おわかれの日に朝日が差すこと


「恵に余計な事をしてくれたみたいだね」

『私のせいじゃない。あの餓鬼が勝手に言い出したことだ』

「僕の大切な生徒に手を出さないでくれるかな」

『餓鬼に言えばいいだろう。私は何も言っていない』






扉を開くなりそう言った五条の小僧に視線を移して体を起こす。珍しく機嫌の悪そうな五条の小僧は私の後ろの壁に呪力を当てて牽制する。





『……どういうつもりだ小僧』

「流石の僕も生徒に手を出す呪霊を許す訳にはいかないのよね」

『言っただろう。私からじゃない。あの餓鬼が持ち出した話だ。それにまだ手は出してない』

「………やっぱり祓うか」

『ハッ、出来るものならやってみろ。呪術師風情が』






手首に縛るように貼られている呪符を呪力を流して燃やして拘束を解く。本当にこんな封印で縛り付けられると思っている事が滑稽で縛られてやっていたがもうそれも飽きた。





「逃げようと逃げられたのに逃げなかった理由は?」

『そうだな…、ただの暇つぶしだな』

「10年間も?」

『10年といっても、私にとっては一瞬だ。ただ腹が減るかどうかは問題だがな』





久しぶりの自由に肩を回し、着物を正す。背筋を伸ばすと骨が鳴った。





『さて、久方ぶりに地上に行こうか』

「許すと思う?」

『私はここでオマエと手合わせをするのも一興だと思うが…、その代わり辺りは吹き飛ぶだろうな。それもまた一興』






ケヒヒッと笑うと五条の小僧は一瞬、雰囲気を重くするとすぐにフーっと息を吐いた。





「恵も面倒な事をしてくれたね」

『まぁ私も歳を食った。無闇矢鱈に手をかけたりしないさ』

「お婆ちゃんならお婆ちゃんらしく大人しくしててよね」






五条の小僧の言葉に返事はせずに隣を通り過ぎて扉を押し開く。階段を上がり地上に出ると昼刻のせいで陽の光が眩しく目を細める。





「ちぇっ…、太陽を浴びたら消えたりするのかと思ったのに」

『吸血鬼でもあるが私は呪霊だ。消えたりせん』

「まっ、だろうね」





至る所から感じる人の気配に目を細める。暫く食事には困らなそうだ。手初めてに女でも食しに行くか。





「上にバレると面倒だから余計な事はしないでね」

『上?……あぁ、可愛らしい餓鬼共の集まりか』

「上層部を餓鬼と言えるのは凄いね。君、何年生きてるの?」

『さて、いつからだったか。そんな昔の事はとうの昔に忘れたさ』





着物を翻して五条の小僧に背を向ける。すると後ろから責めるような声がして眉を寄せる。





「こらこら、どこ行く気?地上に出したからって自由にさせる訳無いでしょ?」

『……五月蝿い小僧だ』

「だって好き勝手にさせてたら絶対に血を吸いに行くでしょ」

『…………』

「とにかく、その格好どうにかしてよ。目立って仕方ない」






鬱陶しい五条の小僧に深く息を吐いて舌打ちをする。けれど五条の小僧は気にしていないのか歩き出した。





「服はコッチで用意するから。ついてきて」

『……指図するな。餓鬼が』

「はいはい。ほらお婆ちゃん、散歩の時間ですよ」

『殺すぞ』





仕方なく後をついて行くと黒い布が渡された。広げると洋風の着物の様だった。……ダサ。




『…なんだこれは』

「え?洋服だよ?冥さんと似たようなワンピースの」

『ソイツは知らんがこんな物を身につけろと?』

「今時はこれが普通なの」

『……着物でいい』

「だーめ。目立つって言ってんでしょ」

『知らん』

「いいから着てみてよ。吸血鬼っていう割に普通の見た目だから似合うかもよ」

『本当に鼻につく小僧だ』

「何となく吸血鬼って絶世の美女ってイメージあるけど実際は普通だよね。ほら、着方教えてあげるから」

『……今すぐ殺してやろうか』





一応は五条家の産まれ。慣れた様に私の着物の帯を緩めると肩に触れられ着物が落とされる。





「五条先生!!あの人が居なくなって…!」

「あ、恵」

『……あぁ、禪院の小童か』

「……………………何してるですか!!」





声を荒らげる禪院の小童に首を傾げる。落ちた着物が足に当たり見下ろす。




『……そうか。禪院の小童は女の体を見るのは初めてか?いなぁ』

「あ、こら。そのまま出て行かないでよね」





裸足で歩くと静かな部屋にペタリと足音が響いた。禪院の小童は顔を赤くし逸らしていた。その首裏に腕を回して顔を寄せると慌てた様に目を見開いて私を見た。その瞳は宝石の様だった。





