「名前」
『また来たのか。禪院の小童』
暇さえあると禪院の小童は私の元へと訪れるようになった。それが屋根の上であろうと、木の上であろうと。
『そんなに監視しておらんでも縛りがあるんだ。心配はいらん』
「俺が話したくて来てるだけだ。別に監視の為じゃない」
『よく分からんな』
よくもまぁこれだけの部屋数の中で見つけ出すものだ。窓辺に座っていると近くの机の上に四角い何かが乗せられた。
「UNO持ってきた」
『…うの?』
「いつも暇そうだろ。少しでも暇つぶしになればと思って」
慣れた様に箱を開けながら席に着く小童に眉を寄せる。何を当然の様に居座ろうとしているのか。
『餓鬼は寝る時間だ』
「まだ大丈夫だ」
『……お守りは御免だ』
「お守りじゃねぇ」
黒い紙を散らばらせると座れと言わんばかりに視線を送ってくる小童に深く溜息を吐いて、仕方なく腰を下ろす。
「まず説明だな」
『説明などどうでもいいから帰ったらどうだ』
「色が4色あって…」
長々と説明を始める小童の話に耳を傾けながら4色の紙を眺める。本当に平和な時代になったものだ。
∴∴
「今日はオセロ持ってきたぞ」
『おせろ?』
「囲碁みたいなもんだ」
『囲碁…、まぁ見たことはあるな』
四角い盤を机に置いて中央に白黒の円盤を乗せる。その色合いに目を見開く。
『ぱんだではないか!』
「パンダ…?…あぁ、色の話か」
『ぱんだの遊びか!いいな!この間のかーどげーむというものも中々面白かったが色合いのせいで目が疲れる』
「急にババくせぇな」
日付が変わる前まで続けられるこの遊戯は知らないものばかりだ。新しいものは嫌いではない。
『禪院の小童』
「伏黒恵だ」
『今度は私ひとりで出来るものを持って来い』
「は?何でだよ」
『人数が必要な物は夜にしか出来んからな』
「……嫌だ」
『……は?』
「ひとりでゲームなんてつまんねぇだろ。それに俺が居るんだからひとりでやる意味も無い」
『………筋の通っていない話だな』
「とにかくひとり用のゲームは持って来ない」
頑なに意志を曲げる気のない小童に仕方なく諦める。まぁボーッとしているのは得意だ。
∴∴∴
「なぁー!めっちゃ綺麗な泥団子できた!!」
日中に廊下を歩いていると窓の外から宿儺の器である少年の声が聞こえて目を向ける。
「凄くね!?俺凄くね!?」
「泥団子で喜べるアンタの頭が凄いわよ」
「汚ぇな」
「酷ッ!?」
禪院の小童や器の少年、そして見た事の無い女が集まっていた。
「ふたりも作ってみろって!すげぇ楽しいから!」
「汚れるからパス」
「俺もいい」
「何でー!なら伏黒には俺の力作あげる!」
「っおい!」
「次は釘崎の分も作ってやるから!」
「要らない」
禪院の小童の手には泥団子が乗せられていた。それはここからでも分かるほど、キラキラと輝いていた。
ーー「貴女にはやっぱり綺麗なものが似合いますね」
『……………』
懐かしい記憶に眉を寄せていると、ふと禪院の小童と視線が合い、こちらに寄ってくる。
「珍しいな。外に居ないの」
『…老人には時々休む時間も必要なんだよ』
「ふーん。……髪食ってるぞ」
そう言って禪院の小童は私の髪を耳にかけた。
ーー「綺麗な髪ですね」
『…………』
「悪い。頬に砂が付いた」
『………いい』
「は?」
『……このままで、いい』
自分で頬を拭い足早にその場を去る。すると後ろから追ってくる足音がして振り返る。
「待てって!」
『わざわざ靴を脱いで追ってくる用があるのか』
律儀にも禪院の小童の手には靴と泥団子が握られていた。
「泣きそうな顔してただろ」
『泣きそう…?私が…?』
「してた」
『………見間違いだよ』
自虐的に笑って否定すると禪院の小童は私に近付いて、泥団子を持たせた。
『女性への贈り物にしては品が無いな』
「見てたから欲しいのかと思って」
『…そうだな。私には泥団子がお似合いかもしれない』
アイツは私には綺麗なものが似合うと言った。けれど私には綺麗なものは似合わなかった。そう言ったあの時のアイツの顔は、もう思い出せない。
「泥団子作るか?」
『何故そうなるのか甚だ疑問だ』
「自分で作った方が愛着が湧くだろ」
『…遠慮しておくよ。オマエも戻るといい』
「名前は?」
『老人はお昼寝の時間だ』
「なら俺も行く」
『昼時に眠ったりするから夜中に目が覚めるんだ』
「ゲームの事か?寝れなくてゲームしてる訳じゃねぇよ」
『呪霊と関わらない方がいい。警告だ』
「おぉ、そうか」
『…………』
警告を聞き流し歩き出した禪院の小童の首根っこを掴み窓を目指す。
「いってぇな!首閉まってる!」
『おぉ、そうか』
「聞けって…!」
窓に辿り着いてその前に小童を立たせて首根っこから手を離す。
『子供は外で遊ぶ時間だ』
「餓鬼扱いすんな」
『生まれて数年しか経っていない者は総じて餓鬼だ』
「数年じゃねぇ。数十年だ」
『私は数百年生きているがね』
「…………」
背中を押して外に行くように促すと渋々窓枠に足をかけて外へ出たようだった。
「名前」
『まだ何か用か』
「泣くなよ」
『………だから泣いていないし、泣くつもりもない』
「泣く時は俺を呼べ。すぐに行く」
『老婆に優しい子で私は嬉しいよ』
視線を合わせないまま右手をひらひらと降って歩き出す。
ーー「寂しいのは誰だって嫌じゃないですか」
人の寿命は総じて短く、儚い。期待をするだけ無駄だ。それに私は呪霊。人と交わる事が間違いなのだ。
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