を掴んでいた私の手も一緒に彼の手に包まれた。






『……え、』

「伏黒君と仲が良いんだね」

『へ?…あ、うん。任務で一緒になったりとか…。あの、乙骨くん、』

「ん?」






未だに包まれ続ける手のひらから身体中に熱が走りそうになった。私は必死に平常心を保つけど、温かくて大きな手のひらに心臓はバクバクと大き過ぎる音を立てる。





『あ、あの、…、手を、』

「…あ、ごめんね。ありがとう」

『う、うん、』






温もりが離れ、彼がコップを握ったのを確認してから慌てて反対の手で熱い手を握りしめる。その間も乙骨くんは呑気にフーフーとコップに息を吹きかけていた。






「座らないの?」

『…え、えっと、そろそろ部屋に、戻ろうかなって、』






振り返った乙骨くんにしどろもどろになりながら答えると、彼はスっと瞳を細めてまた笑みを浮かべた。





「でもまだ紅茶残ってるみたいだけど…」

『へ、部屋で、飲もうかな、』

「……僕、苗字さんに何かしちゃった?」

『……え?』






眉を下げて悲しそうな表情を浮かべる乙骨くんの言葉に目を見開く。彼は振り返る為に捻っていた体を戻してコップを両手で包み込むと小さくポツリと言葉を零した。






「同期の中でも僕とは距離を感じるし、今も僕と一緒に居たくないみたいだったから…」

『ちっ、違うよ…!』

「僕以外は名前で呼んでるみたいだし…。気付かない内にな何かしちゃったのかな…」





呟く様に零す乙骨くんに慌てて隣に腰を下ろして弁解をする。名前で呼べないのは好きだからで、今だって恥ずかしくて部屋に戻りたかっただけだ。全て好きだから。





『ち、違うよ!乙骨くんは何もしてないし、私が悪いだけだから!』

「でも伏黒君とも仲良くなってるし…」

『ふ、伏黒くんは、その、』






弟の様なもので、それに私は乙骨くんを諦める為に彼を好きになろうとしているのだ。でもそんな事言えない。貴方が好きだけど、叶わないから他の人を好きになろうとしてるの、なんて。





『んー…、えっと…、』

「………僕の事、嫌い?」

『嫌いじゃないよ!だって乙骨くんは優しくて強くて、友達思いで!』







心のままに答えたら本心を言ってしまいそうで怖かった。好き、なんて言っても彼は困るだけ。





『だから、…その、』

「苗字さん、」






必死なせいで身振り手振りが大きくなって、胸の前で彷徨っている右手を掴まれる。突然の事に目を見開くと、乙骨くんの左手が私の手首を掴んでいた。





「……苗字さん、」







掴まれている右手を見て心臓が嫌な感じに跳ねた。理由は分かっている。彼の薬指でキラキラと輝くリングだ。包まれて熱が走った手のひらは、さっきとは打って代わり心臓に痛みを走らせた。






『……ごめん、部屋に戻るね』

「え…、苗字さん?」

『おやすみなさい…』





彼の手から逃れる様に立ち上がって部屋を目指す。コップ洗うの忘れたとか、ケトルそのままだ、とか、そんな余計な事が頭に巡っていたけどすぐに視界が歪む。





『………知りたく、無かった』





彼の手が大きくて温かい事も、その手のひらが優しかったことも。知らなければ、こんなに傷つかなかったかもしれない。優しい人とは、残酷な人だと改めて知った。


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