私のヒーロー


「おや、名前さんまたお仕事ですか!精が出ますね!」

『あ、学園長!お疲れ様です!仕事が楽しいから苦じゃないんです!』

「ほぉ〜、それはまた奇特な方だ」

『学園の子達がみんな可愛くて…、仕事頑張ってるとお疲れ様ですって声かけてくれるんですよ?疲れも吹き飛んじゃいます!…ほら!これも生徒がくれたんです!チョコ!』




私はそう言ってちょこんと手のひらに乗っているチョコを学園長に見せる。すると学園長は1度スンと鼻を鳴らすと両手を広げた。



「それはミステリーショップの限定チョコレート!私!それ大好きなんです!」

『へぇ…、学園長がそこまで言うってことは相当美味しいんですね…』

「はい!!」



食べるのが楽しみだな…、と心躍らせていると学園長はまた口を開いた。


「コウモリの血肉、魔窟に居ると言われるモンスターの爪、そして強力な魔法使いの髪を使った伝説とも言える逸品です!」

『……………え゛』



学園長の説明に踊っていた心がダンスをやめてみんな解散してしまった。代わりに胃の中に気持ち悪さだけが残っていた。


『あ、あの…、』

「はい?なんですか?」

『これ、良ければ、食べてください…』

「えっ!?良いんですかっ!?……いやいや!私は学園長ですから!従業員から横取りなんてっ…、」

『い、いえ!本当に、大丈夫なので、食べてください…』

「おぉ!なんと優しい!それでは有難くいただきます!」

『どうぞ…』



学園長は嬉しそうに笑うと私の掌からチョコレートをひらりと取って口に運び、もぐもぐと咀嚼するとゴクリと飲み込んだ。

「ご馳走様です!」

『…おそまつ、さまでした、』


それを見ただけで胃の中に居残っている気持ち悪さが踊り始めた。


『あの、それじゃあ、私は仕事に戻ります』

「はい!頑張ってください!」

『じゃあ…、』



学園長に背中を向けて歩きだそうと足を上げた瞬間にまた名前を呼ばれて、不自然な動きをしてしまった。一体なんなんだ。と振り返る



「チョコレート、ご馳走様でした」

『は?……いえ、』



何故かまたお礼を言われ、私はしどろもどろになりながら返事をして、今度こそ歩き出した。





*****




彼女が見えなくなって、口に含んだままのそれ≠手のひらに吐き出す。食べる前と何ら変わらない形のそれ≠手のひらに炎を灯し、跡形もなく燃やす。



「…惚れ薬、ですね」



彼女に好意を持った人間が本でも読んで見様見真似で作ったのだろう。運良く成功してそれを混ぜたのだろう。もちろん、原材料の話は全て嘘だ。そもそも、ミステリーショップに限定のチョコレートなんて無いのだから。彼女の濁りを知らない瞳は私の嘘を簡単に信じてしまった。



