みんなから距離を置かれて落ち込む夢主
『あ、伏黒くん、』
「悪い。後でもいいか?」
『あ、…うん、』
伏黒くんに声をかけたら後回しにされてしまった。もちろんそれはいい。大事な用があるのかもしれないし。問題は一度も目が合わなかった。
『……あ、虎杖くん!』
「苗字!ご、ごめん!!俺用事があって!」
廊下で見かけた虎杖くんに声をかけたらダッシュで逃げられてしまった。その後に野薔薇と会ったから声をかけた。
『野薔薇、あの、』
「ごめん!私先生に呼ばれてたわ!またあしたね!」
『う、うん、また明日…』
野薔薇もふたりと同様にすぐに去ってしまった。私は手に持った4枚のパンケーキ割引券を無意識にグシャリと潰した。
『………』
何かしてしまったんだろうか。みんなに嫌われるようなことをしてしまったんだろうか。みんな私も視線を合わせてくれなかった。
「何やってんだ?」
『…真希さん』
頭を小突かれて振り返ると真希さんが立っていた。グッと唇を一瞬だけ噛んで笑みを浮かべる。これ以上、みんなに嫌われたくない。
『真希さんはこれから任務ですか?』
「いや。今日はもう終わりだけど」
『これ良かったら先輩達で行ってください!』
「パンケーキ…?」
『はい!任務帰りにティッシュ配りのお兄さんに貰ったんです!』
「1年で行くつもりだったんじゃねぇの?」
『みんな忙しいみたいで』
前までこんな痛みなかったのに。ひとりで居る事を辛いと思った事なかったのに。
「…そういやアイツら、」
『何ですか?』
「いや、何でもねぇ」
真希さんはフッと優しく笑うと私の頭を撫でると、チケットを私に返した。その事に首を傾げると額が弱く弾かれた。
「これは名前からアイツらを誘ってやれよ」
『…でも、』
「なんだよ」
『…いえ!誘ってみます!』
笑みを浮かべ、会釈して自室を目指す。慌てて駆け込んで、背中を扉に預けて座り込み、膝を抱える。
『…………』
柄にもなく泣きそうだ。笑う事しか取り柄が無いのに。高専に来てからそんなに経ってないのに。随分と我慢が出来なくなったものだ。そもそも、私なんかと一緒に居てくれるだけで十分じゃないか。私なんかがそれ以上を望むなんて強欲にも程がある。
『…………伏黒くん、』
自惚れていた。彼は私を好きでいてくれると。そんなわけないのに。私なんかをずっと好きで居てくれるわけなんてないのに。
「……苗字?」
背中を預けている扉をコンコンと叩かれて、伏黒くんの声が聞こえた。出なければ。分かってる。でも、どうしても今は会いたくない。笑える自信が無い。伏黒くんに悪いと思いながら、グッと息を潜める。
「苗字?」
『…………』
「……どうした?何かあったのか?」
伏黒くんは私が居るのが分かっているかの様にそう言ったから、もしかしたら呪力でバレてるのかも。
「…開けるぞ」
『……待って、』
「体調悪いのか?」
心配そうに声をかけてくれる伏黒くんに奥歯を噛み締める。
「苗字?どうした?」
『……』
なんて答えるべきだろう。みんなに嫌われているのが分かって、ショック受けてますって。そんな小学生みたいなこと言えない。どうしよう。何て言おう。頭が回らない。
「……苗字、」
『……ごめん、伏黒くん、用事があったから来てくれたんだろうけど、明日でもいいかな』
「…体調が悪いなら諦める。違ぇなら今、話したい」
『………体調悪い』
「嘘だろ」
こういう時の伏黒くんが苦手だ。放っておいて欲しいのに。フーっと深く息を吐いて、ゆっくりと口角を持ち上げる。大丈夫。大丈夫だ。暗示をかけるように心の中で呟いて扉を開ける。
『どうかした?』
「………」
『伏黒くん?』
笑みは崩さずに何も答えない伏黒くんに首を傾げると、腕が引かれて気付いた時には伏黒くんの腕の中に居た。
『ふ、伏黒くん?』
「なんか、無理してるだろ」
『そんな事ないけど』
私の言葉を無視して、子供をあやす様にポンポンと叩かれる。
『…伏黒くんは、何の用事だったの?』
「こっち」
『……え、伏黒くん?』
手首を引かれて校舎方面へと移動すると、私達の教室の前まで案内されて、優しく背中が押された。
『な、なに?』
「入って」
『え?』
よく分からないまま扉に手をかけて開くと、破裂音のようなものがして目を見開く。
「名前!」
「苗字!」
「名前ー」
野薔薇や虎杖くん、そして五条先生の手にはクラッカーが握られていて、さっきの音はこれかと気付いた。さっきと同じ様に伏黒くんに背中を押されて教室に足を踏み入れる。
「苗字」
『な、なに、これ、』
視線を彷徨わせながら、たどたどしく言葉を紡ぐと、私を除いた3人が口を揃えて言葉を紡いだ。
「誕生日、おめでとう!」
教室派綺麗に彩られて、目を細める。すると隣でさっきより少し小さなクラッカーの音がして顔を向けると伏黒くんが優しく微笑んでいた。
「誕生日だろ」
『………あ、私、誕生日か』
「はァ!?アンタ忘れてたわけ!?」
「名前らしいっちゃらしいよね」
野薔薇と五条先生は少し呆れた様な顔を浮かべて、虎杖くんは楽しそうに笑っていた。次の瞬間には視界が歪んで、4人が驚いていた。
「え!え!?何で苗字泣いてんの!?」
「し、知らないわよ!」
「苗字?」
慌てて手の甲で拭うと、その手が取られて伏黒くんが少し焦ったような顔をしていた。
「擦んな」
『…ふ、しぐろく、』
「なんだ?」
『わ、たし、みんなに、嫌われたと、思って、』
「…はァ?」
伏黒くんは眉を寄せると、呆れたように溜息を吐いて私の額を弾いた。
『いたっ、』
「オマエ…、そのマイナス思考やめろ」
『だ、だって、』
「だってじゃねぇ」
『うぅ、』
頭を叩かれて両手で抑えると、野薔薇の声がして顔を向けた。
「何でそうなんのよ」
『…だって、今日のみんな、目も合わなかったし…』
「サプライズの準備で忙しかったの!それにバレたら困るし」
そう答えた野薔薇にぱちぱちと瞬きを繰り返す。虎杖くんを見ると、彼もウンウンと頷いていた。……そっか、この準備をしてくれたのか…。
『………分かってたけど』
「嘘つくな」
伏黒くんに頭を叩かれたけど、その手は優しかった。私はポケットに入っているくしゃくしゃの紙を取り出して、震える声で言葉を吐いた。
『……今度、パンケーキ、行きませんか』
すると3人は顔を合わせてブッと吐き出した。五条先生は自分を指さしてボヤいていた。
「苗字っ!声震えすぎ!」
「なんでそんな緊張してんのよ!」
「俺らが断るわけねぇだろ」
「え、僕は?僕は誘ってくれないの?」
笑っている3人を見て、肩の力が抜けて気がした。自然と笑みが零れ、その場に座り込んでしまった。
「なにやりきったみたいな顔してんだよ」
「今日は苗字が主役なんだからさ!」
「ほら!さっさと立ちなさい!」
「ねぇー!僕はー!?」
騒がしいこの日々が酷く楽しくて、酷く愛おしいと思った。
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