リクエスト消化 | ナノ

婚約→子供ができるまで






『私達も卒業だねぇ〜…』

「明日だけどな」

『卒業式とかあるのかな?』

「いや無いだろ。どうせ呪術師は続けるんだしな」

『え…』

「…なんでショックそうなんだよ」

『……卒業式ないのか』

「そこかよ」





恵くんと桜の木の下で空を見上げながらそんな会話をしていると手のひらが繋がれた。私達は明日で卒業だ。4年間通ったこの場所は酷く思い出の濃い場所になった。




『……やっぱり少し寂しいね』

「……そうか?」

『なんかイベント事したかったなぁ…。せっかくの卒業なのに』

「…………」





恵くんはチラリと私を見てすぐに視線を桜に戻してしまった。風が吹くと桜が散ってそれすらも寂しかった。





『……虎杖くんも野薔薇も卒業しても仲良くしてくれるかな、』

「虎杖はああいう奴だし、釘崎は名前の事親友っつってるから大丈夫だろ」

『……そうだといいな』




小さくポツリと呟くと少しだけクイクイと手が引かれて視線を恵くんに移すと、いつもの無表情で私を見下ろして言った。




「俺は?」

『…え?』

「俺との今後の付き合い方は不安にならねぇのか」

『…え、えっと…?…恵くんも、私と仲良くしてくれる?』

「当たり前」






恵くんは満足したのか口角を少し上げて顔を寄せて唇を合わせた。…キスしたかっただけか。




「……明日、虎杖が教室使って打ち上げするって」

『え?そうなの?』





私そんなの聞いてない…。蚊帳の外で寂しくて泣きそう…。それ私行っても大丈夫なやつ?本当は来て欲しくない的な…。





『…わ、私も行っていいの…?』

「……オマエが居ないと意味が無い」

『…………』




それはつまり最後だし私の悪い所をみんなが言ってくれるってこと…?私が主役ってこと…?……なりたくない主役ってあるんだなぁ。




『……うん、…覚悟決めていくね』

「おう」




少し前まで卒業なんて寂しくて嫌だって思ってたのに、打ち上げなんて嫌だって思ってしまった。


∴∴




『……………』





扉の前で深呼吸をして気持ちを落ち着ける。大丈夫、大丈夫だ。頑張れ。自分の悪い所を言って貰えるなんてそうそう無い。これから治していけばいいじゃんか。そうすればみんなだって私と仲良く、




「なにしてのよ」

『んぎゃぁ!?』

「なに、今産まれたのアンタ。おめでとう」

『あ、ありがとう…』




野薔薇に肩を叩かれて振り返ると、眉を寄せられた。…やっぱり言われるんだ。




「アンタ何その格好」

『ふ、普通の、制服、だけど…』

「………こっち来なさい!」




野薔薇に腕を引かれて女子トイレに連れて行かれたと思ったら髪をいじられる。み、見るに堪えないってことですか…





「…今日くらい、特別可愛くしてやんなさいよ」





アンタと会うのはこれで最後よってこと!?そんな…、野薔薇にまで嫌われてたなんて…、





『……野薔薇、』

「ほら出来た!制服でも少しは可愛くなったでしょ!」





鏡に顔を上げると不安そうな私の顔と可愛くアレンジされた髪型が視界に入った。今にも泣き出しそうな顔と輝いて見える髪が酷くアンバランスに見えた。




『……ごめんね、』

「は?何が?」

『………色々、…私、やっぱり周りの事見れてなかった、』




野薔薇は嫌々私と居てくれたんだ。仕方ない。だって私は何度も彼女を裏切って、傷つけて、泣かせた。むしろ今までよく我慢してくれていた。嫌いな私となんて居たいわけなかったのに。