「ふふっ、私、優しいので」



さて、どこの誰が彼女に毒なんて盛ろうとしたのか、探しに行かなくては…。






*****




「ステイ」

『…え?わたし、ですか?』

「そうだ」




歩いているとクルーウェル先生に声をかけられて立ち止まると、機嫌が悪いのか眉にシワが寄っていた。


『な、なにか?』

「頼んでおいた資料がまだ来ていない」

『……へ?』





資料も何も、私は頼まれた覚えが無い。まずここ最近、クルーウェル先生に声をかけられた事すら無いのだから。



『えっ、と…、勘違い、とかでは?』

「…なに?」

『ひっ、』




低く唸るように言われ、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。



「………はぁ、まぁいい。今からもう一度言うから明後日までに持ってくるように」

『は、はい、すみません…、』




何故、私が謝らないといけないのか分からなかったけれど、クルーウェル先生が怖すぎて何も言えなかった。



『…私聞いてないのに…、』


1人になってそう愚痴て居ると、目の前にシュバっと音が出そうなほどキレよく現れた学園長に心臓がギュッと掴まれたように体が跳ねる。




「こんにちは!名前さん!」

『がっ!学園長っ!急に現れるのやめてください!心臓に悪いです!!』

「そうですか?この登場が1番かっこいいと思うんですが…」

『なんで登場にかっこよさを求めてるんですか…』




少しショボンとしてしまった学園長に何か用があるのかを尋ねる。



『私になにかご用事ですか?』

「いえ!いつも頑張っている名前さんにご褒美をあげようと思いまして…。」


そういった学園長はゴソゴソとポケットを漁り、オシャレな小さな缶を取り出した。


「私が自ら調達した高級クッキーです!どうぞ!」

『えぇっ!?いいんですかっ!?……でもこの前も貰ったばっかりですし…』




1週間ほど前に学園長から今と同じように頑張っているご褒美だとチョコレートを頂いた。前回のミステリーショップのチョコの原材料事件の事もあり、何で出来ているかを聞くとちゃんとカカオから出来ているものだと聞いて、美味しく頂いたのはまだ新しい記憶だ。


『……もしかして何か企んでます?』

「えっ!?いっ、いえ!そんなことは!無いっ、無いですよっ!?」

『……嘘下手すぎませんか?』



学園長はギクリと体を揺らすと汗をダラダラとかきはじめ、身振り手振りが大きくなっていた。ジト目で学園長を見つめると観念したようにガックリと肩を落とし、話し始めた。




「…その、実は、お願いがありまして…、」

『……なんですか?』

「最近、私自身も学園の問題児達に手を焼いておりまして…、その、お恥ずかしい話ですが、学園長室の掃除まで手が回らなくて…、名前さんが良ければ、時間がある時にでも、掃除の方を、お願いしたいな、と…」

