愛執染着


※吐瀉表現あり



『ラギーくんこっちの世界に来すぎじゃない?』

「え?そうっスか?」

『今のところ週7出来てるよ?毎日だよ?』

「名前さんが迷惑だって言うなら辞めるっスよ?」

『その聞き方はずるいな〜』



元の世界に戻ってきた私は、もうみんなとは会えないんだ。と落ち込んでいた。でもその悲しみも数年で薄れて、仕方ないのだと。あの世界の事は夢だったのだと思うようにしていた。けれどある日、部屋にある大きな姿見が水滴を落とした時の様に波を打ったのを見て、驚きで動けなくなっていると、ラギーくんが現れてシシシッ、と笑った。



「学園長のおかげで行き来が出来るようになったんス!これで何時でも会えますね!」



最初の頃は酷く喜んだ。ラギーくんも週に1度や2度しか姿を表さなかったのに今となっては週7だ。ほぼ同棲状態だ。朝はラギーくんに起こされて、仕事から帰ってきたらラギーくんがご飯を作ってくれている。これぞ通い妻って感じだ。



『レオナくんは平気なの?』

「レオナさんもそろそろ自立して欲しいっスよ!朝だってオレが起こさないと起きないし、メシだってオレが持っていかないと機嫌悪くなるしで…。クタクタっスよ…」

『そんなに忙しいなら私の所に来てる場合じゃ無いんじゃない?私だって大人だし、自分の事くらいは自分で出来るよ!』

「何言ってるんスか。すぐ体調崩すくせに」

『うぐっ…』



体が頑丈だった事が今までの自慢だったのに、ここ最近は何故か体調が悪くなる事が格段に増えた。朝は元気なのに夕方頃になると段々と体調が悪くなってくるのだ。吐き気を催したり、頭が痛くなったり。体を引きずって帰ってラギーくんが用意してくれたご飯を食べると、安心するおかげなのか、体調が良くなるのだ。よくあるお母さんの味に安心する、と言うやつだろう。慣れない仕事でストレスを感じてしまって体調が悪くなり、家に帰ると治る。社会人あるあるだと私は思っている。いつ体調が悪くなるのか自分でも分からないから最近はあまり残業や飲み会は断っている。


『でっ、でも、ラギーくんは忙しいのに…』

「別にオレがしたくてしてる事っスから」

『うぅ〜…、なんていい子なんだ…、結婚して…』

「……え?」





私がそう言うとラギーくんは驚いた様に瞳を大きく見開いた。



「けっ、結婚って、」

『だってラギーくんいい子過ぎるんだもん!おばさんの心に染みる!癒し!ラブ!愛してる!』



両手を広げてそうおちゃらけるとラギーくんは、ピシリと固まってしまった。私は首を傾げてラギーくんを呼ぶけれど1ミリたりとも動かなくて彼の顔の前で手をヒラヒラと揺らす。



