ただ、まぶしいものを見るとき





「さて!数ヶ月後に海外へ旅立つ乙骨憂太くんの送別会を始めたいと思います!はい!みんなテンション上げてー!」

「…………」

「……………」

「…………」

『…………』

「ちょっと、ちょっと!みんな冷たくない!?」

「ただの任務だろ?送別会をやる意味が分かんねぇ」






真希の言葉にパンダと棘も頷いていた。私は送別会楽しそうでいいと思うけど、拍手を送れる雰囲気では無かった。






「僕も必要無いって言ったんだけど…」

「だっていつ帰って来れるか分からないんだよ!?寂しいでしょ!?送別会やるでしょ!?」

「…面倒くせぇ」

「悟の金で飯が食えるのはいいと思うけどな」

「高菜」

「勿論僕の奢り!何がいい?肉!?」





食べれないパンダが何故乗り気なのかは分からないけど、先生の奢りなら私も参加したい。それに乙骨くんと少しでも一緒に居たい。話しかける勇気は無いけど!





「わざわざ食いに行くのかよ」

「出前でも僕はいいよ。憂太は何が食いたい?」

「僕は何でも…」

「主役なんだから好きなのいいなって!ほら!ほらほら!」

「えっと…」





乙骨くんの好きな食べ物って何だろう。気になる。お肉かな。お魚かな。…意外とベジタリアンだったりして。何が好きでも素敵だ。




「苗字さんは何がいい?」

『……………へ!?わ、私!?』

「僕は特に食べたい物が無いから。それにみんなで食べるなら僕だけリクエストしてもあれだし…」






乙骨くんの後ろに後光が差している。何とも美しい。優しさの塊だ。乙骨くんは優しさから産まれたんだなぁ。





『わ、私は…、えっと…、』

「視線が泳いでるから名前は魚でいいだろ。ドジョウとか」

『真希さん!?ドジョウは嫌だなぁ!?』

「ほら早くしないと僕の気が変わっちゃうよ?そしたら名前の奢りだからね?」






五条先生に急かされてグルグルと頭を巡らせる。送別会といったら何だろう。お寿司?ステーキ?イカフライ?なんだ?なんだ?





『………ま、真希ぃ〜…』

「肉とピザ」

「よし!決まったね!あとお寿司も頼もっか!教室でパーッとやろう!」





考え過ぎたせいで頭が疲れて机に項垂れる。勉強でもこんなに頭使ってないのに…。駄目だなぁ。乙骨くんを前にすると頭が回らない。





「大丈夫?」

『…うん、大丈夫。さっきはありがとう、真希…』

「えっと…、僕乙骨だけど…」

『ボクオッコツダケド…?』






机につけていた頬を持ち上げて声の主を辿ると苦笑を浮べ頬を掻く乙骨くんが居た。慌てて背筋を伸ばして姿勢を正す。






『だっ、大丈夫です!全然!全く!問題ありません!』

「な、なら良いんだけど…」

『わ、私!喉乾いたからジュース買ってくる!』

「私コーラ」

「すじこ、明太子」

「俺カルパス」

『お、おっけー!任せて!!』





立ち上がってスマホだけを持って教室から飛び出す。顔が熱い。乙骨くんの前で変な事をしてしまった。






『………そして財布を忘れた』






自販機に辿り着いてその事実に気付いた。また教室に戻るのか…。と落ち込みながら振り返ると誰かとぶつかってしまい慌てて謝る。





「うぉっと、」

『すっ、すみません!』

「大丈夫だけど…。苗字さんは?」

『はい!私は、大丈夫、で、す…、乙骨くん…!?』

「うん。乙骨です」





優しい笑みを浮かべて私の後ろに立って居た乙骨くんに目を見開くと、彼は自販機の前に移動して小銭を数枚入れてボタンを押した。





「苗字さん財布持って行った様子が無かったから」

『ごっ、ごめんね!私が買いに行くって言ったのに!』

「ううん。ひとりじゃ持つの大変でしょ?」





優しい。その事に胸がキュンっと締め付けられた。乙骨くんはまた小銭を入れるとまたボタンを押していた。






「パンダ君のは、どうしようか…」

『パンダは何でもいいと思う!』

「とりあえず飲めそうなの買って行こうか。苗字さんはどれがいい?」

『私は自分で…!』






そう言って財布を忘れた事を思い出して絶望した。どうしてこうも彼の前だとかっこつけられないのか…。




「好きなの選んで」

『……ごめんなさい』

「いいって」






優しく笑う乙骨くんに見惚れてしまい、慌ててボタンを押すと出て来たのはおしるこだった。…おしるこて。喉乾いた時に飲む物じゃない。





「お、おしるこ…?」

『ちょっ、ちょうど飲みたくて!』

「…………」





両手で缶を包み込むと少し熱かったけど、我慢して紫色のそれを眺める。するとガコンと音がして乙骨くんが私に向かってジュースを差し出した。





『…え?』

「ごめんね。僕どうしてもおしるこが飲みたくなっちゃって。良ければ交換してくれないかな?」

『え、でも…、』





私が口を開こうとした時、乙骨くんは私の手からおしるこを抜き取って代わりに温かい紅茶を渡してくれた。





「僕好きなんだ。このおしるこ」

『…………』





そう言って優しく目尻を下げて笑う彼に目を見開く。あぁ、もう。本当にかっこよすぎる。





『……ありがとう』

「僕の方こそ交換してくれてありがとう」

『ジュース、半分、持ち、ます…』

「ありがとう」





真希の分のジュースを受け取ると、黒いペットボトルは冷たいはずなのに、手先はじんわりと温かくて心臓が大きく跳ねるのが自分でも分かって恥ずかしくなった。


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