『………』



チラチラと私の方を見て、人差し指同士をモジモジと絡ませている姿を見て、諦めて溜息を吐き出す。



『…分かりました』

「本当ですかっ!?」

『でも本当にたまにですよ?私だって仕事がありますから』

「勿論です!いや〜!助かります!ありがとうございます!」

『その代わり!!』

「…え?」

『たまにこうして高いお菓子買ってきてください』

「………良いでしょう!!私もそれくらいの対価はお支払いするつもりでしたから!!ほら、私、優しいので!」



そんな気はサラサラ無かっただろうに、調子良く言い切る学園長に呆れたように、ふっと息を吐き出す。




*****




『…あれ?でも結構綺麗な様な…、』





学園長室の掃除をする為に部屋に入ると中は広くて、一瞬気分が下がったけれど、見てみると部屋に汚れは大して見られず、むしろとても綺麗な状態だった。



『…ま、お菓子も貰っちゃったし、やるか!』



楽な仕事でお菓子を貰えると前向きに考えて掃除に取り掛かる。それに学園長が掃除をしてくれたら部屋にあるお菓子や紅茶は好きに飲んでいいと許可も貰っている。





*****


「仔犬」

『あ、クルーウェル先生』

「この前言っていた資料だが」

『あの資料で大丈夫でしたか?』

「あぁ。だがもうひとつ頼んでいた資料が入っていなかった」

『…もうひとつ?』

「確かにお前が忙しいのは聞いている。けれど仕事だ。完璧にやってもらわなければ困る」

『え、ぁ、すみません…、』


慌てて謝るとクルーウェル先生は小さく息を吐き、私の頭に手を置く。


「お前は良くやっていると耳に挟んでいる。抜けている所もあるがこれからも務めるように」

『…あっ、ありがとう、ございます、』



そう言ってクルーウェル先生は1度手を挙げて去って行ってしまった。



*****



『…なんか最近、物忘れが激しい気がするんですよね』

「なんと!!その若さで!!なんとお労しい…」

『…結構本気で相談してるんですけど?』

「私も本気で心配をしていますよ!」



掃除を終えて、紅茶を飲んでいると学園長が現れて何故か一緒にティータイムを過ごす事になった。


『クルーウェル先生に資料を頼まれてたらしいんですけど、記憶が無いんですよね…』

「忘れているだけでは?」

『え〜?忘れるにしても話をした覚えすら無いのに…』

「クルーウェル先生に怒られてしまいましたか?」

『いいえ。こんなこともあるだろうって慰めてくれました。それに!頭撫でてくれたんですよ!!あのクルーウェル先生が!!』

「ほぉ〜…、」


あの時の興奮をそのまま伝えたくて身振り手振りで学園長に話す。



「今は小さな事ですから良いですが、このまま大きな事まで忘れてしまったら、それこそ怒られるだけではすみませんよ」

『…分かってます。気をつけますよ』



そう言って紅茶を飲み干し、仕事に戻ると学園長に伝えて部屋を後にする。





*****



「これで何度目だ!!」

『すっ、すみません、』

「少し前からミスが目立つぞ!」

『は、はい、すみま、せん、』



遂に重大なミスをおかしてしまった。学園にとって大切な資料を間違えてシュレッダーにかけてしまったのだ。これがただのシュレッダーなら魔法で紙を戻せば良いのだが、今回使用したシュレッダーは魔法でも復元出来ない様に魔法がかけられている特別なシュレッダーだった。つまり、二度と戻らないのだ。



『で、でもっ、私っ、捨てた覚えがっ、無くてっ、』

「言い訳など要らない!!」


クルーウェル先生にピシャリと言いきられてしまい、瞳に涙が集まり始める。




『本当に、申し訳、ありません、』

「オレは何度も言ったはずだ!重要な資料だから扱いに気をつけろと!!」

『す、みませ、』



涙が溢れ出そうになった時、バサりと音がして目の前が暗くなり、顔を上げると黒い羽が視界に広がった。



「まぁまぁ、そこまで怒らなくても」

「…なんだと?」

「用紙については私が何とかします。なので今回はここまで、という事で。彼女も反省している様ですし」

「……オマエ、」

「さっ!名前さん!これから資料を作り直しますから手伝ってください!」

『はっ、はい!』


もう一度クルーウェル先生に頭を下げて学園長の後を走って追う。学園長の背中が酷く大きく見えた。



*****



学園長室に通されて、ふっと力が抜けてポロポロと涙が溢れる。学園長はゆっくりと振り返ると私の手を優しく掴み、ソファに座らされて隣に学園長も腰を下ろしてギシリと音を立てた。



『わ、わたっ、わたしっ、本当にっ、捨てた覚えが無くてっ、』

「分かっています」

『書類もっ、預かった覚えも、無くって、』

「はい」


優しさを含んだ学園長の声に勝手に口が動いてしまう。膝の上に置いている手が力を入れすぎているせいで青白くなっていた。力を抜こうとするけれど、今そんなことをしたらきっと大声で子供の様に泣いてしまう気がした。



