天国は眩しくて目にやさしくない
『夏油くん』
「なんだい?」
『夜蛾先生が必須の書類貰ってないって』
「あー、苗字さんが渡しておいてくれる?」
『え、嫌です』
即答で断るとニヤーっと笑った夏油くんに数歩距離を取る。すると近くで見ていた五条くんが首を傾げて白い髪がサラリと重力に従って揺れた。
「オマエらそんなに仲良かったか?」
『……仲がいい…?』
「いいよね?」
『仲は別に…』
「私達仲良いよね?」
『仲良いかもしれなくもなくもなくもないかもしれません』
「はぁ?結局何なんだよ」
五条くん鬱陶しそうに眉を寄せて顎を少し上げて威嚇するように唸った。
『普通にクラスメイトで同期です』
「え?寂しい事を言うんだね…」
『本当の事ですからね』
「……………」
『え、』
夏油くんは苦しそうに眉を寄せると両手で顔を覆って肩を震わせた。時々息が漏れてるから本当に泣いてるのかと思って酷く焦った。
『あっ、夏油くんっ、えっと…、』
「………仲良いよね…?」
『…………』
「………………」
『仲良いです!仲良いですよね!』
「だ、そうだよ悟」
パッと手を離して笑みを浮かべている夏油くん引いた顔をすると、五条くんが私の頭を軽く叩いた。…え、なんで?どうして?
『……え?』
「悪い。驚いて思わず手が出た」
『謝ってるように見えない…!』
五条くんは小指で耳をいじりながら言うから絶対悪いと思ってない。本当に不良だ。白髪だし。サングラスだし。
『とりあえず書類出してくださいね』
「えー…」
『私は伝えましたから!』
逃げる様に教室を出ると、家入さんとすれ違った。軽く会釈すると右手をヒラヒラと振られた。かっこいいけど不良だ。
∴∴
「オマエさぁ、態度違ぇよな」
「ん?誰と?」
「女達とアイツへの態度」
「名前がダッシュして出て来たけど夏油何したの?」
「何もしてないよ。どうして私のせいにしようとするんだい?」
「だってアンタ名前イジメてんでしょ?」
「心外だなぁ」
そう言って笑うと悟と硝子は少し眉を寄せていた。そして悟はニヤリと口角を上げると最低なことを言い出した。
「なに?アイツそんなにいいの?穴として」
「私が言うのもなんだがその言い方は最低だよ」
「オマエだって女と遊んでんだろーが」
「安心しろ。オマエらどっちも本物のクズだから」
悟はガラ悪く椅子に腰を下ろすと体重を後ろにかけて2本の椅子の足でバランスを取っていた。少しでも肩を後ろに引いたらダサく倒れそうだ。
「私はてっきり惚れてんのかと思ったけど」
「はぁ〜?あの雑魚に〜?傑が選ぶ女はいつも年上だけど?」
「私の暴露合戦はやめてくれないかい?」
悟はゲラゲラ笑ってバンバンと手のひらを叩いて爆笑をしていた。
「ないない!あれは無いだろ!あんなちんちくりんの雑魚ッ!」
「で?どうなの?」
「ん?好きだよ」
「だろ!?やっぱ無いだろ!……………は?」
「うわ、マジだったんだ」
「硝子が聞いてきたんだろう?」
「……は、マジで言ってんの?」
「私もマジだとは思ってなかった」
「可愛らしいじゃないか」
怖がりながら視線を泳がせてどうにか目を合わせないようにしながら話す姿や、弱くてすぐに死んでしまいそうなのに呪術師をやめない意地らしさや、変な所で見せる気の強さ。体は小さいわけではないのに小動物のようで可愛らしい。そしてビクビク震えている姿は加虐心がそそられる。
「フフッ…」
「ゲスい笑顔浮かべてんだけど…」
「傑…女の趣味変わったな…」
「ふたりして引いた顔するのやめてくれるかい?」
「いつから好きなの?一目惚れ?」
「いや、最初はどちらかというと嫌いだったかな。弱いし」
すると教室の扉が開かれて顔を向けると苗字さんが俯いたまま立っていた。…聞かれたか?
