完結後
「そんなわけで婚姻届貰ってきた」
『どんな訳…?』
普通の顔をして婚姻届を机に出した伏黒くんに首を傾げる。それにこの間のリモート飲みでの、なんだっけ、…呪術師?っていうのも何か聞いてない。
『あの、伏黒くん』
「オマエも伏黒になるんだから、その呼び方やめた方がいいぞ」
『いや…、そうじゃなくて…、』
「なんだよ。こことここに書けばいいんだよ」
『書く場所が分からないわけじゃないよ?』
「じゃあなんだよ」
眉を寄せて、首を傾げる伏黒くんに私が悪い様な感覚に陥る。でも私は間違ってないはずだ。
『呪術師って何?』
「………呪術師は呪術師だろ」
『伏黒くんのお仕事は呪術師なの?』
「……苗字はなんだと思う」
『え、問題形式なの?クイズなの?』
誤魔化したいのか、珍しく意味の分からない事を口にせる伏黒くんに驚きながらも手を顎に当てて腕を組んで考える。確かに今まで伏黒くんのお仕事を気にしたこと無かったな。
『………伏黒くんって意外と面倒見がいいから先生とかも向いてると思うなぁ』
「じゃあそれで」
『じゃあそれで!?』
「それに俺が面倒見いいのは苗字にだけだろ」
『えー…?』
ならなんだろう。どんなお仕事だろうか。伏黒くんと言えば…、
『………ボクサー?』
「何でだよ」
『喧嘩が強かったから?』
「それだけかよ」
『なら獣医さん?伏黒くん、中学生の時に捨て犬嬉しそうに撫でてたよね』
「勝手に見んなよ。何でもいいけどサインしろって」
『……ヤクザかな?』
とりあえず落ち着く為にお茶を一口飲む。すると伏黒くんはずいっと婚姻届を私の方へと寄せる。
『ちゃんと相手の事を知ってからじゃないと怖いよ』
「伏黒恵。誕生日は12月22日。職業は呪術師。血液型は、」
『それ!その呪術師ってやつ!』
「呪術師っつーのはあれだ」
『あれ?』
「あれだ。あれ。とりあえずサインしてくれたら話す」
『順序が可笑しい!』
中学校の時から伏黒くんは謎が多かった。その時は学生だし、ミステリアスだなぁ、としか思わなかった。けど結婚となれば話は別だ。伏黒くんの事は好きだけど、職業すら分からないのは怖い。
『呪術師について話してくれないとサインしません』
「言ったら書くんだな?」
『…え、』
「言ったら書くっつったよな?」
『そ、そこまでは言ってな、』
「言ったよな?」
『い、言った…?』
「言った」
伏黒くんの確信めいた言い方に首を傾げると、彼は淡々と私に聞かせる気がないのか早口で呪術師について語った。その内容は所々しか分からなかったけど、呪霊とか、祓うとか摩訶不思議な内容だった。
『……え、……え?』
「よし。サインしろ」
『ちょ、ちょっと待って…!』
「待たない。書くって言った」
私の手に無理矢理ペンを待たせる伏黒くんに待ったをかける。
『じゅっ、呪術師って、危ないって事だよね?』
「………」
『伏黒くんは、いつも危ない仕事をしてるって事?』
「人を裏社会の人間みたいに言うなよ」
『茶化さないで』
「苗字の事は死んでも守る」
『私が心配してるのは伏黒くんだよ』
目を細めてジッと彼を睨むと、伏黒くんは一瞬目を見開いて、少し間抜けな顔をするとすぐに小さく笑った。
「…好きだ。結婚して欲しい」
『…私怒ってたんだけどなぁ、』
「俺は死なねぇし、苗字を危険な目にも合わせねぇ。だから結婚してくれ」
真剣な顔でそう言う伏黒くんに少し呆れながらも、嬉しかったから小さく頷く。
『でも!…これからは隠し事はしないで』
「……」
『しないでって言っても、全部は話さなくていい。…でも、こんな風に大事な話はしてほしいな…』
「……分かった。約束する」
コクリと頷いた伏黒くんに少し笑って、頭を下げた。
『不束者ですが、よろしくお願いします』
「お願いされます」
顔を上げると机の上には指輪が置かれていて、伏黒くんの用意周到さには驚かされてしまった。
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