「大丈夫ですよ」



甘さを含んだ声が耳の中に自然と溶け込むように流れ込んできた。力が入っている手に黒い手袋をした手が重ねられて手のひらにくい込んでいる指をゆっくりと広げていく。


「私は名前さんを信じます」

『が、くえん、ちょう、』

「貴女は嘘を吐く様な人ではない」

『っ、』



手のひらを広げられ、そのまま学園長の手が重ねられて指を絡め取られる。冷え切っていた手から温もりが少しずつ分けられてじんわりと暖かくなる。



「…話して、くれますか?」

『…………さいきん、物忘れが凄くて、』

「確かに言っていましたね」

『クルーウェル先生から、頼まれた事も、覚えて無くて、』

「……なるほど」

『わたし、どうしたら、』

「大丈夫です」

『学園長…?』




絡められている手をグイッと引っ張られ、体を包まれる。人の温もりに包まれて肩から力がふっと抜けて体を預けてしまう。安心して自然と瞳を閉じると耳元で学園長が囁いた。



「私だけは貴女の味方です」



あぁ、この人だけは、私の味方で居てくれるんだ



*****



「おい」

「おや!これはこれは!クルーウェル先生じゃないですか!どうしましたか?」

「最近あの仔犬を見ないが…」

「仔犬?……………あぁ!名前さんですか!」

「…分かっていただろう」

「少し体調が悪くなってしまった様でお休みをしていますよ」

「体調だと…?」



少し眉を寄せ私を睨むと、鼻を鳴らし馬鹿にしたように顎を上げた。



「体調が悪くなったでは無く、オマエが悪くしたんだろう」

「…はて?何の話ですか?」

「最近あの仔犬に餌付けをしていた様じゃないか」

「餌付けではありませんが…、確かに頑張ってくれているお礼にお菓子などを少々」

「仔犬は元々慎重な奴だ。そんな奴がそう何度もミスを犯すとは考えにくい」

「人間は誰でもミスをする生き物ですよ」

「…そうだな。……例えば、菓子の少量の魔法…、もしくは忘れ薬等が混ぜられていれば全ての説明がつくとは思わないか?」

「……どうですかねぇ。その様な魔法も魔法薬も作るのが大変難しいですから」

「オマエなら、出来るんじゃないか?」

「まさか!!私には無理ですよ!!」

「………まぁ、いいだろう。仔犬の面倒は誰が見ている」

「学園長である私が責任を持って看病をしていますよ」



そう言うと目の前の彼は口元を上げて、前髪を掻き上げた。




「アイツも面倒な奴に捕まったものだ」

「何を言いますか!」




面倒だなんて聞き捨てならない。





「私、優しいので」





******





扉を静かにノックして、出来るだけ外の灯りが入らないように素早く部屋に入る。薄暗い部屋の片隅で小さく縮まっている姿に愛おしさが溢れる。



「…名前さん」

『がっ、学園長っ、』



入ってきたのが私だと知ると、被っている毛布を脱ぎ捨て私の腕の中に飛び込んでくる。優しく抱きしめて頭を撫でる。




「誰も貴女の事を気にしている人は居ませんでした」

『っ、』

「それにミスが多かった事もまだ怒っている様でした」

『ちっ、ちがっ、違うっ、わたしはっ、』

「あぁ、可哀想に。こんなに震えて」




優しく彼女を抱きかかえてベットの上にゆっくりと下ろす。それでも私から離れようとしない姿に背筋がゾクゾクと甘い痺れが走った。




『わたしはっ、わるくないっ、』

「えぇ。貴女は何も悪くない」

『知らないっ、何も聞いてないっ、』

「はい。貴女は聞かされていなかった。何も。」

『なのにっ、みんなっ、私が悪いって、』

「そうですね。貴女は何も悪くないのに…、可哀想な名前さん」




頬を包み込み顔を上げさせると、涙をボロボロと流して顔がぐちゃぐちゃになっていた。けれど、何よりも惹かれるのは、




「あぁ、本当に綺麗ですね、」





酷く濁った瞳がとても綺麗だ。





『学園長はっ、ずっと、私と居てくれますかっ、』

「……」

『私をっ、信じてくれますかっ、私をっ、』

「……」

『わたしをっ、たすけてっ、』



さっきとは比べ物にならない痺れがビリビリと背中に流れ、鳥肌が立つ。自分が興奮している事が分かる。




「……勿論です」





彼女をそっと押し倒して、首筋に甘く噛み付く。すると彼女は小さく息を吐き出す。両手を絡め取りシーツに押し付けて零れ出した空気すら奪う様に唇に噛み付き、少しして離して耳元に移動して魔法の言葉を唱える。




「大丈夫、私だけは貴女の味方だ、」






私は君だけの道化師ヒーローなのだから






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