どこにでもある夜の彩度
『あ!伏黒くん!』
「…苗字か。どうかしたのか?」
『ううん!伏黒くんが見えたから走って来た!』
「……走る必要は無いだろ」
廊下から門を見ると任務から帰ってきた伏黒くんが見えたから走って出迎えた。彼はそう言ってたけど少し嬉しそうだった。
『そういえば今日みんなでゲーム大会しようって虎杖くんが』
「ゲーム大会?」
『うん。同期4人で1位を決めようって事になって』
「ゲームでか?」
『うん!みんなでスマブラ合戦だってさ!楽しみだね!』
「……はぁ…」
伏黒くんは溜息を吐きながらも参加してくれる様だった。虎杖くんの部屋を訪れると中には彼と野薔薇が既にゲームを始めていた。
「あー!遅いわよ!アンタ達!虎杖弱すぎて相手にならないのよ!」
「はー!?釘崎経験者だろ!?仕方ねぇじゃん!」
『もう始めてる!ずるじゃない!?』
「……ゲーム如きで…」
呆れながらも座って画面を眺める伏黒くんに小さく笑う。
「名前ゲームした事あるの?」
『……………あれ?』
「まじ!?苗字ゲームした事ねぇの!?」
思い返してみればゲームをした記憶が無い。家にお金は基本無かったし、あってもゲームに使おうと思った事も無かった。
『……もしかして私の負け濃厚?』
「………どんまい」
伏黒くんの手が肩に置かれて慰められた。知ってるよ。伏黒くん意外とゲーム上手いんでしょ。
「勿論ビリには罰ゲームありだからね!」
「応!」
『えぇ〜…』
そしてゲーム大会が行われて、ビリは虎杖くんだった。その時の虎杖くんの顔はまるで裏切られたみたいな顔だった。
「なんで苗字そんなにゲーム上手いの!?」
『上手くないよ!?野薔薇にコテンパンにやられたよ!』
「虎杖が下手なだけだろ。苗字を責めるなよ」
「とかいう伏黒だって苗字に負けてたじゃん!」
「いやあれわざとだったわよ。名前をビリにさせるかって確固たる信念が見えたもの」
『え!?わざと負けたの…!?』
伏黒くんを見るとスイーッと目を逸らされた。それは頂けませんな。
『駄目だよ!もう一回!もう一回勝負しよう!伏黒くん!本気で!』
「………まぁビリは虎杖だしな」
結果は私の惨敗だった。…どうせあれじゃないの。不良時代にゲームセンター通ってたんじゃないの。…分かんないけど。
「伏黒って意外と手先器用よね」
『……影遊びも上手だしね』
「式神呼び出す為だ。遊びじゃねぇ」
『いたっ』
ちょっと意地悪言ったらデコピンされた。痛かったです。手で摩っていると虎杖くんが勢いよく立ち上がって右手を掲げた。
「ビリの虎杖悠仁!モノマネします!」
「おぉ!いいぞやれー!」
「ノリが酔っ払いだな」
「領域展開する五条先生」
『えぇ〜…』
「……領域展開 無量空処」
「いや知らねぇし」
「見た事ないから知らないわよ」
『………86点』
「やりぃ!」
悔しいけど結構似てた。虎杖くんは喜ぶと気分がいいのかどんどんモノマネを始めた。既に罰ゲームじゃ無くなってる。
「玉犬撫でてる時の苗字!」
『え!?』
「…………似てるな」
「似てるわね」
『……え、あんな顔してる?あんな気持ち悪い顔してるの?』
「続きまして苗字が泊まりの任務に行ってる時の伏黒」
「似てる」
「あんな顔してねぇよ」
『………あんな機嫌悪いの?伏黒くん』
ベッドに腰を下ろして機嫌悪そうに眉を寄せている虎杖くんに驚きが隠せない。
「因みに苗字が男と泊まりの任務に行ってる時の伏黒の顔」
「…完璧すぎて気持ち悪いわね」
「だからしてねぇよそんな顔」
『………完全に何人か殺してる顔だね』
虎杖くんは満足したのかゴソゴソと棚から何かを取り出すと私達の前に広げた。
「次は人生ゲームやろうぜ!」
「何であんだよ」
『人生ゲーム!』
「残念だけど名前が乗り気だからやるしかないわね」
「……一回だけだからな」
「チョッロ!」
「うるせぇ」
人生ゲームを進めて行くと、思い出したように虎杖くんが口を開いた。
「そういえばさ、この間苗字が任務行ってた時に釘崎が五条先生のワイシャツにコーヒー零してさ」
『え…。五条先生の服って全部ブランド物じゃなかった?』
「シミ抜きしたんだけど駄目だったんだよなぁ」
『コーヒーは難しいよね』
「だから伏黒が巨乳になった」
『……だから伏黒が巨乳になった…?』
だからの意味がわからない。いや、それよりも伏黒くんが巨乳になったとはどういう事なのか。どうして五条先生のワイシャツにコーヒーを零すと伏黒くんが巨乳になるのか。
「違ぇよ。苗字も真面目に考えんな」
『お胸を拝借してもよろしいか…?』
「よくねぇよ。しかも何だよその話し方」
『伏黒くんの方が豊満だったら悔しい…!』
「だから違ぇって言ってんだろ」
「ワイシャツを伏黒の制服の中に隠したんだよ」
「名前その手の動きやめなさい。エロ親父みたいよ」
何故私はその時居なかったのか。悔やまれる…。拳を握って悔しがっていると野薔薇がスマホを見せてくれた。
『……確かに伏黒くん巨乳さん』
「送ってあげようか?」
『送ってください!』
「止めろ。つーか勝手に写真撮ってんじゃねぇよ。消せ」
「はいはい。消すわよ。……名前に送ったら」
「それが一番困るんだよ!」
怒っている伏黒くんを他所に虎杖くんはクルクルと人生ゲームのルーレットを回した。そして嬉しい事に私のスマホが短く音を上げた。多分野薔薇が送ってくれたんだ。
「あ!俺給料日!」
『あー!』
「何よ!うるさいわね!」
「え!?俺の給料日は!?」
立ち上がって虎杖くんの部屋のカーテンを開くと辺りは真っ暗になっていた。
『真っ暗だよ!………もう12時回ってる!』
「そんなわけ…本当!」
「ねぇ!俺の給料日!」
「そろそろ部屋に戻るか」
「ねぇ!俺の!給料日!」
伏黒くんの声にみんなでぞろぞろと虎杖くんの部屋を出る。
「お邪魔しましたー」
『お邪魔しました!』
「邪魔した」
「俺が1位だったからって酷くない!?」
そういう事じゃない。負けそうだからみんなで帰るわけじゃない。違う違う。夜だから。明日も任務があるから。負けそうだからじゃないから。決して。
「ねぇー!!俺の給料日!!」
虎杖くんの悲しそうな叫びに3人で笑いながら廊下を歩く。するとバタンと音がして虎杖くんが突進して来るから4人で廊下に倒れ込んだ。
「ちょっ、と!!重いのよ!ゴリラ!」
「…ガキじゃねぇんだから」
『い、痛い…、お尻打った…』
「なんで3人で俺を置いて行くのよ!酷いじゃない!」
何故かオカマ口調で話し、涙を流す虎杖くんにまた笑い合った。酷く楽しい日々が、酷く、懐かしい。