四季/開かずの間
『はあぁぁあぁぁぁあぁ…』
「鬱陶しい溜息だな。今すぐ呼吸を止めろ」
「真希、それは名前に死ねって言ってるのか?」
「高菜」
「パンダ達だって鬱陶しいって思ってるだろ。さっきからハァハァハァハァ。変質者かよ」
窓枠に肘をついて溜息を吐き出していると真希から酷いお言葉を頂いた。でも仕方ないじゃないか。これくらい許してくれ。
『乙骨くんかっこいいなぁ……』
「出た。名前の憂太への愛の告白」
「告白も何も本人に言ってねぇだろ」
「すじこ」
寒空の下、教室から外を見下ろすと乙骨くんと五条先生が話していた。どうやら彼は海外への配属が決まったらしい。
「そんなに好きなら告白でもしたらどうだ?憂太に」
「名前が負け戦に挑むわけねぇだろ。ミジンコレベルの心臓だぞ」
「しゃけ」
『だって絶対無理じゃんか〜…』
私の想い人である乙骨憂太くんには愛する人がいる。その子は亡くなっていて呪霊になってしまい、解呪された。それでも彼は彼女を愛している。
『数週間前の百鬼夜行の時の乙骨くん見た?かっこよかったねぇ…』
「それどころじゃなかっただろ。馬鹿か?」
「名前も結構ギリギリだったのによく見てたよなぁ」
「いくら」
『あの時、私ってば乙骨くんに反転術式かけてもらっちゃった…!キャッ!恥ずかしい!』
「それは真希も棘もだな」
「しゃけ」
両手で頬を覆って恥ずかしがるとパンダから正論パンチを頂いた。あの時は意識半分だったけど、かっこよかったことだけは分かる。
『この間なんて扉開けてくれたんだよ?私が通る時に扉抑えててくれたの!』
「善人プロデューサーだからな」
「そんな役職みたいに言うなよ真希」
「明太子」
『あー、かっこいい…』
「そういえばなんで名前は憂太の事好きになったんだ?確かに良い奴だし、呪術師では珍しい常識人だけどな」
「聞くなよ。また長くなる」
「……ツナ」
「ほら見ろ。棘でさえゲンナリしてるぞ」
「分かった。名前、今から20文字以内で惚れた理由を話してくれ」
『助けてくれる姿がかっこよかったから』
「ピッタリ20文字でまとめやがった」
「無駄な器用さだな」
「しゃけ」
せっかく答えたのに酷い人達だ。ボーッと乙骨くんを眺めていると不意に彼がこちらを見上げてヒラヒラと右手を降っていた。突然の事に心臓を抑えて窓枠に手をついてしゃがみ込む。
『うぎぎ…、かっこいい…、かっこよ死する…』
「良かったな。世界で初の死亡例だ」
「確かに憂太もかっこいいと思うけど、顔だけなら棘の方がイケメンって感じじゃないか?」
「高菜…!」
「憂太は僕は善人ですって顔してるからな。イジメたくなるのも分かる」
『真希は酷いし、棘もドヤ顔止めて。それにパンダも黙って。乙骨くんはかっこいい。異論は認めない』
「おいコイツ面倒くせぇよ」
「それより名前、振り返さなくていいのか?折角憂太が手を振ってくれたんだぞ?」
『…かっこよくて直視できない』
両手で顔を覆ってシクシクと涙を流すと、いつの間にか棘が手を振り返していた。ムカつくけど無視してしまう事になるよりいい。
『乙骨くんかっこよすぎ…』
「さっさと告って玉砕して来いよ」
『真希酷い…!』
「でも告白してもいいと思うけどなぁ…」
「すじこ」
パンダは人差し指を顎に当てながらそう言った。私は壁に背を預けて三角座りをして小さく言葉を零した。
『……無理だよ。…勝てっこない』
彼は愛深い人だから。それに百鬼夜行の時に痛い程思い知った。どれだけ彼が彼女を愛しているのか。その証に彼の左手の薬指には眩しすぎる程のシルバーリングが存在を放っているから。私の恋は開花することは、無い。