雨後にとけゆく残留思念


「初めまして!虎杖悠仁です!好きなタイプはジェニファー・ローレンスです!よろしくお願いしゃっす!」

『……………』





梅雨の時期に入った頃、私の目の前に見覚えのある男が現れた。





『……宿儺か』

「え!?宿儺知ってんの!?」

「この人は呪霊だぞ。それも長年生きてる」

「えぇ!?そうなの!?」





禪院の小童の説明に宿儺の受肉体であるであろう少年が驚いた様に目を見開いていた。




『宿儺はあまり好きでは無いんだ。あまり近付かないでくれ』

「俺も別に宿儺好きじゃねぇけど…」

「随分な物言いだな名前」

『げっ…』





少年の頬に片目と口が現れて眉を寄せる。だから会いたくなかったんだ。





『…相変わらず品のない話し方だ』

「オマエに言われたくないな」

『人間の腹の中で飼われているのか。実に似合っているぞ』

「オマエこそ相変わらず品の無い女だ」

『女の扱いも分かっていない男に言われたくないな』






鼻で笑うと五条の小僧が現れて私と宿儺を交互に見やり、口を開く。





「なに?同窓会?仲良いんだねぇ」

『誰がこんなガサツで荒い男などと仲良くするか』

「荒くされるのが好きだっただろう」

『演技に決まっているだろう。本当に可哀想な男だ』

「あれが演技か。随分と悦んでいたがな」

「……え。君たちそういう関係?」

『何度か寝ただけだ』

「面白半分にな」






溜息を吐きながら答えると近くに座っていた禪院の小童の驚く声が聞こえた。相変わらず五条の小僧は楽しそうなニヤケ面だ。





「小僧の体を乗っ取った暁にはまた抱いてやる」

「えぇ…!?」

「何それ。凄い面白いんだけど」

『誰がオマエなんぞに…』





呆れた様に肩を落とし視線だけそっぽを向く。すると禪院の小童と視線が交わった。





『宿儺に抱かれるくらいならこの小童に抱かれた方が幾分かマシだ』

「……………は、」

『……でもそうだな。血だけならこの少年も美味そうだ』





近くによって鼻を鳴らすと若さ特有の瑞瑞しい香りと健康児の美味そうな匂いがした。すると以前感じた様な首根っこを掴まれる感覚に顔を上げる。





『どうした。禪院の小童』

「………」




何も言わない小童に片眉を上げて首を傾げる。やはり餓鬼の扱いはよく分からん。





「これから新しい1年生迎えに行くけど名前はどうする?」

『どうでもいい。とにかく宿儺が不愉快だ』

「最近の日本見たくない?」

『執拗い。どうでもいい』





今の私は宿儺と話をさせられて不快だ。




∴∴





『………そうだ。狗巻の末裔が居たな』





五条の小僧や禪院の小童が居なくなり廊下を歩いていると時に味見し損ねた狗巻の末裔を思い出し、足を進める。禪院の女も気になるがアッチは気が強く面倒そうだ。





「………すじこ?」

『丁度いい所に来たな』





目の前の曲がり角から狗巻の末裔が現れて口角が上がる。手招きをしても流石に警戒しているのか近付いて来ない。仕方なく視線を合わせる。





『……おいで』

「…高菜、」




驚いた様に目を見開く狗巻の末裔は自分の意思とは関係無く動く足に驚いている様だった。そのまま近くにあった部屋に入り椅子に座り、その上を跨がせる。体が他と比べて少し小さいからな。