『禪院の家系はいつでもクソだが顔は悪くない』





ハクハクと唇を動かす禪院の小童は下を見ないように必死なのか視線を左右に泳がせていた。あまり無かった反応に加虐心がムクムクと呼び起こされる。





「はい。いつまでも裸でうろつかないでね。痴女お婆ちゃん」

『………はぁ…、』





鬱陶しい五条の小僧に息を吐き、眉を寄せて視線をズラす。すると頭から何かを被せられる。






「さっさと腕通して」

『……動きずらい。暑い。ダサい。五条の小僧の匂いが臭い』

「ダサいなんて言葉知ってんだね。というか僕は臭くない」





くるぶしまである布に眉を寄せる。着物も長さはあるが着慣れている。けれどこれは何故か鬱陶しい。邪魔だ。





『………』

「本当にスタイル普通だね。冥さんみたいにはいかなかったか」

『誰だそれは。着物には余計な脂肪は邪魔だ』

「………その話、まだ続きますか」




何処か居心地が悪そうにそう言った禪院の小童は私から離れると五条の小僧を睨んでいる様だった。





「ところで恵は焦ってたけど、どうしたの?」

「……いえ、地下に行ったら、姿が無かったので」

「あぁ、逃げたと思ったの?まぁ半分逃げた様なものだけどね」

『10年間地下室で良い子にしていたんだ。褒めてもらってもお釣りが来る程だろう』

「本当なら封印するか祓われてるのに、こうして息ができてる事を感謝してよ」

『祓えないの間違いだろう。オマエらが弱くて』

「いずれ僕が祓うよ。跡形も無くなる程にね。あとはいこれ」

『なんだこれ』

「ストッキング。僕この後用事があるから恵、後はよろしくね」

「は?」




網のような物が渡されて首を傾げる。五条の小僧はそれを禪院の小童に渡すと部屋を出て行った。






『すとっきんぐ、ってなんだ。漁でもするつもりか?』

「……履くんですよ」

『その網をか?正気か人間は』

「網じゃねぇだろ」





禅院の小童に渡されて目の前でヒラヒラと揺らす。この小さな黒い布に足が通るのか。この大きさでは赤子の足しか入らないだろうに。




『五条の小僧が五月蝿いからな。不本意だが履いてみるか』

「………勝手にしてくれ」

『何を他人の振りをしている。オマエが履かせるんだ』

「……………は?」

『履くの意味も分からん。そんな物赤子でしか履けんだろう』

「……………」





黒い布を禅院の小童に渡して首を傾げる。私は別に履く必要性を感じない。動かない小童から視線を外して部屋を出る為に足を一歩出すと声がかけられた。





「………座れよ」





緊張しているのか硬い声でそう言った小童に首を傾げながら言われた通りに近くにあった椅子に腰を下ろす。





「…足上げろ」




私の足元にしゃがみ込んだ小童の手に支えられて足にすとっきんぐとやらが通される。





「………」





膝辺りまで上げられて「……立てるか」と言われ、座ったり立ったり忙しないなと思いながら立ち上がる。腰まで上げられて小童が離れる。





『………動きずらいな』

「そーかよ」



疲れた様に息を吐き出した小童を不思議に思いながら足を動かす。何処か動きずらい布に眉のシワが深くなる。




『……まぁいい。小腹が減った。私は行く』

「待て」





手首を掴まれて振り返ると禪院の小童が私を睨み上げていた。突然の反抗に眉を寄せると、小童が口を開いた。




「他の奴に手は出さないって言っただろ」

『………そんな話したか?』

「した。数日前に」

『……………』






頭を捻るがそんな覚えは無い。私の様子に気付いたのな禪院の小童は舌打ちをした。




「俺の血を数日毎に分ける代わりに他の奴の血は吸わないって約束だっただろ!」

『……………あー、そんな事もあったな』

「忘れるなよ…」

『………それを破棄するのは、』

「駄目に決まってるだろ」

『……はぁ…、』





そんな約束しなければ良かったと酷く後悔した。私の好みは柔らかみのある女だ。流れに任せるのは良くないな。




『……味の問題だな。不味かったら他の奴の血を吸う』

「…………」

『前からと後ろから。どっちがいい』

「…………前から」

『ならそこに座れ』






素直に腰を下ろした禪院の小童の膝の上に跨いで座り、見下ろす。





『……よく分からん服装だな。首元を緩めろ』

「………分かった」





釦を外して首元を露わにすると見た時から思っていたが肌が白い。血がよく映えそうだ。





「これでいいのか」

『痛いのと気持ちいいのどちらがいい』

「……は?」

『私の唾液には痺れを与える事も出来る。その痺れが人間にとっては快楽の様だ』

「………この間の男は、どっちを選んだんだ」

『勿論、快楽だ。誰だって気持ちいい方が良いだろう』




舌で首筋をなぞると小童はピクリと肩を揺らした。それが面白くて何度もなぞる。





『まぁ、人は痛いの嫌だろう』

「…いい」

『何が』

「痛みで、いい」

『……変わった人の子だな』




思ってもみなかった答えに笑いながら歯を立てる。すると痛みが走ったせいか体に力が入った様だった。




『………うん、悪くないな』

「……容赦ねぇな」

『禪院の血は以前にも飲んだ事はあるが…。君は中々美味い』

「とりあえず合格か」

『仕方ないけど他に手を出すのは我慢しよう』




首筋に残った血を舐めとると甘い痺れが舌に走った。男にしては悪くない。





『禪院の小童、反転術式は使えるのか』

「伏黒だ。…反転術式は使えない」

『そうか』




首筋に手を当てて傷口を塞ぐと驚いた様に声を上げる小童に首を傾げる。





『私は特級呪霊だ。反転術式も難しくない』

「……そうか。…そうだな」

『それにしても私好みの味だ。血を分けるのなら約束通りにしよう』

「……忘れるなよ」

『あぁ。肝に銘じよう』




要は気付かれなければいいだけの話だ。



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