あと少しのところで睫毛が刺さる
昔から変なものが見えた。でも小さな頃はそれが危ない物だと分からずに触れてしまっていた。初め両親は私がそういう設定で遊んでいると思っていたのだろう。特に気にとめた様子はなかった。
『お母さん、そこ危ないよ?』
「…………名前、」
『なぁに?』
小学生高学年になった頃、スーパーの買い物帰り母にそう言うと、地面に膝をついて私の両手を握って母は言った。
「もう名前は小さい子じゃないの。そういう遊びは止めて」
『だって本当に、』
「名前」
強く私を呼ぶ母に私は口を結ぶしかなかった。あまりにも母が苦しそうに言うから。
「分かった?」
『…………うん、』
中学生になって見て見ぬふりが出来るようになった頃、母の肩に変なものが乗っていて思わず手で払うと母の表情は酷く冷めたものだった。
『……肩に、』
「もう、やめて」
冷たく言い放つ母に私はグッと唇を噛み締める。そして私は理解してもらうことを諦めた。私がおかしい。周りが正しいのだと自分に言い聞かせた。
「お子さんに異常は見られません。宜しければ精神科が有名な病院をご紹介しますが…」
母に連れられて行った病院で先生はそう言った。つまり私は精神が可笑しいって事だ。見えている私がおかしい。
『……………』
病院からの帰り、母はスーパーに寄ると言って私と別れた。ひとりで河川敷を歩いていると目の前から変なものが来たから変に見えない様に左に避ける。
「へい!少女!」
『……私ですか?』
「そうそう!君だよ君!今避けたでしょ!」
『……………』
突然話しかけてきた長身の綺麗な女の人に警戒心を強める。すると少し遠くにいた女性は私の前に移動して顔を寄せる。それがあまりにも近くて数歩後ろに下がる。
「君は呪霊が見えるのか!うんうん!いいね!」
『…呪霊?』
「さっき君が避けた化け物だ」
『………呪霊……あなたも、見えるんですか?』
「もっちろん!」
綺麗にウインクをする女性に心臓がドクリと脈打った。私だけじゃなかった。あの化け物達は私の頭の中だけに存在するわけじゃなかった。
私がおかしいわけじゃなかった
「歳は?」
『14…です、』
「なら中2か!」
『そうですけど…』
「高校は?もう決まってるの?」
『いえ…、特には…』
そう答えると女性は腰に手を当ててハキハキと言葉を続けた。
「なら!呪術専門学校がおすすめだ!」
『…呪術、専門学校?』
「あぁ!東京と京都に一校ずつ…計2校しかない特殊な学校。さっきの化け物について勉強ができる」
あの化け物について知ることが出来る。私と同じ境遇の人が沢山いるって事だ。
『……いきます。絶対、その学校に』
「…うん、いい瞳だ」
女性は右手を差し出すと口角を上げて笑みを浮かべた。その笑みがあまりにもかっこよくて女である私でも見惚れてしまった。
「私は九十九由基 呪術師だ」
『呪術師…』
それから私は必死に探した。呪術専門学校の事、呪霊の事、その他諸々の事。
『よしっ!』
そして私は東京都立呪術専門学校に入学する事が出来た。真っ黒な制服に身を包み、気合を入れて教室の扉の前に立つ。扉を開けたら私の同級生になる人達が居ると夜蛾先生が言っていた。私と同じ境遇の人達。きっと分かり合えるはず。仲良くなれるはずだ。そう思って私は希望を携えて扉を開いた。
『初めまして!これからよろしくお願いします!』
「あ?」
「女の子だね」
「私以外にも居たんだ」
中を見てすぐに扉を閉めた。だって不良がいた。真っ白な頭の人と真っ黒な頭の人。そして綺麗な女の子。でも雰囲気が完全に不良だった。
どうしよう、すごく辞めたい。
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