枯れおちた花片ひとつ潰さずに
「おっはよー!昨日はお盛んだった?…ってあれ?憂太髪型変えたね?イメチェン?」
「…そんな感じです」
「そんなに間違えられたの嫌だった?」
「……違います」
「名前は?」
「居ますよ」
『お待たせしました!』
急いで玄関を出て先生達の元へと向かう。今日は3人で任務に向かうらしい。乙骨くんのお手伝いをするとの事だ。
「んで〜?昨日はお楽しみだった〜?」
『お楽しみだった…?』
「苗字さん、ここら辺は車の通りが多いからこっちに…」
『ありがとう!』
「そう言いながら名前と僕を遠ざけたかっただけでしょ憂太」
「はい」
「はいって…」
任務地が近づいた頃、辺りには強い呪力を感じて足を止める。すると五条先生と乙骨くんも立ち止まって振り返った。
「苗字さん?どうかした?」
『……今気付いたんですけど、私やばくないですか?』
「ん?何が〜?」
『特級ふたりの任務って…、もしかして私死ぬんじゃ、』
青ざめた顔で口を開いた瞬間、強い風が後ろから吹いて人間の声では無い鳴き声が後ろで聞こえて冷や汗が背中を伝った。
『……へ、』
引き攣った笑みが勝手に浮かんで後ろをゆっくり振り返ると私の目の前に呪霊の顔が迫っていた。
「口閉じてて」
『え…?』
乙骨くんの声がすぐ傍で聞こえたと思ったら、次の瞬間には浮遊感に襲われて彼の顔がすぐ近くにあった。
『おっ、乙骨くん、』
「大丈夫。すぐに祓うよ」
「僕は何もしないからね」
「はい。問題ありません」
『乙骨くん…、』
「少し待ってて」
そう言って乙骨くんは私の髪を撫でると刀を抜いて呪霊に向かって行った。五条先生は私の隣に立つと茶化す様に私の肩を啄いた。
「どう?また憂太に惚れ直しちゃった?」
『………』
「名前?」
呪霊と対峙する乙骨くんから視線を逸らせなくなって見つめていると頬に温かいものが伝って頬を触る。
「名前?」
『…………』
もうこれ以上、好きになんてなりたくなかった。特別になれるわけなんてないのに。私はただの代わりでしかないのに。大切な物に触れるように私に触れないで。
『……五条先生、』
「…ん?」
『…やっぱり、駄目です、…もう、無理です、』
両手で顔を覆って嗚咽を飲み込む。指の隙間から自分の涙が流れ落ちていくのが分かる。この涙の様に彼を好きな気持ちも落ちていってしまえばいいのに。無くなってしまえばいいのに。代わりで良かった筈なのに。いつからそれじゃあ満足できなくなった。気持ちが欲しい。愛が欲しい。私を見て欲しい。私だけを見て欲しい。
「名前は憂太が好き?」
『…好きです、…大好きです、…、でも、私はただの代わりだから…、』
「代わり?…どうして?」
『だって、彼にはずっと大好きな人が居るから…、私じゃ、勝てるわけが無い…、』
最初から分かっていた。私じゃ彼の想い人の彼女に勝てない事くらい。でも、それでも隣に居られるだけでも良かった。なのに、目の前に突き付けられる真実に酷く心は痛む。彼の姿を見る度に、彼の笑顔を見る度に、彼の左手を見る度に、私の心は張り裂けそうな程痛みを訴えた。
『……駄目です、私…。もう、』
認めてしまえば楽だった。心は限界だった。こんな思いするなら告白なんてしなければ良かった。ただの同期のままの方がずっと幸せだった。こんな感情、知りたくなかった。
『…………ッ、』
膝から崩れ落ちそうになった時、最初に感じた様な強い風が私を襲った。髪の毛が跳ねて、耐える為に体に力を入れる。強く瞑った瞼を持ち上げると、顔を覆っていた手のひらに温かいものが触れて、ゆっくりと顔を上げる。
『…………乙骨、くん、』
「泣かないで…、…泣かないで、苗字さん、」
私の目の前には何故か私と同じ様に苦しそうに顔を歪めた乙骨くんが私の両手を包み込んでいた。