「何泣きそうになってのよ!それは後に取っておきなさい!」

『…………うん、』




これから私はみんなを受け止めるんだ。そして治す。そしたらまた、友達になってくれるかな…。





『………………』





また扉の前に立って震える手をギュッと握りしめて息を深く吸って吐き出す。覚悟を決めろ。




『………………よし、』





ゆっくり扉を開けると教室の中が眩しくて目を細める。眉を寄せると少しずつ見えてきて目を見開く。





『……………え、』

「おっ、主役が来たぞ」

「高菜」

「おっせぇよ」

「苗字!待ってたぞ!…って釘崎も居んじゃん!オマエ準備手伝えよ!」

「私は名前を可愛くしてたのよ!」

「あれ?名前固まってるけどどうしたの?僕がイケメン過ぎて恥ずかしい?」





教室の中には真希さん達や五条先生、そして家入さんや伊地知さんまで集まっていた。…でも何より驚いたのは、





『……恵くん?』

「………遅せぇよ」





教室の中心にスーツを着て髪型がセットされている恵くんが居た。その手には花束が握られていて、彼が振り向くとガサリと音を立てた。




「ほらほら!早く行きなさいよっ!アンタが主役なんだから!」






野薔薇に背中を押されて恵くんの前に移動すると、恵くんは少し気恥しそうにガシガシと髪を掻いて野薔薇に怒られた。




「ちょっと!セットが崩れる!」

「……………」





恵くんは素直に手を下ろすとフーっと息を吐いて真剣な表情で私を見下ろし、硬い声でゆっくりで言葉を紡いだ。





「………俺が、二十になって名前を支えられるような人間になったら、…俺と結婚して欲しい」

『………………え、』





花束が差し出されて、中を覗くと真っ赤な薔薇が顔を並べていた。視線を恵くんに戻すと彼の頬にも少し赤みが差していて少し似てるな、なんて思った。





『………………』

「………って、なんで泣くんだよ!」

『……私っ、みんなに、嫌われてるとっ、思って…』





そう言って両手で顔を抑えると周りからは驚いた様な声が聞こえた。その中でも野薔薇の声が一番大きく響いた。




「はァ!?なんでそうなんのよ!」

『だって、…この打ち上げもっ、呼んでもらえてなかったしっ、…恵くんもっ、私が主役だからって…、』

「間違ってねぇだろ」

『野薔薇もっ、今日くらいはって、言うからっ、もう会ってくれないと思って…、』

「そんなつもりで言ったんじゃ…!」

『だからっ、最後に私の悪い所をっ、みんなが言ってくれるんだって、』





しゃくり上げながら涙を流す私に五条先生の少し呆れた声が耳を揺らした。





「名前の自分への自信の無さは折り紙付きだよね」

「しゃけ」

「どうやったらあそこまで陰気臭くなれるのかねぇ」

「真希は少し見習った方がいいかもな」

「あ?なんか言ったかパンダ」

「いや何も」




頭に温もりを感じて少し頭を上げると、呆れたように、仕方なさそうに…、でも愛おしそうに眉を下げて微笑む恵くんが私の髪を耳にかけた。





「……オマエは、本当に変わらないな」

『…これでも、変われたんだよ…、みんなのおかげで、』

「そうだな。確かに変わった」




恵くんは流れる私の涙を拭うと優しく目を細めた。





「…名前のおかげで、俺も変われた」

『……私の、おかげ?』




静かに小さく頷く恵くんに心がじんわりと熱を持った。





「オマエが居てくれたから、今の俺が居る」

『……わたしが、居たから、』

「名前が居てくれて良かった」





その言葉にまたボロボロと涙が流れる。私がここに居ていいと、私がいてくれてよかったと、私の大嫌いな私を認めてくれた。生きていていいと、私は存在していいんだって。…大嫌いな私は、ここにいていいんだって。




