ありふれた夢(断頭台にて)
「良かったじゃねぇか」
「それで連絡は取ったのか?」
『…うん、……飛行機に、乗ったよ、って…』
「なんでオマエは振られたみたいに暗いんだよ」
「高菜、すじこ」
乙骨くんを見送ってからどうやって帰って来たのか覚えていない。気付いた時には教室に居て、中には3人が当たり前のように席に着いて談笑していた。
「名前は憂太と付き合いたかったんじゃなかったのか?」
パンダの言葉に顔を上げると棘もパンダと同じ様に首を傾げていた。付き合う…。お付き合いできる…。私は乙骨くんと付き合いたかったのかな。……多分、違う。
「念願の想い人と付き合えたのに何が不満なんだよ?」
『…………そう、だよね、』
付き合えただけ凄いじゃないか。喜ばしい事だ。付き合っていられる間は乙骨くんを好きでいていいんだ。……愛が欲しいなんて、傲慢だ。
『そうだよね!』
「急に元気になりやがった」
「落ち込んでるよりはいいだろ?」
「しゃけ!」
ガタリと音を立てて立ち上がり拳を作って胸の前で小さく振って、フンフンと鼻を鳴らす。
『付き合えただけ御の字だよね!それに私は里香ちゃんの代わりに選ばれたって事だもんね!』
「…………おい、雲行きが怪しくなってきたぞ」
『乙骨くんのお眼鏡にかなったって事だもんね!よーし!頑張るぞ!』
「余計拗れてねぇか?」
「憂太みたいな奴が代わりなんて選ばねぇと思うけどなぁ…」
「いくら、明太子?」
「まぁ憂太に聞いた方が早いわな」
何やら3人が話し合っていたけど、私はとにかく頑張って里香ちゃんの代わりを全うするぞと意気込んで拳を天井に向けて突き上げた。
『頑張るぞー!!』
これ以上は、望んではいけないから。
∴∴∴∴
桜が散って青々しい木々が風に揺れて雨が増えた頃、私は絶望の淵に立たされていた。
『…………もはや嫌がらせの配置』
日下部先生に片付ける様に頼まれた資料を持ってきたまでは良かった。でも仕舞いたい場所が遥か遠くに見える。高すぎる。背伸びしても届かない。
『………棘…、いや真希?…真希でも届くか怪しい…、…仕方ない。パンダ呼んでくるか…』
「あれ?何してるんですか?」
『……え?』
扉に目を向けると茶髪というかピンク色というか、難しい髪色をした短髪の男の子がひょっこり顔を覗かせていた。
「それ片付けんの?俺やろうか?」
『え、あ、…お願い、』
「任せてー!……ここでいいの?」
『う、うん、』
男の子はヒョイッと私の持っていた荷物を掬い取ると難なく脚立に乗って資料を片付けてしまった。
『ありがとう』
「いや、あれは高すぎだよなぁ。俺も脚立使わねぇと届かなかったし」
『えっと、』
「あ!俺、虎杖悠仁!1年!」
「苗字名前です、…2年の」
「うわやべっ!先輩!…そりゃそっか!俺1年だし!」
『敬語とか別にいいよ。先輩って言っても私弱いし…』
「弱い強いは関係ねえと思うけど…。でも敬語なしの方が楽だからまっ、いっか!」
太陽の様に笑う虎杖くんが眩しくて目を細める。呪術師にしては珍しい明るく普通の子だ。流れでふたりで教室を出て廊下を歩く。その間も虎杖くんは楽しそうに話をしてくれた。
「そしたら伏黒がキレてさ!あ、伏黒っていうのは…」
『1年生の伏黒恵くんでしょ?』
「俺より伏黒の方が先に高専に来てんだもんな。じゃあ伏黒が言ってた苗字先輩って、先輩の事か!」
『え!伏黒くん私の事何か言ってるの!?』
「うん。高専では珍しい普通のいい先輩だって」
『ふっ、伏黒きゅん…!』
その後は虎杖くんと共に伏黒くんを探しに探して見つけ出して一緒に写真を撮った。彼は凄く嫌がってたけど私と虎杖くんが頼み込んだら何とか1枚撮ってくれた。
『伏黒くん!1枚!1枚だけでいいの!』
「嫌です」
「なぁ!いいじゃんかー!」
「何でだよ」
「え?だって苗字先輩が撮りたいって」
『お願い!』
「……1枚だけですからね」
『ありがとう!伏黒くん!』
でもふたりとも背が高いから腰を折って写ってくれた。その事にも母性本能がキュンキュンしてしまった。
「先輩見切れてね?もっとこっち寄っていいよ」
『おっと、』
虎杖くんに肩を抱かれて寄せられるとふわりといい匂いがした。最近の男の子はこんなにもいい匂いがするものなのか。
「つーか俺が撮った方が早いだろ。苗字先輩スマホ貸してください」
『お願いします!』
伏黒くんにスマホを渡してピースをする。その間も虎杖くんの手は私の肩にあったから男女共に距離が近い子なんだろうなぁ。
『後輩がこんなにも可愛い…!』
「あざーっす!」
『待受にしてもいい!?』
「駄目に決まってんでしょ」
「俺はいいよ!」
「あとそれに女子もひとり居ますよ」
『えぇ…!?』
なんてわちゃわちゃしているとスマホが震えた気がしたけど、虎杖くんのモノマネが面白くて見る事を忘れてしまった。