あの瞳はどうしようもなくひび割れた硝子のよう


『…………』

「調子はどう?」

『……五条の小僧か』

「最近、恵と会ってないみたいじゃん」





高専とやらを囲む様に植えられている木の上で横たわっていると下から声をかけられた。今日は珍しくニヤケ面では無いようだ。




「太陽の下でも生きていけるけど辛いんじゃないの?」

『………まぁ、陽の光は無いに越したことはないな』

「なら中に戻れば?」

『オマエが私の心配をしているとは。明日は嵐か』

「君の心配じゃない」

『………』

「恵が君のことを探してるんだよ。最近姿を見ないって。余程君はかくれんぼが上手らしい」

『……あぁ、かくれんぼは得意だ』





幼子の時から隠れるのは得意だ。文字通り、見つかれば死んでしまう程苦しい目に遭うからな。





「それで?どうして恵から隠れてるの?」

『あの小童は五月蝿いからな。血を吸うな、殺すなと。呪霊に指図をするな』

「本当にそれだけ?」

『私は自由が好きなんだ』

「ふーん。その割に縛りまで乗っちゃってどうするの?このままじゃ縛りを破って死ぬか、餓死して死ぬかじゃない?普通の呪霊なら食事は必要無いけど君はそうはいかないでしょ」

『……さて、どうしようか』

「一つだけ言っておくけど恵を殺すのは無しだからね」





五条の小僧はそれだけ言うと姿を消した様だった。目元に腕を乗せると視界が暗くなり少しだけ体が楽になった気がした。




ーーこのままじゃ縛りを破って死ぬか、餓死して死ぬかじゃない?




縛りを縛っても死にはしないだろう。ただ罰を受けるだけだ。




ーー「僕が貴方を守りますよ」

ーー「ひとりは寂しいですから」

ーー「僕は貴方を、」

ーー「……ごめんなさい、」





『………』





餓死して死ぬかじゃない?




『……それもまた、一興…』




小さく笑うとその声は何処か震えている気がした。






∴∴




「恵」

「五条先生」

「どう?交流会に向けて頑張ってる?」

「まぁ…、」





真希さん達との稽古を終えてあの人を探していると五条先生に声をかけられた。




「それよりアイツ見ませんでした?」

「…名前?」

「はい」

「さぁ?僕は見てないけど」

「そうですか…」





ここ数日、血を分けてない。10年間食事をしてこなかったと言っていたけどそれは動かずに陽の光も当たっていない時の話だ。今は呪力も使って日中も歩き回っている。





「恵はさ、なんで名前を気にかけるの?」

「放って置くと誰彼構わず噛み付くでしょ」

「確かに僕が恵に名前のお世話を頼んだけどさ。でもここまでしなくていいんだよ。ただ見張って置いてくれれば」

「……分かってます」






そんな事分かってる。俺だって最初は目の前で血を吸われて死んでいく人を見て思わず提案した事だ。




「恵も分かってるだろうけど、名前は呪霊だよ。人間じゃない。宿儺や君の式神達と同じ、呪霊だ」

「………はい」

「後戻り出来る内に引き返した方がいい」

「…………………はい、」





そんな事、俺だって分かってる。けど後戻りなんて、どうすればいいんだよ。





∴∴∴




『…………』






一日中陽の光を浴びて動く気すら無くなってしまった。木の上も退屈で体を捻って地面に落ちる。グシャッて音がしたから反転術式で治す。





『……宿儺か』

「随分と愉快な格好をしているな」

『虎杖とかいう少年は死んだと聞いたが』

「縛りを課して心臓を治してやった」

『知らん合間に優しくなったものだな。呪いの王よ』

「それに近々面白いものが見れるぞ」

『オマエが面白いと言うものは大抵つまらん』





地面に感じる湿った土に頬を付ける。近くで虫が出て来た気配がしたが、生憎虫は幼子の時から食わされている。どうも思わん。





「いつまでそうしている」

『宿儺こそいつまでここに居るつもりだ。その体は少年の物だろう』

「今小僧は眠っているからな」

『……便利な体だな』






宿儺は私の顔元にしゃがみ込むと手の平を顎に当てて考え込んでいるようだった。





「情けない顔だな」

『……私は元からこんな顔だ』

「まるで色恋に興じていた頃のようだ。気色悪い」

『………そんな時は無かったがな』

「あっただろう。人間の餓鬼に、」

『宿儺』

「………」

『黙れ』

「ケヒヒッ、実に滑稽だなぁ」





宿儺の首を落としてやろうと思ったが体は少年の物だ。五条の小僧が黙ってはいないだろう。仕方なく瞼を閉じる。





「伏黒恵にでも惚れたか」

『…伏黒恵……?………あぁ、禪院の小童の名前はそんなだったな』

「それともオマエが惚れたあの小僧にでも姿を重ねたか」

『……違うな』





アイツの瞳はもっと硝子玉の様に透ける様な美しさを持っていた。禪院の小童の瞳はどちらかと言えば宝石に近い。





『……小童に重ねているのは、…私だろうな』

「今のオマエはつまらんな」

『貴様に面白がってもらう為に居る訳では無い』




瞳を開くと変わらず森だった。すると一つの気配を感じて眉を寄せる。宿儺も感じ取ったのか私に向かい舌打ちをすると姿を消した。





「何やってんだよ…!」

『…月見だ』

「地面に寝てすることじゃねぇし、うつ伏せじゃ月も何も見えねぇだろ」

『小童こそこんな時間に何をしている』

「とりあえず体起こせ」

『……相変わらず小鳥のように騒がしいな』





仕方なく体を起こすと禪院の小童は安心したように瞳を細めていた。呪霊がこの程度で死ぬわけがないだろうに。





『私に何か用か』

「…最近、飲んでなかっただろ」

『そうだったか?体調が良くて気付かなかった』

「……嘘だろ」






何処か確信めいた声でそう言った禪院の小童は私の目を見るから空を見上げて視線から逃れる。





「顔色が悪い。それに陽の光浴びすぎだ」

『吸血鬼とはいっても呪霊だ。死にはしない』

「死ななくてもしんどいだろ」

『言っただろう。調子が良いと』

「……俺の血が嫌になったか」

『そんな事は無い』

「好きな時に飲んでいいって言っただろ」

『好きな時に飲んでるよ』

「………」




責めるような視線を送る小童の頭を撫でて立ち上がると思ったよりも楽に立ち上がれた。





「……いつもこんな事しねぇだろ」

『たまには子供を可愛がってみようと思ってね』

「何かあったのか」

『退屈な程、何も無いさ。老人が若人を可愛がるのは普通だろう』

「……何の話も、してくれねぇんだな」

『しているだろう』

「名前、」

『伏黒恵』





呼ばれた名に被せるように初めてその名前を呼んだ。綺麗な響きに耳鳴りがした。




『呪霊に深入りをしてはいけないよ。五条の小僧にも言われただろうに』

「…俺は、」

『夏とはいえ夜は冷える。戻ろう』





汚れた服から土を払って歩き出すと手首が掴まれて振り返る事もせずに立ち尽くす。





『どうした』

「……俺を見てくれ」

『…見ているさ』





振り返って瞳を見ると、何処か硝子玉の様な瞳に目眩がした。



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