『っ、これからもっ、恵くんのっ、隣に居たいっ、そばにいたいっ、』

「居てくれ。じゃなきゃ俺が困る」

『私っ、なんかがっ、これからもっ、一緒に居ていいの…?みんなのそばに、居てもいいの…?』




子供のように喉を鳴らしながら涙を流す私に恵くんや野薔薇、虎杖くんやこの場にいるみんなが吹き出して笑いだした。その事に目を見開くと真希さんと野薔薇が口を開いた。





「オマエッ、本当に馬鹿なんだなっ、」

「なにっ、当たり前のこと言ってんのよっ、あー、面白っ、」

『え、…え?』




キョロキョロと首を動かして呆然としていると前髪が避けられて、顔を前に向けると恵くんが喉を鳴らして笑っていた。





「本っ当、オマエ面倒くせぇ」

『ひ、ひどっ、』

「ここにいるみんな名前の事が大切だから居るんだよ」

『…………』




柔らかい恵くんの声に一瞬息が止まった。鼻が詰まってるせいもあったけど、あまりにも優しい声でまた涙が溢れた。




「オマエが大切で、好きだから名前の周りに集まって、そばに居るんだろ」

『………………』





唇をグッと噛んで眉を寄せる。もう本当に私は恵まれすぎている。




『……幸せすぎで、死んじゃいそう、』

「死なれたら困る」






恵くんはクスリと笑って人差し指で掬うように私の涙を拭うと幸せそうに笑った。




「…俺と結婚してください」

『……私なんかでよければ』

「あほ」

『いたっ、』





額を指で弾かれて抑えると恵くんは少し唇を尖らせてジト目で私を睨んで優しく言葉を紡いだ。




「私なんか、じゃねぇ。名前だから俺は一緒に居たいんだよ」

『………うん、…ごめん、』

「謝んな。断られてるみたいに感じる」

『……恵くんが大切で大好きだから、一緒に居たい』

「………」

『よろしくお願いします』





頭を下げてゆっくり上げ、微笑んでいる恵くんを見ると彼の瞳には薄らと膜が張っているように見えた。





∴∴∴





「なーんて事もあったわね」

『懐かしいねぇ。5年前かな?』

「今じゃアンタも伏黒だもんね」

『伏黒になって4年目です!』




吐き気を抑えて敬礼をすると私の正面に座っている野薔薇が呆れたように笑った。そして彼女は自分の頼んだパスタをフォークに巻き付けて咀嚼する。私は気持ち悪くて頼んだサラダにすら手が付けられなかった。


「っていうか名前サラダだけ?ダイエット?」

『うん、そんなところ』

「食べるの好きなアンタが?」

『最近太っちゃって…、任務もあまり無いし…』

「呪術師続けるの伏黒反対しなかったの?」

『反対はしなかったけどいい顔もしなかった…』

「でしょうね」



サラダをフォークで刺して咀嚼する。飲み込めないかも。水で流し込むように胃へと流すと野薔薇が眉を寄せて首を傾げた。




「……体調悪いの?」

『ううん!平気だよ!』

「…………顔色悪いわよ」

『昨日あんまり眠れなくて…』

「クマも酷いし窶れてる」

『本当に大丈夫だって!』




笑みを浮かべて首を振ると野薔薇は唇を尖らせて私を睨んだ。




「…嘘だったら友達辞めるわよ」

『……………………』

「言ってよ。私達親友でしょ」




優しく真っ直ぐな瞳で言う野薔薇にポロリと涙が流れる。野薔薇はギョッとして紙ナプキンを私に渡してくれた。それで涙を拭うと野薔薇が声を小さくして呟いた。





「……ここじゃ無理な話?」

『………うん、』

「分かった」




野薔薇は急いで自分のパスタを流し込み、私のサラダも食べると会計を済ませてタクシーを拾った。申し訳ない…。



「私の家でいい?」

『うん、ごめんね』





野薔薇のマンションに着いて部屋に上がり、彼女が出してくれた麦茶を口に含む。





「それで?」

『…………ここ最近、悪阻が酷くて、』

「………………………………悪阻?」





野薔薇はパチパチと瞬きをすると、スっと目を細めた。






「……伏黒は?知ってんのよね?」

『………………』

「言ってないの?」

『……言え、なくて、』




膝の上に置いていた手にポタポタと涙が零れる。立ち上がってタオルを取ってくると私の膝に乗せて隣に座って背中を摩ってくれた。





『……恵くんっ、子供あんまり好きじゃないみたいで、』

「自分の子なら可愛いに決まってるでしょ。伏黒が喜ばないわけがないじゃない」

『でも、私っ、…、』






育てられる自信がない。だって、私は愛情が分からない。恵くんの事はもちろん愛している。でも異性に向ける愛情と子供に向ける愛情は違う。私はそれを身をもって知っている。