『おーい?ラギーく〜ん?大丈夫〜?』

「…………っ!!」

『……え?』



ビクリと体を揺らしたと思ったら、次の瞬間には顔を真っ赤にして汗をダラダラとかきはじめていた。予想外の反応に私も驚いて目を見開く。


『ラ、ラギーくん?』

「けっ、結婚とか!!あっ、ああっ、愛してるっ、とか!!そんな簡単にっ!!」

『………』



声も所々裏返ってしまっていて、可哀想なくらい真っ赤な顔で両手をバタバタと振るラギーくんに私の心臓は射抜かれてしまった。



『えっ、え?ラギーくん?』

「ちょっ、ちょっと!急にこっちに来ないでくださいっス!!」

『………』


なんなんだ。この可愛い生き物は。




『可愛い…』

「はぁっ!?かっ、可愛い!?意味っ、分かんないっス!!」

『……ちょっと抱きしめてもいいっスか?』

「だっ、抱きしめっ…!?」



そんな事をしているうちに私が楽しんでいる事に気づいたラギーくんは拗ねたように真っ赤な顔で唇を尖らせた。


「……」

『ごめんね、怒らないで』

「別に…、怒ってないっスけど…」

『許してよラギーく〜ん、』



私が両手を合わせて謝ると、チラリとこちらを見て口をモゴモゴと動かしてくれた。



「…名前さんが、」

『ん?』

「名前さんが、オレのこと、す、好きって、言ってくれたら、許してあげなくも無い、っス」

『…………』



危ない。心臓が止まるところだった。



ラギーくんに近づいて彼の手を握って目を合わせようとすると、彼も素直に目を合わせてくれて、それだけでまた心臓がギュッと掴まれたように音を立てた。




『私はラギーくんが好きだよ』

「……ずっと一緒に、居てくれるっスか?」

『うんっ、ラギーくんさえ良ければ』

「……今の言葉、忘れないで下さいよ」

『もちろんっ!』



そう言うと彼はゆるりと顔を緩めてへにゃりと子供様に笑った。



*****



『あっ、ラギーくん』

「ん〜?どうしました?」

『今日は飲み会で遅くなるから』

「…飲み会?」

『体調面が不安だからあんまり乗り気では無いんだけど…、』

「何時くらいっスか?」

『ん〜、会社辞める人の送別会だから結構遅くなりそう…。だから今日はゆっくり向こうで休んで』

「…分かったっス」



気を使ったつもりが寂しそうに耳を垂らしている姿を見て心が痛くなった。けれど毎日こっちの世界に来てもらってるしたまにはゆっくりと寮で休んで欲しい。


『朝ごはんありがとう!行ってきます!』

「行ってらっしゃいっス」




いつものように彼が作ってくれた朝ごはんを食べて彼に挨拶をして出勤する。これが最近の私のルーティンだ。




*****



『……』

「あれ?苗字さん?大丈夫?」

『…大丈夫です、ちょっと呑みすぎたかもしれないです…』

「そんなにお酒弱かったんだっけ?」

『いや、弱くない、はずなんですけど、』




視界がぐわんぐわん揺れて、胃の中が気持ち悪い。吐きたいのに吐けない。辛い。しんどい。


「先に帰った方が良さそうだね。待ってて、タクシー呼んでくるから」

『すみません…』



話しているのすら辛くて、先輩に貰ったゴミ袋をギュッと握りしめる。それでも体調がマシになる事は無かった。




「…お客さん、大丈夫ですか?」

『だい、じょうぶ、です…、ちゃんと、ゴミ袋、持ってるんで、』



タクシーに乗り込んで、必死に吐き気と頭痛に耐える。早く家に着いてくれと何度願った事か。




『はっ、…っ、うぇっ、』



家の前に着いて必死に足を動かして、鍵をさして手首を捻って解錠して、部屋に入った瞬間に膝から崩れ落ちる。



『う゛っ、ぐえっ、ぷっ、ぁ、』



下を向くと余計に吐き気が酷くなって何も出ないのに嘔吐く。歪む視界の中で必死にゴミ袋を手繰り寄せる。年甲斐もなく涙がボロボロと流れる。



『っ、はっ、ら、ぎー、く、う゛ぇっ、らぎー、く、』



居ない彼の名前を呼んで、居ない彼に助けを求める。本当に大人気ない。どうして人は体調が悪くなると不安になるんだろうか。




『っは、ぁっ、ぶぇっ、ぷ、らぎー、くん、』

「…名前さん?」




不意に彼の声が聞こえて少しだけ視線を上げると、リビングの扉から除くようにしてラギーくんが顔を出していた。




『っ、ラギーっ、くっ、』

「大丈夫っスか!?」



私が可笑しい事に気づいた彼は焦った様に隣に膝を付いて、背中を摩ってくれる。


「そんなに呑んだんスか?吐いちゃった方が楽っスよ?」

『はっ、けな、っ、』



するとラギーくんは、摩っている手を止めると私の前に移動して私の顎を持ち上げる。



「…先に謝るっス」

『な、なに、がっ、』



何故か謝ると、顎を持ち上げている手とは逆の手を私の口の中に押し込んで、指を奥に差し込む。突然の事に目を見開くとラギーくんは更に深く指を差し込んだ。



『う゛えっ、う゛っ、ぇっ、はっ、』



ゴミ袋の中に体が勝手に胃の中の物を出す為に嘔吐き、ビシャビシャと汚い音を立てながらゴミ袋の中に吐瀉物が落ちていく。



『っ、ぁ、っ、はっ、』



ある程度吐き切って、顔を上げてラギーくんを見た。


「………」



彼は私の中に入れた指をじっと見つめていた。誰だって知り合いとはいえ、他人の唾液が付いた指を自分の服で拭きたくはないだろう。他の場所につかないように見てしまう事だってあるはずだ。




『ラギー、く、ごめ、』

「…とりあえず口、すすぎましょう。立てるっスか?」

『う、ん、』




先程よりマシになった体を無理矢理起こして、洗面台に向かう。洗面台がある場所に入る直前に彼がいる方へと視線を向けた。



「………」




彼は頬を赤らめて指を口に近づけているように見えた。



****




「落ち着きました?」

『さっきよりは、ましって、感じで…、まだ、気持ち悪い…、』

「そうっスか…、でも食べ物は入れないと」


そう言って彼は机にお粥をコトリと小さな音を立てて置いた。けれど私は何も食べる気になれず、湯気が立っていつもだったら美味しそうと感じるであろうお粥を見つめることしか出来なかった。



