真秀とインプリンティング





「憂太が海外に行くまで1ヶ月かぁ」

「いくら」

「流石は特級呪術師様だな」

「今は4級らしいぞ。憂太」

「はァ?等級って下げられんのかよ」

「俺にもよく分かんねぇけど悟が言ってた」

「明太子?」

「多分な。百鬼夜行が原因なんじゃないか?」

「まぁそれはどうでもいいが、あの気持ち悪い奴をどうにかしろ」

「送別会の後からずっとペットボトル眺めてるよな。名前」

「高菜」






机に置かれた紅茶のペットボトルを眺め続ける。普通のペットボトルなのに愛おしくて仕方ない。好きな人に貰ったものは例えゴミでも宝物だ。





「憂太に買って貰ったんだってさ」

「そんなの私らだって奢られただろ」

「すじこ」

「恋する乙女には見えてないんだろ。俺達の事なんて」

「しゃけ。ツナマヨ」

「な。早く告白すればいいのにな」






中身が空だというのにどうしても捨てられない。気持ち悪いって事も分かってる。それでも特別なのだから仕方ない。





「名前って恋愛体質じゃなかったか?」

「そういやそうだな。任務に行く度に好きな奴作ってたな」

「いくら」

「でもここ数ヶ月はそんな話聞かないな。真希も聞いてないだろ?」

「あのザマだ。他の男は見えてないんだろ」






確かにみんなの言う通り私は恋愛体質だと思う。任務に行く度、って言うのは言い過ぎだと思うけど。でも今まで好きになった男の人の数は数え切れない。でも想いが通じ合った事は無い。





『……また失恋かぁ。どうして私の恋は成就しないのだろうか…』

「行動しないからだろ」

「遠くから見てボヤくだけだからだろ」

「すじこ、高菜、明太子」

『だってぇ〜…』






私だって真希の様に美人なら幾らでも行動に移すさ。でも私の見た目は平凡。よくて下の上。…いや、下の中。もしくは下の下。スタイルだって良くないし、術式だってどうって事ない平凡な術式だ。






『自信が持てるようになりたい…』

「行動しろ」

『真希になりたい…。もしくは真依ちゃん。もしくは家入さん。もしくは里香ちゃん』

「最後だけ切実だったな」

「ツナマヨ」





何度生まれ変わればあの人になれるだろうか。どれだけ徳を積めば彼に愛してもらえるのだろうか。





『はあぁぁぁぁぁぁぁあ…。橋本環奈になりたい』

「だってさ。どう思う?」

「僕は今の苗字さんも素敵だと思うけど…」

『こんな橋本環奈でも北川景子でも長澤まさみでも菜々緒でもない私なんて…』

「芸能人と比べ始めたぞ」

「苗字さんには、苗字さんにしかない良さがあると思うけど…」

『そんな慰めは要らないんだよぉ…!同情するなら綺麗なご尊顔をくれ!』





机をドンッとなぐってペットボトルから顔を上げると不思議そうに首を傾げている乙骨くんが居た。………乙骨くんが居た?






『……………………今すぐ私を埋めてください』

「土にか?」

「いやヒアルロン酸じゃないか?」

「いくら、ツナ」

「そんなに落ち込まなくても…」





土下座をしたい欲を抑えて机に額を擦り付ける。見ないでくれ。記憶から消してくれ。お願いします。





「顔を変えるより胸を変えた方がいいと思うぞ俺は」

「パンダが一丁前にセクハラか?」

「だって憂太はデカい方が好きだろ?」

「どっ、どちらかって話だったから…!」

「高菜、ツナマヨ」

「狗巻君まで…!」





チラリと視線を上げると棘が何故かサムズアップして乙骨くんの肩に手を置いていた。顔を赤くして慌てている乙骨くんは酷く可愛かった。





『……………』

「何ガンつけてんだよ。喧嘩なら買うぞ」






真希の胸を見て自分の胸を見下ろす。何ともまぁ絶壁だ。真希の胸が富士山なら私は子供が作った砂の山といった所か。………ヒアルロン酸より豊胸が先だったか。





「い、いや!本当に違うんだよ!?パンダ君が…!」

「恥ずかしがるなよ。男なんてみんなおっぱい好きだろ」






自分の胸を撫でてフーっと溜息を吐き出す。椅子から立ち上がってトボトボと教室を後にする。





『……………』





誰だ。恋する乙女は可愛くなれるとか、恋は楽しいとか言ったの。私を見てみろ。どこが可愛いというのだ。どこが楽しそうに見えるというのか。





『…………泣きそう』







最初から分かっていた事だった。乙骨くんには心から愛する人が居て、私はその人に勝てるわけが無いってことぐらい。恋愛体質で沢山の人に惚れてきたけど、一度だって成就したことは無い。今回もまた、叶うことは無い。






『………今までの誰よりも好きだったんだけどなぁ』






かっこよくて優しくて、彼のいい所をあげてもキリがない。軽く5時間は語れる。一日じゃ足りない程だ。そんな彼も1ヶ月後には海外だ。そしたら少しはこの想いも冷めてくれるだろうか。






「苗字さん!」

『…………乙骨くん』






後ろから名前を呼ばれて振り返ると前髪を乱しながら乙骨くんが走っていた。走ったせいで前髪が上がり、普段見れない額が見えて心臓が高鳴った。





『どうかした?』

「なんか、元気無いみたいだったから…」






優しいところが好きだけど、その反面、嫌いだ。だって彼の優しさは平等だから。私だけじゃない。きっと私じゃなくても彼は元気の無い人が居たら駆け寄って慰めるのだろう。……それが酷く、苦しい。






『……ううん。大丈夫だよ。ありがとう』

「僕でよければ相談に乗るけど…」

『ちょっと体調が優れないだけ。家入さんの所に行って休んでくるね』

「えぇ!?大丈夫!?ついて行こうか?」

『本当に大丈夫だよ』





苦笑を浮かべながら痛む心臓を必死に隠す。女の子は好きなタイプを聞かれて“優しい人”と答える人が多いだろう。でもきっとそれは平等って事じゃない。“自分に”優しい人という事だ。






『……優しいね、乙骨くんは』

「え?そんな事無いと思うけど…」






キョトンと首を傾げる優しい乙骨くんが好きで、大好きで、とても嫌いだ。


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