『愛せるっ、自信がないっ、どうやって愛したらいいのかっ、分からないっ、』

「………名前、」





本当に自分が嫌になる。愛情を欲してるくせに、人の愛し方が分からない。恵くんに嫌われたらと考えてしまう。





「………」

『…野薔薇…?』






野薔薇は立ち上がると移動してしまった。少しして戻ってくるとマグカップと毛布が握られていた。





「味が無い方がいいと思って、お湯持ってきた。あと体冷えないように毛布も」

『……ありがとう、』





鼻を啜って野薔薇が持ってきてくれたマグカップに口をつける。ちょうどいい温かさの白湯に肩の力が抜ける。




『……ごめんね、野薔薇、』

「は?何が?」

『…迷惑かけて、』





野薔薇はハァーッと大きな溜息を吐くと私の額を弱く弾いて呆れたように眉を下げて笑った。




「あのねぇ…、私は迷惑なんてひとつもかけられてないし、隠される方が傷付くの」

『ごめ、』

「違うでしょ馬鹿」

『……………ありがとう、』

「うん」




野薔薇に髪をぐしゃぐしゃと撫でられてまた涙が溢れそうになる。するとチャイムの音が鳴り響いて顔を上げる。




「やっとか…」

『お客さん?私帰ろうか?』

「ここに居て」





野薔薇は玄関に向かうと廊下からバタバタと足音がして顔を向けると、息を荒らげている恵くんが現れて目を見開いてしまった。





『め、恵く、』

「……………」



恵くんはフーっと息を吐いて呼吸を整えると私の前に膝を片膝をついてしゃがみ込んだ。





「……俺に言うことあるか」

『…………………』





どこか確信めいた言い方をする恵くんに野薔薇が伝えたのだと分かった。頭が真っ白になって視線がキョロキョロと動く。嫌だ、怖い、言いたくない。






『……………』

「…名前、」





名前を呼ばれて肩がピクリと揺れる。視線を彷徨わせながら時間をかけて恵くんに視線を向ける。





「……名前の口から聞きたい」

『………………私の、お腹に、赤ちゃんが、』

「………………本当なんだな?」





コクリと頷くと涙が出そうになって唇を噛み締める。ここで泣いてはいけない。ここで泣いてしまったら恵くんは何も言えなくなってしまう。





「何泣きそうになってんだよ」

『だって…、』





恵くんは深く呆れたように息を吐くと私の頭にゆっくりで手刀を落とした。




「俺がそんな冷たい男に見えてんのか」

『………違う、けど、』

「好きな女が身篭った子供を見捨てる様な男に見えんのか」

『…ちがう、』

「俺達の子供が出来て喜ばない男に見えんのか」




視線を下げると震えている自分の手が見えた。指先の感覚があまりない。氷水に手をつけたみたい。自虐的に口角を上げると動かない手に温かくて大きな手が重ねられる。





「俺が喜ばないと思ったのか」

『………だって、……』

「……でも俺も気付けなかった。ごめん」

『恵くんは何も悪くないでしょ…』

「俺が名前を不安にさせて、要らない心配をかけさせた」

『……違う、恵くんは、何も悪くないよ、』




首を左右に振ると恵くんがいつの間にか流れていた涙を優しく拭った。その手があまりにも優しいから余計に涙が零れる。



『……恵くんにもし、受け入れてもらえなかったらって思ったら、怖くて、言い出せなくて、』

「俺が名前を受け入れないわけがないだろ」

『でも、私…、自信が、なくて、…愛し方が、分からない…』





小さく消えてしまいそうな声で呟くと恵くんは私の手を優しく握り返してくれた。




「…俺も、よくわかんねぇ」

『…恵くんも…?』

「分からないから名前と一緒に考えて、大切にしていきたいと思う」

『……大切に、』

「愛し方が分からなくても、大切にならできる。大切にして大切にして、…それが愛情だって勝手に思ってる」

『………』

「それに名前となら、見つけられる気がするんだ。…俺達とはまた少し違う愛情ってやつが」





恵くんはそう言って目尻を下げて私の頬を包み親指で撫でる。




「何の負担も無ぇ俺が簡単に言っていい事じゃねぇって分かってる。……でも、産んで欲しい」

『………』




真剣な表情と声で言葉を紡ぐ恵くんに目を見開くと、恵くんは噛み締めるようにゆっくり言葉を続けた。





「…名前と一緒に背負いたい」

『……今まで以上に、重たくなるよ、』

「あぁ」

『私の比じゃない重さだよ?』

「家族になるってその重さを背負うってことだろ」






恵くんは額を合わせると瞳を閉じてフッと口角を上げて優しく言った。




「その幸せ重さを名前と感じたい」

『……恵くん、』

「ん?」

『……ありがとう、』

「ばーか」




恵くんは唇をゆっくり合わせると、あまりにも嬉しそうに笑うから私までつられて笑ってしまった。




「それは俺のセリフだ。…俺に背負わせてくれて、ありがとう、」





少し鼻声の恵くんの目尻にはキラリと光るものがあって、それが眩しくて目を細めると恵くんもまた目を細めるからふたりして少し笑ってしまった。





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