「ほら、食べないと」

『今日は、やめとくよ、明日の朝、食べるね、』

「ダメっス。今食べてください」

『………』


いつもなら引き下がってくれるのに、何故か今日に限って引いてはくれないラギーくんに諦めてスプーンで少し掬って口に運ぶ。



「ん、偉いっスね。どうっスか?」

『………美味しい、』




ポカポカとしたご飯が胃の中に入ってくるのがわかる。でもそれが不快には感じなくて、少しずつ口に運んでいく。




『美味しかった、ありがとう』

「いいえっ」





食べ終わる頃には体調は良くなっていて、完食どころか、おかわりをしてしまっていた。




『本当にラギーくんが居てくれて良かった…』

「なんスか?急に」

『前から思ってた事ではあるんだけど…。本当に私はラギーくんが居ないとダメなんだなぁ〜』

「レオナさんみたいな事言わないでくださいよ」

『え〜?レオナくんもこんな事言うの?』

「口では言わないっスけど、基本的にオレが出したモンしか食わないっスね」

『ふふっ、可愛いところがあるんだね』

「今の何処に可愛い要素があるんスか…」



カチャカチャと音を立てながら、洗い物までしてくれているラギーくんに近づいてそっと背中に抱きつく。



「…どうしたんスか」

『ちょっと、甘えてみようかなって、』

「………あんま可愛いことしないでくれます?こう見えてオレ、我慢してるんスよ」


彼の少し緊張を含んだ堅い声にギュッと心臓が音を立てる。お腹に回している手に少しだけ力を込める。



『が、我慢、しなくていいよって、言ったら、どうする?』

「……ちゃんと意味、分かってるんスよね?」

『……』



私が小さく頷くと、ラギーくんは洗い物をしている手を止めて手を洗い、私の方へと向き変える。その目がギラギラとしていて勝手にお腹の辺りがじんわりと熱くなる。




「…今更、やめる。とか無しっスからね?」

『うん…、』

「できるだけ、優しくします、」



そう言って彼は私の唇に優しく噛み付いた。




******



ベットの上で目を覚まして、下に落ちている服をかき集めて見に纏い、台所に入ると彼は既に朝食の準備をしてくれていた。



「あっ、おはようございます」

『お、はよ』

「まだ眠そうっスね。昨日は無理させ過ぎちゃいました。すんません」

『…そんなニヤニヤした顔で謝られても、誠意が伝わって来ない…』

「シシシッ、ほら、朝ごはん出来たんで食べましょ」

『…うん、ありがとう』




彼の前に腰を下ろし、朝食を食べる。


「オレ食べたらレオナさんに呼ばれてるんで戻らないと行けないんスけど、大丈夫っスか?」

『大丈夫だよ。…少し腰が痛いけど、でも歩けない程じゃ無いから』

「そりゃ良かったっス。でもレオナさんを見てるとなんであの人が女性に人気があるのか不思議で仕方ないっスよ。グータラしてるだけなのに」

『ん〜…。レオナくんみたいな人に頼られちゃったりすると…、その、ギャップ萌え?みたいな所もあるんじゃないかな?』

「ギャップねぇ〜?」

『私だってラギーくんが恥ずかしがってる姿とか見てギャップ萌えしちゃったし』

「はぁ〜?」

『なっ、な〜んてねっ?うそうそ!』

「……まぁ、いいっスけど、そのおかげで名前さんがオレのこと好きになってくれたみたいっスから?」

