次の幸いへ(完)



「はい!おまたせ!」

『ありがとうございます』




お花屋さんに寄って、花束にして貰い受け取るといい香りがして深呼吸し、傘を取り出してお店を出る。





『……………会いに来たよ、傑くん』





形だけの墓石の前にしゃがみ込でカサリと音を立てながら花束を置く。白くて控えめなナズナの花が傑くんにはピッタリだと思ったから。ポツポツと雨が傘に当たる音が鼓膜を揺らす。すると雨音では無いジャリと石を踏む音がして息を吐く。





「久しぶりだね。名前」

『…お久しぶりです。五条くん』

「君が高専を裏切って呪詛師になるとは思わなかったよ。まぁ弱いから大して気にしてもなかったけど」

『でしょうね』





クスクスと笑うと五条くんは私の隣にしゃがみ込んで私と同じように花束を置いた。10年振りに見た彼は少し雰囲気が変わっていた。




『…雰囲気が変わりましたね』

「君も随分と変わったんじゃない?少し前は僕が近付くだけでビクビクしてたでしょ」

『ずっと近くにもう一人の怖い不良さんが居てくれたので耐性がついたんですねきっと』

「…………」





笑う私とは裏腹に五条くんは静かに、けれど重たく口を開いた。





「……呪詛師は見つけたら殺す祓う。それが決まりだ」

『そうですね』





身をもって知っている。彼ら程ではなくても私だって呪術師で人を殺めた事だってある。




「最後に何か言いたいことはある?」

『……傑くんの最後が知りたいです』

「……後悔しない?」





五条くんは随分と丸くなったようだ。前なら何も言わずに殺しただろうに。その事が少し面白くて笑ってしまった。




『後悔なら、違和感を感じていながら送り出したあの日に痛い程しました』

「……そっか」





私の言葉に五条くんはフッと小さく息を吐くと少し顔を下げてポツリポツリと語ってくれた。






「傑を殺したのは僕」

『……でしょうね。彼を殺せるのなんて五条くんしか居ないだろうから』

「家族の事を心配してたよ」

『……そうですか』





菜々子ちゃんと美々子ちゃんは私に会うなり涙を流しながら謝った。辛いのは私だけじゃないのに。本当にあの人に似て優しい子になってくれた。





「それから、この世界では 私は心の底から笑えなかった、って」

『…………そっか、』





私は彼の苦しみをどれだけ一緒に背負えたのだろうか。勝手に背負った気になって、自己満足に浸って、…何も分かってなかった。だから彼は私を置いていった。




『…五条くんの言う通りですね』

「………」

『クソ雑魚な私には、彼を支える事も、寄り添う事も出来てなかった。私にもっと力があれば、』





寒空の下、雨のせいで手が悴んで握り締めた手には力が入らず、震えていた。





『……うん。もう大丈夫。安心して死ねます』

「……………本当に死んじゃっていいの?」

『はい。私達の大切な家族はもう、子供じゃない。私が居なくても大丈夫』

「……………そう」





五条くんは立ち上がると私を見下ろした。彼の傘に当たった雨粒が私の傘に落ちて大きく跳ねた。





「悟の知ってる通り名前には力がない。彼女は何もしていない。私が高専から無理矢理連れ出した」

『……………は、』

「だから彼女は何もしていない。殺さないでくれ」

『………………待って、』

「………名前は私が誰よりも愛した大切な子なんだ」





五条くんの言葉に目の前が歪んだと思った次の瞬間にはボロボロと涙が流れていた。息が苦しい。鼻が詰まって息ができない。目の奥が熱くて喉が張り付いて声が出せない。





「俺は数年しかアイツと居なかったけど、あんな風に優しく笑うアイツは初めて見た」

『…っ、…本当にっ、意地悪だなぁっ、五条くんもっ、傑くんもっ、』

「……だから言っただろ。後悔しないかって」





後悔しないか?そんなの後悔しかないに決まってる。どうして無理にでもあの日、彼を引き止めなかったのか。どうして私に力が無いのか。そんな言葉を聞いてしまったら、死ねないじゃないか。





『約束っ、したのにっ、』






隣に居てくれるって。そう言ったのに。温もりすら残してくれないなんて。





「……僕に傑の本心なんて分からない。でもそれでも、最後に見たアイツは確かに笑ってたよ」





そんなの私だって分かってる。心の底からじゃなくても、五条くんや硝子ちゃん、菜々子ちゃん、美々子ちゃんと居る時の彼は確かに笑っていた。楽しそうに、幸せそうに。





「連れ去られた君を殺す事は出来ない。それに僕はたった一人の親友の最後の願いを叶えてやりたい」





五条くんはそう言うと私の頭を一度だけ撫でて去ってしまった。





『……本当に、意地悪、…私は自分の意思で傑くんの隣に居ることを選んだんだよ。…傑くんが大切で大好きだったから、』




なのに、自分が悪いみたいに言わないでよ。愛してるなら隣に居てよ。私はただ4人で幸せに笑って暮らしたかっただけなのに。




『……私じゃ、傑くんを幸せにできなった、』






私の記憶の中の傑くんはいつだって楽しそうに笑ってた。確かに怒ってる時も呆れてる時もあったけど、菜々子ちゃんや美々子ちゃんと一緒にタピオカを買ったり、洋服を選んだり、私をからかって遊んだり、意地悪したり、彼の笑顔しか思い出せない。





ーー最後に見たアイツは確かに笑ってたよ





いつだって彼は五条くんと笑っていた。ふざけて、イタズラして、楽しそうに笑っていた。





「五条悟って何者?超強いんでしょ?」

「んー、」

「名前さんも五条悟知ってる?」

『……い、一応』

「で?五条悟って?」

「親友だったんだ。ケンカしちゃってそれっきり」




そう言った彼の表情は前と変わらず、酷く、





『……妬けるなぁ、』





やっぱり彼の隣には私なんかより五条くんの方がしっくり来てしまうんだ。そんなたった一人の親友だった五条くんなら許すしかなくなっちゃうじゃんか。
五条くんと仲直りは出来たのかな。それで傑くんは帰れたのかな。あの騒がしいほど輝いていたあの場所に。




『……おかえりなさい、私の愛しい人』






形だけの墓石を撫でると少しだけ温かい気がした。


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