またたきの間のばけもの
「あれ苗字さん早いね」
『あ、夏油くん。おはよう』
「おはよう」
教室で暇だから教科書を読んでいると夏油くんが姿を現した。珍しく五条くんは居ないみたい。
『寒くなってきて目が覚めちゃったから』
「もう11月だからね。お腹でも出して寝てたんじゃないのかい」
『そっ、そんなこと、……、ないよ、』
「間が怪しいけど」
夏油くんはクスリと笑うと席に着くのかと思っていたから、私の隣に腰を下ろした夏油くんに驚いてしまった。
『……夏油くんの席は向こうだよ?』
「馬鹿にしてるのかな?」
『してない!してないです!』
「少し苗字さんと話がしたいと思ってね」
『……………私が小学生に頃恥ずかしい思いをした話をすればいいですか?』
「君は私を何だと思ってるの。確かにその話も気になるけれど今はそうだな…、悟の嫌いなところでも話そうか」
『恥ずかしい思い出を話すので勘弁してください』
夏油くんは楽しそうに喉を鳴らして笑うと机に肘をついて私を見ながら口を開いた。
「じゃあ恥ずかしい思い出でも聞かせてもらおうかな」
『……私が小学3年生の時に好きな男の子が居たんですけど』
「ませてるね」
『全校集会とかでたまたまその子と隣だったのに前日に漫画を読んでたせいで寝不足だった私は隣で白目を向いてヨダレを垂らしながら寝たって思い出があります』
今でも恥ずかしい。好きな男の子の前で白目でヨダレを垂らすって…。起きた時に周りの引いた目は今でも鮮明に覚えている。そんなことを思い出しながら夏油くんに視線を向けると彼はにっこりと笑った。
「3点かな」
『……5点満点中?』
「100点満点中だね」
『きっ、厳しいっ…』
何を血迷ったのか私は夏油くんから視線を逸らしながらポツリと言葉を零した。
『夏油くんは、何かないんですか?』
「ん?何が?」
『恥ずかしかった思い出…とか、失敗談とか…』
「そうだなぁ…」
夏油くんは意外と真面目に考えてくれているのか右手を顎に当てて天井を見上げていた。
「……うん、無いね」
『……本当に無さそうだから凄い』
確かに夏油くんは失敗も恥ずかしい思いもしてなさそう。なんでもスマートにこなしていそうだ。転んだりもしないんだろうなぁ。夏油くんが転んだら少し面白いけど…。
『…ふふっ、』
「今なんで笑ったのか聞いてもいいかい?」
『………………昨日の、お笑いが面白くて』
「番組名は?」
『……………』
「嘘をつくならちゃんと裏まで考えないといけないよ」
『…………はい』
そう言って口角を上げる彼に肩を竦める。でも良かった。これ以上追求されたらボロが出てしまいそうだったから。
『五条くん達遅いですね』
「敬語やめないか?」
『………これが私のデフォなので』
「この間電話では敬語じゃなかったけど?」
『え!?私部屋でしか電話してないのに…!』
「あ、本当にそうなんだ」
『……………カマかけましたね!?』
「気付くのが遅いねぇ」
よくよく考えたらすぐに気付くような内容だった。私が電話をするのは部屋で、他の場所で電話する事はほとんど無い。なのに騙されるなんて…。
『夏油くんは詐欺師に向いてそうですね』
「話が上手いって事かな」
『どちらかと言うと胡散臭い感じです』
「え?」
『なんでもないです』
笑みを浮かべて聞き返してくる夏油くんが怖すぎてすぐに無かったことにした。この際、五条くんでもいいから早く来て欲しい。
「夏油くんはまぁいいとして…。とりあえず“ですます”は取ってみようか」
『…ご機嫌麗しゅう』
「ベルサイユのばら?古いね」
『そんなつもりは…、というか知ってる夏油くんも古いですね』
「敬語」
『…古いですわね』
「それも“ですます”だよ」
『……………』
私が口をモゴモゴさせると夏油くんはケラケラと笑って私を指さした。意外と下品だ。
「入れ歯?大丈夫?」
『…………夏油くんは意外と意地悪ですね』
「私は一言も自分が優しいとも性格が良いとも言った覚えはないよ」
『五条くんの隣に居る時は少しマシに見えてました』
「……へぇー?」
ニヤリと笑った夏油くんは少し上体を反って息を吸った。
「悟ー!私は悟より性格がいいそうだよ!」
『いやぁー!そんなこと言ってません!私そんなこと言ってません!!』
「まぁ悟は昨日から任務で居ないんだけどね」
『……………』
初めて夏油くんを殴りたくなってしまった。そんなことしたら返り討ちにあうのは赤ん坊でも分かることだけど。
「苗字さんをいじるのは楽しいね」
『初めて正面からイジメてます宣言されました』
「可愛がってるの間違いだろ?」
『可愛がる…?』
首を傾げる私とは反対に夏油くんは口角を上げた。家入さん、早く来てください。お願いします。
「ちなみに硝子はサボりだそうだよ」
『………………』
「見事な絶望顔だね」
夏油くんはまた楽しそうに笑っていた。私からしたら笑えない。
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