青の深いところ、夜の深いところ





『お風呂ありがとう』

「ううん。ゆっくり出来た?」

『うん!リラックスし過ぎて長風呂しちゃった。ごめんね、』

「ゆっくり出来たなら良かった。僕も入ってくるね」

『いってらっしゃい』







乙骨くんが洗面所に消えたのを確認して地面に手をついて息を吐き出す。





『ぶぁあぁぁぁぁぁぁ…、き、緊張する…』






何も起きない事くらい分かってる。でも、好きな人とふたりきりというのは変わらず緊張するものだ。髪は乾かした。床に座ってスマホをいじっていると伏黒くんから連絡が来ていた。





ーー海外土産お願いします





伏黒くんと野薔薇は2年生と交流会に向けて特訓しているらしい。私が海外に居る事も真希達から聞いたんだろうなぁ。意外とがめつい。





『…ふふっ、可愛い…』

「何が?」

『ふんぎゃぁ!?』

「あ、ごめんね!驚かせるつもりじゃ無かったんだけど…!」

『わ、私の方こそ、ごめんね、』






いつの間にかお風呂から上がったらしい乙骨くんが髪を拭きながら私を見下ろしていた。スマホを落としそうになったけど慌てて何とかキャッチする。





「それで?何が可愛かったの?」

『あ、えっと、』






乙骨くんは当たり前のように私の隣に腰を下ろすと髪を拭いていた手を止めて首を傾げていた。そんな彼を見て違和感を覚える。






『髪型、変えた?』

「お、お風呂上がりだからじゃないかな…」

『そっか…』






お風呂に入る前までは以前と同じ髪型だったのに、今は少し長くなった前髪を分けていた。





「猫の動画でも見てたの?」

『ううん。伏黒くんが海外のお土産欲しいって』

「……ふーん、」

『あ、あとね!後輩が2人も増えたんだよ!』

「ふたりも?」

『虎杖くんと野薔薇って言うんだけど…』





スマホを操作して以前、虎杖くんと伏黒くんの3人で撮った写真を見せると、乙骨くんはスっと目を細めた。






『この子が虎杖くんで、野薔薇の写真は持ってないんだけど…。すっごく可愛い子だよ』

「……そっか」

『最近虎杖くんの姿が見えないんだけど任務で忙しいのかな…。呪術師になったばっかりって聞いてたんだけど…』

「…………」

『しかもこの髪色、地毛なんだって!凄いよね!見た目結構パンチがあるのに凄くいい子なんだよ!私が資料片付けようとしてたら手伝ってくれて、』

「苗字さん」

『ん?な、に、』






名前を呼ばれてスマホを見ていた視線を上げると顎が掬い上げられてすぐ目の前に乙骨くんの顔があって目を見開く。






「苗字さん、」

『な、なに…?どうしたの…?』






近すぎる距離に視線を逸らして乙骨くんの肩に手を置いて押し返しても更に力が加えられて額がコツリと合わさる。少し遠くでスマホが床に落ちる音がしたけど、そんなのを気にしていられる程、冷静ではいられなかった。





『おっ、乙骨くん…、ち、近い、よ』

「僕を見て」

『み、見る、から、もう少し、離れて、』

「今、この距離で見て」





自分の脳にまで響く程大きな心臓の音に耳を塞ぎたくなりながら、ゆっくりと視線を彷徨わせながら乙骨くんの瞳を見ると、彼は真っ直ぐに私を見つめていた。






『お、乙骨、くん、』






彼の肩に置いている両手が震えているのが分かる。今までこんなに近くに居た事なんて無かったから。乙骨くんは少し顔を寄せるから慌てて顎を引くと首裏から後頭部にかけて彼の手が置かれて固定される。




『おっ、乙骨くん…、』






乙骨くんは少し目を細めて顔を傾けた。唇に何かが掠って息が止まる。多分、彼の唇だ。頭を下げたくても彼の手がそれを許さないと言わんばかりに力が込められる。






「……苗字さん、」

『ッ、』






彼が言葉を紡ぐ度に私の唇に彼の唇が掠る。緊張のせいで手は震えるし、顔も熱い。それに心臓が煩い。





「…してもいい?」

『……お、こつ、く、』

「……するよ、」





疑問符のない言葉に頭が真っ白になる。彼の瞳は近すぎてボケて見える中でも酷く輝いていた。視線が逸らせないまま唇に柔らかくて温かいものが重なってピクリと体が揺れる。肩に置いた手に力を込めると少し離されて慌てて顎を引く。





「…逃げないで」






そう言って乙骨くんはまた唇を重ねた。けれどさっきとは違って何度も啄むように重ねられる。既にキャパオーバーの私はとにかく息をする事に必死だった。でもその間も唇は重ねられて唇を吸われたり甘噛みされる。





『おっ、こつ、くん、』





必死に唇が離される合間に彼の名前を呼ぶとゆっくりと顔が離されて顎を引いて俯く。すると乙骨くんは私の頬をスルリと撫でて耳元に唇を寄せてゆっくりと言い聞かせるように優しく言葉を紡いだ。





「僕、自分が思ってたより嫉妬深いみたい」

『……へ?』

「ごめんね。もう少し、」

『え、まっ、』





彼の右手が私の頬を包み込んで、また唇が重ねられた。嫉妬深いってどういうこと。嫉妬って何?聞きたい事は沢山あるし、考えたいのにそうさせてくれない。





『ま、待って、…ンッ、』




乙骨くんの舌が滑り込むように差し込まれて体が跳ねた。突然の事に驚いて彼の服をギュッと掴む。強く瞼を瞑ると舌が絡み合う音や自分の鼻から抜けるような甘い声が響いて嫌になる。最後にちゅぅ、とリップ音を鳴らして離れた。




「大丈夫?」






私の顔を覗き込んでそう言う彼に悪態を吐きたくなった。大丈夫なわけが無い。もしかしたら乙骨くんは経験があるかもしれないけど、生憎私には経験が無い。ビギナーに初っ端から玄人コースは酷過ぎる。





「立てる?」

『………ぁ、』






手のひらを支えられて立ち上がると膝がガクリと抜けて崩れ落ちそうになる。乙骨くんが支えてくれたから膝を強打しなくて済んだ。…いや、そもそも彼のせいでこうなっている。





「腰抜けちゃったね」






いたずらっ子の様に笑ってそう言った彼に心臓が大きな音を立てたせいで何も言い返す事が出来なかった。仕返しと呼ぶにはお粗末だったけど、乙骨くんの腕を弱い力で叩くと彼はカラカラと楽しそうに笑った。






「歯磨いた?」

『う、うん…、磨いた、』

「なら先に布団に入ってて」







ベッドに案内されて流れるままに布団を捲られて寝転ぶと乙骨くんは電気を暗くしてから一緒に寝転んで、私の体を抱きしめた。






「おやすみなさい」

『お、やすみ…』






乙骨くんの腕の中でパチパチと瞬きを繰り返す。嫉妬深いって何?何に対しての嫉妬?…あれ、嫉妬って何だっけ?だって私はただの里香ちゃんの代わりだ。なのに嫉妬なんて…。……あ、そっか。ジャイアンと同じか。自分のものが他の男に媚び売ってたら腹も立つよね。里香ちゃんでは無いけど、私は代わりなんだ。自分の人形がよその家にあったら、あれ?ってなるよね。そうだ。そうなのか。そうだったのか。



だって彼が私の事を好きなんて有り得ないんだから。


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