心臓と屑の誓い



『また書類出てないでしょ夏油くん』

「あれ?そうだったかな?」

『毎回私が言われるの。自分で出してよ…』

「覚えてたら次からそうさせてもらうよ」

『…それ覚えないやつでしょ』

「うん」



小さく舌打ちをすると夏油くんに頬を摘まれた。力は入れられていないのか痛みはなかった。すると椅子に座って机に肘をついて座っていた五条くんが目を見開いていた。





「……オマエら…ヤッただろ」

「下品なこと言わないでくれないかい」

「だって懐きようが異常だろ」

『懐くって…』



五条くんは立ち上がって私と肩を組むと顔を覗き込んできた。顔があまりにも近くて上に逸らせると夏油くんが五条くんの腕を掴んで退かしてくれた。




「彼氏面?ウケんだけど」

「そんなのじゃないよ。ただ名前が困ってるからね」

「………オマエ、マジじゃん」

「そうだよ」

『え、…え?マジ喧嘩?待って!逃げるから!』




五条くんはケラケラ笑って夏油くんに掴まれていた手のひらを外すとプラプラと振った。





「うわー、本気じゃん」

「本気だから邪魔しないでくれないか?」

「…………あー、はいはい。分かったよ」





五条くんはヒラヒラと右手を振ると教室から出て行ってしまった。そして夏油くんは私を席座らせると自分は椅子を移動させて私の前に腰を下ろした。




『…書類は?』

「後でちゃんと行くよ」

『私は部屋に帰りたいんだけど…』

「うん」

『いや、うんじゃなくて…』





彼は私の手のひらを机の上に置いて楽しそうにいじり始めた。指を1本1本確かめるように撫でたり、手の甲を指先で撫でたり、指を絡めたり。ちょっとこそばゆい。



『夏油くん…』

「傑って呼んでくれないの?」

『なんで?』

「私が呼んで欲しいから」




そう言って少し笑い私の顔を見た。私はいじられている指を見続けているとクスリ笑った声が聞こえた。




「まだ目を見るのは無理?」

『……まだって、』

「入学した時から私達の目を見て話した事無いだろう?」

『そんなこと…』

「なら顔を上げて」

『……………』

「…ごめんね。少し意地悪過ぎたね」




夏油くんは私の頭を優しく撫でると眉を下げて少し寂しそうに笑った。その意味が分からなくて首を傾げると彼は私の手を取って立ち上がった。




「書類、出しに行こうか」

『……うん』





温かくて大きな手に包まれて小さく頷くと夏油くんはまた楽しそうに喉を鳴らして笑った。




「目は合わせられないけど手は繋ぐのはいいの?」

『…夏油くんと繋ぐのは嫌じゃないから』

「……………あっそ」




少し素っ気ない夏油くんに不安になったけど、繋がれた手に力を込められたから気持ち悪がられたわけではないようだ。





『夏油くんのズボンってボンタンっていうの?』

「そうだよ。気になる?」

『柄が悪いなって…』

「怖い?」

『………最近は、そんなにでもない…かも』

「やっとか…」



斜め後ろで繋がれた手を見ながら歩いてたから職員室を通り過ぎている事を気付くのが遅くなってしまった。




『夏油くん…、職員室は、』

「少し遠回りしようか」




そう言って夏油くんは振り返って楽しそうに子供のように笑った。




∴∴




『……急に寒くなった』

「もう11月だからね」

『高専に来て高校生らしいイベントが何も無かった…』

「まだ2年生だからこれからだよ」

『……………本当に思ってる?』

「いや、高専で楽しさを求めるのが間違いだって思ってる」

『辛辣…』




慣れたように私の前に椅子を移動させて腰を下ろす夏油くんに眉を寄せる。でも彼は気にした様子もなくスマホをいじっていた。





「そんなに高校生らしいことがしたいならする?」

『例えば?』

「渋谷でデートとか」

『デート?』

「そう」




夏油くんはスマホを私に見せると内容は渋谷でイルミネーションが開催されたという記事だった。




『11月にイルミネーションって早くない?』

「こんなものだよ」

『…イルミネーションかぁ』





机に肘をついて考える。高校生らしい事ってなんだろう。イルミネーション?デート?…どちらも高校生らしいのだろうか。どちらかと言えば、




『カップルみたいじゃない?』

「………そうかな?」

『夏油くんとは行きたくないなぁ』

「……は?」

『え、怖い…』




夏油くんは目を見開いてドスの効いた声で低く唸った。その声と顔が怖くて椅子を少し引く。




「…理由は?」

『え?』

「…私と行きたくない理由は何?」

『だって夏油くんと行ったら絶対女の人に話しかけられて面倒になりそう…』

「は?」

『硝子ちゃんが夏油くんと街歩いてたら絡まれたって言ってたから…』




出来れば面倒事は起こしたくない。クソ雑魚な私でも一般人の女性には負けないと思うけど、怖いものは怖い。



「……………」

『夏油くん…?』

「………………」





夏油くんは机に肘をついて顎を乗せると拗ねたように唇を尖らせて眉を寄せ顔を逸らしてしまった。




『げ、夏油くん…』

「…………なに」

『なにって…、なんで、機嫌悪くなってるの…?』

「なってないよ」

『…………』





明らかに機嫌が悪い夏油くんにどうしていいか分からなくなってしまった。五条くんと喧嘩しているのはよく見ていたけど、怒る…というか拗ねているような姿に混乱してしまう。




『………イルミネーション、行きたかったの?』

「別にイルミネーションに行きたかったわけじゃない」

『えぇ〜…』





刺々しい言い方をする夏油くんに眉を寄せると、机に置かれた夏油くんのスマホが視界に入って少しだけスクロールする。





『……あっ、これ…』





イルミネーションの近くで気になっていたスイーツ屋さんが出来ていた。夏油くんはチラリとスマホに視線を落とすとジト目で私を見た。




「…………」

『………夏油くん、』

「なんだい」

『一緒に行ってくれる?』

「………………仕方ないな」





そう言って彼は私の手を優しく取ると教室を出た。仕方ない、なんて言ってたけど少し嬉しそうで可愛いと思ってしまった。




それから数ヶ月後 私達が3年生の時夜蛾先生が言った。



「ーー夏油傑が呪詛師となった」





そうして彼は私達の前から忽然と姿を消した。でも私は夜蛾先生の言葉を聞いた時、あぁやっぱりな、と他人事の様に思った。


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