『……………』
「苗字さん?どうかした?」
「さっき傑がオマエの悪口を、」
「悟」
自分でも思ったより低い声が出て冷や汗がこめかみを伝ったのが分かった。思ったよりも本気らしい。私自身も驚きだ。
『…………』
「違うからね?最初の話で今は、」
『五条くん、』
「は?俺?」
苗字さんは俯いたまま悟の前に移動すると視線を逸らしたままゆっくり言葉を吐いた。
『………五条くんも必須書類出てないって私に言われました。私に』
「……あー、そういや出してねぇかも」
『出しに行ってください。今すぐ』
「渡すから出して来て」
『嫌です!そもそもなんで先生達は私に言うんですか!?』
「オマエが弱そうだからじゃね?」
『弱いの関係ないじゃないですか!私だってやる事が沢山あるんです!暇じゃないんです!』
「任務無ぇんだからやる事ないだろ」
『あるんです!色々!』
「例えば?」
『……………………コンビニ巡りとか』
「オマエ……」
『可哀想な顔やめてください!』
悟は眉を下げて本気で可哀想な顔をしていた。苗字さんは機嫌が悪いのか悟にも噛み付いていた。
「私が出してくるよ。自分のも出さないといけないしね」
「なに良い奴ぶってんだよ」
「キラキラした笑顔が胡散臭いよ」
『……え、喧嘩?』
苗字さんは首を振って私達を見ると顔を青ざめさせていた。
『………喧嘩ならあと5分待ってください。避難するので』
「私達は地震かな?」
「なら私も逃げようかな」
硝子は立ち上がると苗字さんの隣に移動して肩を組むと彼女の頬に自分の頬を寄せ、ニヤーっと笑った。
「私も名前と逃げるから」
『……え、あの、家入さん…』
「硝子でいいよ」
『……しょ、硝子…、ちゃん?』
「そうそう」
硝子は鼻を鳴らして私を見るとニヤニヤと笑った。青筋が浮かびそうになるのを必死に抑える。すると苗字さんが小さく悲鳴をあげた。
『ヒッ…!』
「あーあ、夏油くんの顔が怖くて名前が怖がってる〜」
「………硝子」
「えー、こわーい。俺も避難しよーっと。名前と〜」
『え゛、』
「は?何嫌な顔してんだよ。光栄だろ」
『こ、光栄です…』
悟も苗字さんの隣に移動してニヤニヤとしながら私を見た。本当にクズだな。
「あまり苗字さんをイジメてはいけないよ」
「イジメてんのは傑だろ?な〜?」
『いや、五条くんも…』
「あ?」
『なんでもないです…』
身を縮こませて答える苗字さんに深く息を吐き出す。机の中から書類を取り出し、適当に悟の机をいじって同じ書類を取り出してふたりに捕らえられている苗字さんの手首を掴んで教室を出る。
『え、…あの、』
「書類出しに行くんだろう?」
『夏油くんが行くなら私は要らないのでは…』
「まぁまぁ」
『まぁまぁ!?』
手首を掴んでいた手を少しズラして手の包み込むと、思ったよりも小さな手に少なからず驚いた。でも彼女の手のひらは固くマメが出来ているようだった。術式が弱い苗字さんは呪具をよく使っているからそのせいだろう。
「私の名前知ってるよね」
『……夏油くんじゃないんですか?』
「下の名前だよ」
『……………』
「………」
『夏油…、……』
「……夏油傑だよ」
『………知ってましたけど、』
「本当に?」
『………ごめんなさい』
「まぁいいよ」
小さく謝る苗字さんに気付かれないように息を吐く。思ったより私の行動は響いていないようだ。結構アピールしたつもりだったんだが…。
「意外と難易度が高いね…」
『書類出しに行くのが…!?』
「……………」
とりあえずまずはこの子に名前を覚えてもらうのが先かもしれない。
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