呼気に降りつもる花嵐




「家入さん!猪野さんをお願いします!」




何故かさっきから伏黒くんの声が遠くに聞こえる。まるで水の中に居るような、曇って聞こえる。気持ち悪い。なんだこれ。どうしたんだよ。




「デカい呪力がある!そこに向かうぞ!」

『…うん、』





今動かしてるの足だっけ。腕だっけ。息はどうするんだっけ。お腹が痛い。いつもならこれくらい走れるのに。




井の頭線 渋谷駅 アベニュー口






「領域展開…!?」




黒い球体の様なものが浮いていて伏黒くんは目を見開いていた。




「多分中にいるのは真希さん達だ!」





伏黒くんはそう言って手で印を作ると低く唸るように言った。




「領域展開 嵌合暗翳庭 」




そのまま私の中に飛び込んで突然の海に目を見開いた。そして七海さんと真希さんを見つける。大丈夫だ。私は高専の人間で、ここにいる呪霊以外の人間は私達の仲間だ。わかってる。ちゃんと。





「真希さん!」

「オマエって奴は本当に」



特級呪具 游雲





「クソ生意気な後輩だよ…!」




するとタコのような呪霊は自分の領域内だというのに必中効果が切れたことに気づき、伏黒くんを狙う。腹部から生えた腕で伏黒くんに攻撃を仕掛ける。それを私と七海さんで切り落とす。




「二人は」

「猪野さんはリタイア、虎杖は別行動です」

「…君は私が守ります。領域に集中して下さい。苗字さんも可能な限り向こうに手助けを。」

『はい!』





さとるくんを出してタコの呪霊に向かう。ふたりの動きに合わせるのは無理な気しかしない。でもやるしかない。今は何も考えるな。







「たかが右腕一本。さりとて71年物。…高くつくぞ」





呼吸を忘れ、瞬きすら出来ない戦いの中で七海さんの声が脳を揺らした。






「集合!!」






その瞬間、弾かれたように七海さんの元へと向かう。遅れるな。少しでも遅れを取れば私の体は粉々になる。





「伏黒君の足元へ!!」





禪院家の呪いを受け継いで生まれた者

その呪いを捨てきれなかった者

彼らは目撃する

全てを捨て去った者の

剥き出しの肉体

その躍動を!!







『…………ッ真希さん!!』

「真希さん!!」






游雲を掴まれ吹き飛ばされた真希さんを目で追う。明るい日の元で見た甚爾さんの瞳は真っ黒に染まっていた。




「言うに及ばんな」





呪力のない甚爾さんにタコ呪霊は次の瞬間、体が吹き飛んでいた。そして私が瞬きを二度した時には全てが終わっていた。タコ呪霊の領域は破壊され元の渋谷駅に戻っていた。




「領域が…!」






甚爾さんから視線を外さないまま一度だけ瞬きをした。なのに気がついた時には制服を捕まれ外に放り出されていた。慌てて受身を取ると隣には伏黒くんがいた。
足を一歩後ろに動かすとやけに大きく砂利の擦れる音がした。




「脱兎!!」

『…!』






伏黒くんの式神である脱兎が出されたのと同時に宿儺の指の気配がして背中に冷や汗が流れた。とにかく伏黒くんの後を追って甚爾さんから離れる。





『ッ伏黒くん!』





脱兎で見えていないはずなのに。甚爾さんは勘で突っ込んでくると游雲を振るった。私と伏黒くんも間一髪避けて距離をとる為に走る。ただ前を見て、






『………へ、』




前を見て走ってたはずなのに。なのに気がついた時には壁に埋まってた。これ、五条先生よりも早いじゃん。





『ごがぁッ…!』

「苗字…!!」







お腹に蹴りが入れられて慌ててさとるくんを出して守ったけど、それでもこのダメージ。多分これ肋折れた。未だにお腹に置かれた足を必死に掴んで離す為に腕に力を入れる。






『グッ…!……あ゛ぁぁああッ!!』





そのまま足の力が入れられて喉が焼き切れる程叫んだ。顔を上げて睨むと真っ黒な瞳と目が合った。






『ッ…!』







大好きだった瞳。大好きだった髪。大好きだった顔。大好きだった体。大好きだった傷。大好きだった腕。大好きだった足。大好きだった人。



私を受け入れて見つけてくれた人。







『……………、』






腕に力を入れることをやめてグッと唇を噛む。その度にギリギリと肋が痛む。私の事なんか覚えてなくてもいい。覚えていないところがこの人らしい。私はこの人にとってはちっぽけな存在。でも、それでいい。






『………ずっと、…待ってた、…やっと殺し会いに来てくれた、』





そう言って笑みが零れた次の瞬間、私の目の前に靴裏が迫って何処か遠くてバキッと音がして誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。




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