一片ずつ剥がした晦


東京都立呪術高等専門学校の中には上層部ですら知らない地下室があった。その存在を知っているのはたったひとり。





「4月から恵も晴れて高専生だから特別に教えてあげるよ」

「ろくな事にならなそうなんで結構です」

「そんなこと言わないでさぁ。秘密基地とか男のロマンでしょ?特別に恵にだけに教えてあげるから」






その秘密を無理矢理、共有させられそうになっている少年がその存在を知る事となる。





「……ここは?」

「ん?高専…、呪術師で知ってるのは僕だけの特別な地下室」






辺りは暗く、壁に手を当てながらでは無いと歩けない程だった。蝋燭の明かりはあるが、意味など成していなかった。




「こんな所に何があるって言うんですか」

「………秘密の中の秘密……パンドラの匣って所かな」

「は…?」







どこか引っかかる言い方をする五条悟の伏黒恵は眉を寄せて目を細めた。けれど五条悟は気にせず暗闇の中も慣れたように足を進める。階段に差し掛かり既に20分は経とうとしていた。





「…あの、まだですか」

「もう少しもう少し。本当に厄介だからさ、凄い地下に居るんだよね」

「……“居る”?」






てっきり呪物だと思っていた伏黒恵は首を傾げる。もう少しと告げられてから10分経った頃、目の前に厳重で重そうな扉が現れた。その扉にはいくつもの呪符が貼ってあり、伏黒恵は眉を寄せる。





「さて、行こうか」





五条悟の言葉に伏黒恵は無意識に体に力を入れる。重そうな扉を開くと中は幾つもの蝋燭に火が灯り、辺りには扉と同じ様に呪符が貼られていた。






「…………は、」






狭く不気味な部屋の中心には腕が後ろで拘束され床に倒れている女性が居た。






『………五条の小僧か』

「ごめんね〜、寝てたぁ?」

『分かって言っている辺り、鼻につくな』

「呪霊は眠らないもんねぇ」

「………呪霊?」

「そう。人の様に見えるけど立派な呪霊。それも最悪のね」

『随分と酷い物言いだ。こうして10年振りに会ったというのに』

「あれ。もうそんなに経った?僕が君を捕まえてから」

『地下に閉じ込めてからの間違いだろう』






普通の人間と遜色の無い姿に伏黒恵は酷く混乱していた。確かに身に纏っているのは着物だった。けれど呪術の家系に産まれた者が和装をしている事は禪院家の血が流れている伏黒恵にとっては普通だったからだ。






『そっちの小童は何だ?土産か?喰っていいのか?』

「違う違う。勝手に僕の生徒を食べようとしないでくれる?」

『なら何だ。私は餓鬼は嫌いなんだ』

「そう言うなよ。これから君のお世話はこの子がしてくれるよ」

「はァ?」

「この子ならご飯を持ってくることも忘れないよ」

『現にオマエは私を10年放置していたからな』

「久しぶりのお喋りはどう?」

『不快だな』

「そっか。僕と話せて嬉しいか!」




呪霊は視線を五条悟から離すと伏黒恵を見た。そして鼻を何度か鳴らすと目を少し開いて目を細め、不気味に笑みを浮かべた。





『……そうか。オマエ禪院の餓鬼か』

「残念だけど、この子はもう禪院じゃないよ」

『今がどうであろうと関係無い。問題は血だ。五条の小僧は禪院の餓鬼を見せはすれど味見すら許してくれないからな』

「恵に手出しちゃ駄目だよ。この子未成年だから」

『未成年…?…よく意味が分からないが少し齧るだけだ』

「平成では二十歳以下に手を出しちゃ駄目って決まりがあるの」

『………面倒な時代になったものだな』

「とりあえずこの子がたまにお話しに来てくれるから暴れないでね」

「俺はそんな話聞いてません」

「うん。今話したからね」

「…………」





舌打ちを漏らす伏黒恵に五条悟はへへへと笑った。すると呪霊はハッと鼻を鳴らして嘲笑を浮かべた。






『禪院の小僧、ソイツには何も期待するな』

「……俺は禪院じゃありません」

『なら名は?』

「…………………伏黒、……恵」

『伏黒…?…………そうか。あの男の餓鬼か』

「名前はどうしてか気に入ってたよね」

『あぁ。五条の小僧に痛い目を見せたようだからな。気分がいい』





大口を開けて豪快に笑う呪霊に伏黒恵を目を見開いた。見た目は和装を纏った品のある女性に見えたからだ。





「恵に任せるけど、気をつけてね」

「気をつける?」

『余計な事を言うなよ小僧』

「何も考えずに近付くとパクッと食べられちゃうよ」

『食べはしない。少し齧るだけだ』

「同じでしょ」





五条悟はそう言うと少し茶化す様に、けれど真剣な声で重たく言葉を発した。





「名前は吸血鬼だからさ」





これが元人間であり、現特級呪霊である名前と呪術師である伏黒恵の出会いだ。



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