一握の銀木犀
「そんなわけで海外行くよ」
『何がそんなわけ…?』
突然、五条先生に呼び出されたと思ったらそう言われた。いつも突拍子の無い事ばかりすると思っていたけど今回もぶっ飛んでる。頭のネジが。
「数日前に連絡したでしょ?海外行くよって」
『あー、そういえば来てたような…』
「名前ってば無視するんだもん…。酷いよ…」
『五条先生が勝手に海外行くだけかなって』
「勝手に…」
職員室で向かい合って座りながら会話を進めると、五条先生は気を取り直した様に言葉を続けた。
「もうすぐ交流会も近いけどさ。憂太が海外に居るでしょ?」
『え?…はい。そうですね』
「んで、名前は憂太の彼女なわけでしょ?」
『………………何で知ってるんですか』
「え?だって憂太が言ってた」
『………………』
「僕は優しいからね。ひとり海外で頑張っている可愛い乙骨憂太君の為にサプライズで彼女を連れて行ってあげようって事さ!」
『なら棘とか真希を連れて行ってあげた方がいいですよ』
「へ?なんで?」
『その方が乙骨くんも喜ぶと思います』
そう答えると五条先生は不思議そうに首を傾げた。そしてその首を戻すと私の事を指さした。
「名前は憂太の彼女でしょ?」
『…またその質問ですか?』
「確かに友達が来てくれるのも嬉しいけどさ。でも普通、彼女が来てくれた方が嬉しくない?」
『……私は、少し違うから、』
「違う?」
再度突き付けられる事実に心臓が痛む。会えなくなっても好きは積もっていくらしい。
『私は、里香ちゃんの代わりだから』
「代わり…?」
五条先生は背もたれに体重を預けると小さく、ふーん、と言った。そしてニヤニヤと笑った。…最低だ。
「なにそれウケる。拗らせてるねぇ」
『今のどこに笑う要素があったのかよく分かりません』
「そんな怒らないでよぉ。とりあえず交流会まで2週間ある。1週間後に海外に居る憂太に会いに行くからね。荷物纏めておいて」
『…………はい』
会えるのは嬉しい。けど、それと同じくらいに苦しい。だって、自分は代わりだって分かってても、それを目の前に突き付けられるのは、辛い。
∴∴
『飛行機なんて久しぶりです』
「パスポート持って来た?」
『持って来ましたよ…。小学生じゃないんですから…』
「よーし!じゃあ出発ー!」
久しぶりの飛行機の旅は楽しかった。五条先生は慣れているのか眠っていたけど、私は写真を撮っては2年生や虎杖くん、伏黒くんに送っていた。スマホをよくいじっている伏黒くんからしか返信は来なかったけど。
「あー、飛行機長すぎて疲れたね」
『私は楽しかったですけど』
「じゃっ、憂太の所行こっか」
向かっている間、五条先生と交流会について話をした。そこで1年生3人が出るらしい。でもここ最近虎杖くんの姿を見てない事を伝えると、先生は何処か誤魔化すように話を変えた。
「恵は戦い慣れてるからすぐに戦力になると思うよ」
『私の数百倍は心強いです』
「名前は恵を気に入ってるよね」
『あのツンケンした感じが弟みたいで可愛いです。伏黒くん』
「あれが可愛い?生意気の間違いじゃないの?」
『それは先生がいじめるからでしょ。いい子ですよ、伏黒くん』
「そんなことないもーん。……あ、居たね」
五条先生が指さした先に彼の姿があった。白い制服はやはりよく目立つ。五条先生が私の背中を押すから緊張が悟られ無いように声を張り上げた。
『おーい!』
「…え?苗字さん?」
振り返った彼はやっぱり以前と変わらず優しそうな顔をしていた。駆け寄って久しぶりの再会に声が弾んでしまった。
『久しぶりだね!…伏黒くん!』
「………え?」
「あーあ、やっちゃった」
『…………あ、』
さっきまで伏黒くんの話をしていたせいで間違えて呼んでしまった。顔を青くする私に対して五条先生は呑気に口を開いた。
「確かに後ろ姿似てるかもねぇ」
『ちっ、ちがっ、間違えただけで…!さっきまで伏黒くんの話をしてたから…!』
「だから間違えたんでしょ?」
『そっ、そうですけど…!違います!』
「まぁまぁ…。お久しぶりです。五条先生、苗字さん」
「おっひさー!」
『お久しぶりです…』
肩を落としながらそう返すと五条先生が私の肩を抱いて慰める様にポンポンと叩いた。
「憂太はこれから任務?」
「いえ。今日は終わりです」
「なら名前の事案内してあげたら?僕はその間に他の用事済ませてくるからさ」
「そうします。ありがとうございます」
どんどん進んでいく話に、2人が話す度に顔を見る事しか出来なかった。すると乙骨くんに手首を掴まれて隣に並ぶ。
「泊まる場所は決まってるんですか?」
「うん。憂太が借りてる部屋」
「…え?」
「名前はね。僕は高級ホテルを自費で取ってるから。安心していいよ」
『…え!?私の部屋は!?』
「名前も自費で払う?」
『…………』
「僕が借りてる部屋広いから大丈夫です。それじゃあまた後で」
『えっ、お、乙骨くん…!?』
手首を引かれて彼の後をついて行くと、次第にその歩みはゆっくりになって乙骨くんが私を見下ろした。
「どこ行きたい?」
『でも、乙骨くん任務後で疲れてるんじゃ…』
「今日は一件だけだったから全然大丈夫。お腹は空いてない?」
『す、空いてる…、』
「なら最初にご飯行こっか」
ニコニコと笑みを浮かべて、手首を掴んでいたはずの彼の手はいつの間にか私の手のひらに重ねられていた。
『おっ、乙骨くん、』
「どうかした?」
『あ、あの、…手、が、』
「…嫌だった?」
『嫌じゃ、ない、けど、』
私が答えると乙骨くんはふわりと笑って指を絡めた。そのせいで顔が熱くなって何も言うことが出来なかった。
∴∴
『わ、私やっぱり五条先生と同じホテルに…、』
「でも五条先生が泊まるって言ってた場所、ここの地域で一番高い豪華なホテルらしいよ?」
『なら、もう少し安い…、』
「今からじゃ何処も予約でいっぱいなんじゃないかな…」
『でも、…でも、』
乙骨くんと色んな所を巡り、辺りが暗くなった頃私は我に返った。けれどその時には乙骨くんが拠点としている建物に着いてしまっていた。
「それに女の子1人じゃ危ないよ。治安が良いとは言えないから」
『うぐっ…、』
「心配しないで。手を出したりしないから」
そう言って苦笑を浮かべる乙骨くんの言葉の意味を理解して一気に顔が熱くなった。
『そっ、そんな心配してないよ!?』
「ならここでもいいよね」
乙骨くんは慣れたように扉を開けて中へと入った。私も繋がれた手に引かれて中に入ると、男の子の部屋とは思えない程綺麗だった。
『……………ま、そうだよね』
「ん?どうかした?」
『ううん。何でもない』
手を出されるわけがない。だって私は代わりでしかなくて、私と彼女は全然似てないから。きっと乙骨くんもデートとかを疑似体験したいだけなんだろう。分かっていても心臓は嫌な音を立てていた。