どうしようもなく温い暗がりにて





『………喉乾いた、』




夜中に目が覚め、寒くて布団を手繰り寄せる。まだ1月だ。寒さに耐えながら瞼を閉じても喉がカラカラで眠れない。仕方なく床に足をつけると冷たさに体が震えた。




『………水足しておくの忘れてた』





暗い部屋の中で冷蔵庫を開くと明るい装飾に目を細めた。寒い中歩いたせいで目は覚めてしまった。どうせ今日は学校も休みで任務も無い。夜更かししても問題無いから財布を持ち、上着を着て廊下に出て自動販売機を目指した。






「苗字さん?」

『……乙骨くん』

「こんな時間にどうしたの?」

『ちょっと、喉がかわいちゃって…。乙骨くんは?』

「僕はさっきまで任務だったんだ」

『え…!こんな時間まで!?』






苦笑を浮かべて答える乙骨くんは確かに制服だった。さっきまでスヤスヤと眠っていた自分が憎い。こんなに彼は頑張っているというのに。






『ごっ、ごめんね!』

「え?何が?」

『寝てて…!』

「夜は寝るものだよ?」

『次からはちゃんと起きてるから!』

「もしかして苗字さん寝惚けてる?」





寝惚けてる、と言われて自分が寝起きなことに気付いて両手を頬に当てる。いつも以上に酷い顔になっているに違いない。失態だ。





「苗字さん?」

『ご、ごめん!今ちょっと見れない…!』

「そ、そっか…。苗字さんは自販機行く予定だったの?」

『そ、そう…』

「僕も喉乾いちゃったからついて行ってもいい?」

『…よ、よろこんで〜』





そのまま乙骨くんと暗い廊下を静かに歩いていると明るい光を見つけて目を細める。自販機は24時間労働で大変そうだ。





『…あ、この前奢って貰っちゃったから私が払うよ』

「あれは僕がしたくてした事だから…。…うん、でもお願いしちゃおうかな」





送別会の時の失態を取り返す時だ。小銭を入れて乙骨くんを見上げる。暗がりの中で乙骨くんの顔が照らされて見惚れる。真希は善人ですってセルフプロデュースしてる顔だって言ってたけど、私には優しい表情にしか見えない。





「まだちょっと寒いね」

『そっ、そうだね』





飲み物を取り出して私を見下ろす乙骨くんから慌てて視線を逸らして小銭を入れようと硬貨を掴むけど、緊張か、動揺か分からないけど手が少し震えて上手く掴めなかった。




『……え、乙骨くん?』

「ん?」




自分の分の水を自販機から取り出して顔を向けると乙骨くんは近くにあるベンチに腰を下ろしていた。戻らないのかな、と思いながら立ち上がる気が無さそうな乙骨くんの隣に腰を下ろす。同期と呼ぶには遠すぎる程の隙間ができている。




『……任務終わりで、眠くないの?』

「んー…、少し、目が冴えちゃって。…あっ、苗字さんは眠いよね!ごめんね!」


『ううん。私も目が覚めちゃって飲み物を買いに来たから、平気』





乙骨くんは膝に肘をついて前屈みになると、フーっと深く息を吐いていた。その横顔はどこか影を帯びている気がした。





「里香ちゃんを解呪してから初めての任務だったんだ」

『……そっか』

「……やっぱり僕は弱いんだなぁって思い知ったよ。里香ちゃんが居ないだけで不安になって、寂しくて…、」

『………うん、』






心臓が痛くなって気付かれないようにお腹の辺りを右手で掴む。






「強くならないとね。いつまでも里香ちゃんに甘えるわけにはいかないや」

『………………うん、』







チラリと視線だけを彼に向けると乙骨くんの顔は自販機に照らされて真っ直ぐと前を向いていた。その表情があまりにも真剣で、泣きたくなった。






『…乙骨くんは、強いよ。だって真希もパンダも棘も、…私も、乙骨くんに助けてもらったんだもん』

「百鬼夜行の事なら僕の力じゃないよ。殆ど里香ちゃんのおかげで…。それにみんなが居てくれたから…」

『……乙骨くんは、かっこいいね』

「……へ?」





自然と出た言葉だった。でもいつもとは少し違う“かっこいい”。乙骨くんが私の方を見るのが分かったけど、私は胸の痛みのせいで、彼の方は向けなかった。




『…誰にでも優しくて、平等で、人を助けられる力があって、強いのにその力を驕ったりしない。ずっと一途で、友達が傷付けられたら本気で怒って…。口で言うのは簡単だけど、でもそれって凄く難しい事だと思う。……やっぱり乙骨くんはかっこいいね』

「そ、そうかな…。……でも、ありがとう」






乙骨くんはいつもの様に優しく微笑んでいた。かっこいいよ。凄く。






「…やっぱり、…高専に、来れて、…良かった、」

『乙骨くん?』

「…ありがとう、……苗字、さん、」






そう言って彼は私の肩に凭れかかって眠ってしまった様だった。ふと彼の左手を見ると綺麗なシルバーリングがされていて目を細める。






『……やっぱ、駄目だよ。パンダ』





告白なんて出来るわけない。今だって彼の心に居るのは彼女だ。私なんかが勝てるわけない。今だって、もっと気の利いた言葉を言えたはずなのに。私は、何も…。





『……好きに、…ならなければ、よかった、』





自動販売機の明かりに照らされて、両手で頬を覆って誰にも気付かれない暗がりの中で、ひとり涙を流した。この言葉は、誰にも届かない。


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