『あ、あはは…』




いつも通り、彼の料理は美味しかった。



****



ラギーくんが戻ってしまって暇になってしまった私は、仕事も休みな事もあり久しぶりに趣味に浸ろうと、スマホをいじる。



『…ん?』



すると気になる記事があって、そのページを開く。




『…中世ヨーロッパの、恋のおまじない?』






話によると、中世ヨーロッパに伝わる怖い恋のおまじないで、夫の朝食に少量遅効性の毒を混ぜて食べさせ、夕食にその毒の解毒剤を混ぜて食べさせる。これを毎日繰り返し、他の女性の所に泊まると何故か体調が悪くなる、というトラウマが刷り込まれて浮気が出来なくなる。と少し怖い恋のおまじないの話だった。




『え〜…、毒とか…、怖すぎ…、』



鳥肌が立って、両手で腕を摩る。


温かいものでも飲もうと台所に立って、お湯を沸かして前に買っておいたココアを上の棚から取り出す。


『…あれ?これなんだろう…』



棚を開けると知らない瓶が2本あった。ラベルには前にナイトレイブンカレッジに少しだけ見た文字が書かれていたけれど、私には読めなかった。


『ラギーくんが買ってきてくれた調味料かな…?』


瓶をそっと戻してココアを取りだし、スプーンで掬い入れ、お湯を注ぐ。そういえば最近はずっとラギーくんが料理をしてくれていて、台所に立ったのは久しぶりだなと頭の片隅で考える。




『…そうだ、』




ココアを飲んで少ししたら久しぶりに料理をしよう。いつも作ってくれているラギーくんに私の手料理を食べてもらおう。



そう思い、軽い足取りでココアを持ってリビングに戻る。




****



「ちわーっス。……ってあれ?名前さん?」

『ラギーくん!来るの早いね!』

「何して…、料理?」

『うん!ラギーくんにも食べて欲しいなって思ってついさっき作り始めたの!』

「………」



ラギーくんは黙ってしまって、それが不安になり彼に声をかける。



『…ラギーくん?』

「名前さんの手料理も楽しみっスけど、今日はオレに作らせてください」

『え?でも、もう作り始めちゃったし…』

「その感じだとオムライスっスよね?後はオレが作りますよ」

『いいの…?』

「いいっスよ!明日にでも名前さんの手料理食わしてください」

『ん?なんで明日?』




作るのなら別に今日でも良いのでは?と思って彼に聞くと、



「ん?だって今日はオレが朝ごはん作りましたから」

『なるほど…?』




よく分からなかったけれどラギーくんはもう料理を始めてしまったから諦めてリビングに足を進める。



『そういえば棚の上にあるのって調味料?向こうの世界の言葉だったから読めなくって』



台所に居る彼にそう聞くと、ラギーくんは一瞬動きを止めたように見えた。



「…そう。向こうの世界の調味料っスよ。スパイスが効いてて美味いんスよ」

『へぇ〜。オムライスとかにも合うの?合うなら入れて欲しいな〜』

「もちろん入れるっスよ」

『わ〜!ありがとうっ!楽しみ〜っ!』

「いいえっ、」










「こちらこそ、気づかないでいてくれてありがとうっスよ」
















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