リクエスト消化 | ナノ

子供が出来たら






『あー!こらー!』

「げっ、バレた」





イタズラをしていた可愛いわが子を見つけて抱き上げる。すると素直に私の首元に手を置くから構って欲しかったのか、と頬が緩む。





「今日父さんは?」

『お仕事だって。でも遅くはならないみたいだよ』

「へぇー」





涼し気な目元に、宝石の様な瞳や暗めの髪の毛。そしえ長すぎるほど長い睫毛。恵くんに似てくれて良かった。我が子ながら顔が整っている。





「そういえば今日って母の日なんでしょ?」

『よく知ってるね』

「テレビで言ってた」




歳の割に落ち着いているのも恵くんにそっくりだ。床に下ろすとトコトコと自室へと戻り、また私の元へと戻ってきてくれた。その手には紙が握られていた。





「これあげる」

『これは?』

「母の日には、かーねーしょんをあげるって言ってた」





貰った紙を広げると、赤い花が描かれていた。心臓がギュンって音を立てだから、慌てて心臓を抑える。





「…母さん?大丈夫?」

『大丈夫!!ありがとう!!お母さん嬉しい!』

「わぁっ、やめてよっ、」





抱き上げて頬擦りをすると、嫌な声を出しても、本気で離れようとしない事に余計に嬉しさが募った。





『もー!夜ご飯は唐揚げにしちゃう!』

「やった!」





本当は野菜炒めの予定だったけど、可愛すぎてこの子の好物に変更だ。我が子が優しい子に育ってくれて嬉しい。




「父さんは買ってくるのかな?」

『ん?何を?』

「かーねーしょん」

『んー、お父さんはどうだろう…、そういうのに疎い人だから』






恵くんはあまり記念日とかを気にしない。以前なんとなしに聞いてみた事もあった。





『恵くんって記念日とか気にしないんだね?』

「………悪い」

『あっ、違うよ!?そういう意味じゃなくて!ただ本当に何となく気になっただけ!』

「……記念日って祝う必要ねぇだろ」

『え?』

「これから何十年も一緒に居て、死んでからも一緒に居るんだぞ。記念日なんて意味無くねぇか」





私は謎にキュンとしてしまった。恵くんが当たり前のように私と一緒に居てくれると言ってくれたのが嬉しかったんだと思う。




「母さん寂しくないの?」

『どうして?』

「きねんびって、女の人は大切にするんでしょ?」

『どこで聞いたの?』

「テレビ」




随分とテレビっ子な様だ。世間一般には記念日は大切なのかもしれないけど、特に私は気にしない。誕生日を忘れるくらいだ。それに高専の時は何度か別れたりしている。どれが記念日なのか分からないっていうのが本音だ。





「ただいま」

「父さん帰って来た」






ふたりで恵くんを出迎えに行くと、彼の手には花束が握られていた。





「ただいま」

『お、かえりなさい、』

「父さん何それ」

「薔薇」

「…母の日ってかーねーしょんじゃねぇの」

「名前は俺の母親じゃねぇし」

「ふーん」




興味無さそうに頷くとリビングへと戻ってしまった。恵くんは呆けている私の腰を抱き寄せると、頬に唇を寄せて一瞬触れると、私に花束を持たせた。





『…どうして、』

「気分」

『しかも薔薇って…』

「名前は俺の母親じゃねぇ」

『さっき聞いたけど…』





反応が遅い私に、恵くんは唇を重ねると、髪を耳にかけて耳元でそっと呟いた。




「お返しは夜に貰う」

『……お返し目当て?』

「半分は」





ジト目で見つめると、恵くんはフッと笑ってポンポンと頭を撫でた。その笑顔は高専の時から変わらず甘くて心臓が音を立てる。





『………かっこいい』

「捨てられないように必死なんでね」

『捨てないよ…』

「名前はくだらない気にするから分かんねぇだろ」

『くだらないこと…!?』





ムッとして彼の腕をパシリと叩くと、恵くんは楽しそうに、少し子供のように笑った。




「名前は俺の愛情を信じてればいいんだよ」

『…………………負けた気がする』

「惚れた方が負けって言うだろ」

『…じゃあ恵くんが勝ち?』





そう聞くと恵くんは私の前髪を持ち上げて唇を落として、頬を軽く撫でた。




「俺はずっと負けっぱなし」





負け、と言ったのにその表情は幸せそうだから何も言えなくなってしまった。未だに満ちるこの心をどうすればいいのか分からない。どうしたらいいんだろう。




『……恵くん、』






袖を掴んで自分からキスをしようとした時、リビングから声がして慌てて恵くんを押し飛ばして離れる。





「腹減ったー!」

『う、うん!!すぐに作るね!!』

「……おい、」





青筋を浮かべる恵くんに冷や汗をかくと、据わった瞳と視線が交わった。






「夜、覚悟しとけよ」

『……お手柔らかにお願いします…』





腕に抱えた薔薇の香りが鼻腔を擽って、胸がむず痒くなった。あの面倒臭がりの恵くんがわざわざお花を買ってきてくれた事も嬉しいし、こうして家族の時間を大切にしてくれる事も嬉しい。本当に私は恵まれている。





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