「明太子…!」

『安心しろ。悪い様にはしないさ。殺しもしない。ただ少し血を貰おうと思ってな』

「おかか!」

『嫌か?意外とハマるかもしれんよ?存外気持ちいいらしい』

「おかか!いくら!」

『呪言師の縛りか。可哀想にな』




唇を撫でると固く結ばれて苦笑する。呪術師は総じて頑固だな。





『私程の力があればその程度の呪言効かぬがな。普通に話してみたらどうだ』

「おかか!」

『祓えれば儲けものだろう』

「お、か、か!」

『よく分からんな』





首元を緩めると首筋が現れて喉が鳴る。狗巻家の血を飲むのは初めてだな。




『痛くしないさ。身構えるな』



舌を伝わせてゆっくりと噛み付く。昔とは違って食い物の質がいいお陰か血が美味い。





「ッ、…ツ、ナマヨッ、」






快楽の含まれた小さな声に笑みを浮かべる。恵まれた術式の持ち主は血の質もいい。





「な、にしてんだ…、」

『…おや、見つかったか』





グシャリと何かが落ちる音がして顔を向けると、袋のような物を落として目を見開いている禪院の小童が居た。食っている時はどうも気が緩み気配が感じずらい。





「……約束はどうした」

『禪院の小童、呪術師になってどれくらいだ』

「……は?」





狗巻の末裔の首筋を舐めて顔を離すと、体に力が入らないのか狗巻の末裔は私の体に凭れかかった。何となく髪を撫でると意外にも手触りがよく気に入った。





「……………」

『どれくらいだ?』

「……………呪術師になったのは、…数ヶ月前だ」

『まぁオマエ程の術式なら幼い頃から見えてはいたのだろうな。呪術師になったのは最近か。なら覚えておいた方がいい。……呪霊の言葉を信じてはいけないよ』

「……………」






ギリッと奥歯を噛み締め眉を寄せる姿にフーっと息を吐く。縛りならまだしもただの口約束。何の効力もない。





『それに殺してはいない。本当に少し齧っただけだよ』

「……そういう問題じゃねぇ」

『そういう問題だろう。私が目の前で呪詛師とはいえ、人を殺めているのを見て提案したのだろう?』

「………始めは、…そうだ」

『今だってそうだろう。オマエの勝手な偽善だ。ならば死ななければ私がどれだけ可愛いオイタをしようと問題ない』

「………」






狗巻の末裔の体を横抱きにして抱えると思ったより軽い事に驚いた。加減を誤ったら本当に殺してしまいそうだ。





『……なんだ?』





隣を通ろうとした時に腕を掴まれる。何となしに地面を見ると中には魚の切り身のような物が入っていた。





『狗巻の末裔を帰さないといけない。手を離せ』

「…………」

『放置してもいいが、五条の小僧が五月蝿いからな』

「……オマエの好きな時に俺の血を飲んでもいい。だから他の人に手を出すな」

『随分と仲間が大切なんだな。美しき絆というやつか?』

「…違う。…それもあるが、それだけじゃない」

『もし仮にそれに私が頷いたとして、私にとって得はあるのか?』

「いつでも血が飲める」

『オマエじゃなくても飲もうと思えば飲める』

「五条先生が許すわけが無い」

『………』





五条の小僧と殺り合うのは確かに得策では無い。負ける気は無いが、勝てるという確証も無い。





「それにあまり“オイタ”をし過ぎると上層部にバレるんじゃないのか。流石のアンタも呪術師全体を相手にするのは困るだろ」

『……随分と痛い所を突いてくるんだな』

「その点俺は自分からこの話を持ちかけている」

『…………』

「けどさっきので分かった。呪霊アンタに口約束は何の意味も無い。縛りじゃないと意味が無いって事が」

『……他の人間に手を出さない代わりにオマエの血を差し出すわけか。足し引きが合ってない様に見えるがな』

「上層部にバレずに好きな時に血が飲めるんだ。足し引きは十分だろ」

『…まぁ仕方ない。……禪院の小童』

「なんだ」

『何故オマエはそこまで周りに私を近付けさせない様にする?』





私の問いに禪院の小童は目を見開き、苦虫を噛み潰した様に顔を歪めた。






「………仲間を、傷つけない為だ」

『そうか。まぁいい。縛りは成立だ。さっきの対価の話、忘れるなよ』

「あぁ。分かってる」





素直に頷く禪院の小童を確認して部屋を出ようとするが、手首を掴まれたままで出る事が出来なかった。





「狗巻先輩は俺が連れて行く」

『献身的だな』

「……オマエのせいで落として崩れたけど、土産」

『土産?』





視線で示されたのは足元に落とされた袋だった。見た事の無い中身に首を傾げる。





「寿司。狗巻先輩送ったら戻ってくるから広げて待ってろ」

『……すし?』






部屋を出て行く禪院の小童を他所に袋を持ち上げて机の上に置き、袋を開くと白飯の上に魚の切り身が乗っていた。





『………魚?』

「魚嫌いだったか?」

『おぉ、早いな』

「先輩の部屋すぐそこだったから」





私の前に腰を下ろした禪院の小童は慣れた様に透明の蓋を開くと箸で崩れを直し、掴むと私の前に差し出した。





『箸なら私も使えるんだが』

「刺身と飯で分けて食いそうだったから」

『……分けた方が美味いと思うが』

「いいから食ってみろ」





仕方なく差し出された物を口に含み咀嚼する。つくづく思うが私が人間だった時よりも白飯自体の質もいい。





『………美味い』

「だろ」

『凄いな!飯と切り身が合うとは!』





禪院の小童は何か小さな物をいじると切り身の上にかけた。きっと色的に醤油だろう。





『なっ、何をする!』

「かけた方が美味い」

『……醤油は嫌いだ』

「現代の醤油知らねぇだろ」

『醤油などいつの時代も変わらん』

「いいから食え」






同じように差し出されるすしというやつを口に含む。すると私の知っている醤油の風味ではなく、少し甘みのある味に目を見開く。





『醤油も美味いな!凄くいい時代になったのだな!』

「……餓鬼みてぇ」

『禪院の小童!次はそれがいい!』

「…………はいはい」





慣れた様に切り身と白飯を崩さずに持ち上げる小童に拍手を送ると何処か居心地悪そうに視線を逸らされた。





『そうだ小童!』

「伏黒な」

『縛りにこの飯も入れろ!』

「寿司をか?」

『何でもいい!美味いものを私に献上しろ!』

「……まぁ、いいけど」






血も飯も貰えるのならこの縛りも悪くないかもな、と思いながら差し出されたすしを咀嚼した。



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