五条先生に嫉妬
『あ、そういえば今日五条先生に呼び出されてたんだった』
「五条先生に?」
『うん。ちょっと行ってくるね』
教室から一緒に寮に戻っていた恵くんにそう言って来た道を戻る。先生は呼び出す時サラッと言うから忘れそうになる。
『失礼します』
「あ、やっと来た」
『すみません。忘れてました』
「んー、要らない素直さだねぇ」
だらしなく力を抜いて椅子に腰掛けている五条先生に近付いて要件を聞くために五条先生を見下ろす。
『で何の用事ですか?』
「今度僕の任務ついてきて」
『それはいいですけど…、何でですか?』
「………………成長のため」
『自分で動くの面倒くさいからですね分かりました』
「憂太も居るしいいじゃーん!!」
『それ私行く必要ありますか?乙骨先輩が居るなら…』
「一応だよ。一応保険のため」
『特級がふたりも居るのに保険なんて』
「繁忙期じゃないしお給料も弾むから〜!」
『………まぁ、分かりました』
頷くと五条先生は満足気にウンウンと頷いた。まぁ乙骨先輩がいるならいっか。
「ちなみに任務は明日からだから」
『明日…から?』
「うん。2ヶ月」
『どこに』
「ケニア」
『ケニア』
「じゃ準備しておいてね」
本当にこの人は先生でいいのだろうか。
∴∴
「ふ、伏黒サーン」
「……あ?」
「やめときなさい虎杖。今の伏黒は薬が切れて禁断症状が出てるのよ」
「苗字は伏黒の安定剤だった…?」
名前が任務に行って8日が経った。しかも今回の任務は乙骨先輩がいる。乙骨先輩のことは尊敬している。でもそれとこれは別だ。
「そんなのであと1ヶ月半も持つの?」
「持つも何も任務だから仕方ないじゃない」
「まぁそうだけど…」
∴∴
「伏黒ー!この後任務だってさー!」
「分かった」
「……伏黒の機嫌が戻ってる!まだ苗字が戻ってくるまで1ヶ月あるのに!」
「禁断症状出すぎて麻痺してんのよ」
「うるせぇ。さっさと行くぞ」
騒がしいふたりを連れて任務に向かうとどこか体が軽い気がした。釘崎の言っていた通り、麻痺しているのかもしれない。
∴∴
「ほら。末期の禁断症状出てきたわよ」
「ふ、伏黒…?顔怖いよ…?」
「…………うるせぇ」
名前が帰ってくるまであと何日だ。今は何月だ。今日が終わるまであと何時間だ。苛つく。時間が経つのが遅せぇ。特級と準1級なんだからさっさと終わらせて帰ってこい。何のための特級だ。
「…………チッ」
強く舌打ちをし過ぎて少し舌に痛みが走った。
∴∴∴
名前から高専の門に着いたと連絡があって迎えに行くと無意識に舌打ちが漏れた。
「苗字帰って来たのになんであんなに機嫌悪いの…!?」
「知らないわよ」
俺の後ろでコソコソうるせぇ。何でイラついてるか?理由なんて簡単だ。
『だから私は早く帰ろうって言ったじゃないですか!』
「これでも早い方でしょ」
『その割にお土産買う時間くれなかったじゃないですか!』
「お土産なんて日本でも売ってるよ」
『それはお土産とは言いません!』
「もー、名前細かい〜」
『結局手伝っても乙骨先輩は帰って来れないじゃないですか!』
「憂太はまだやることあんの」
任務中に何があった。なんでそんなに仲良くなってんだよ。素を出すようになってるじゃねぇか。確かに釘崎にも虎杖にも少しずつ素を出すようになってきた。それでもここまで感情を露わにする名前は珍しい。
「……名前」
『あ!ただいま!ちょっと待ってね!今五条先生に説教を…』
「は?なんで僕が説教されないといけないの?」
『だって先生が余計な事をするからこんなに時間がかかったんですよ!?』
「そんな事ないでーす」
『何も考えずに封印解くから!』
「祓ったんだからいいじゃん」
『手間の話です!』
「名前しつこーい!」
前から思ってたけど五条先生と仲良すぎないか。素を見せたのだって五条先生が先だ。
「名前」
「苗字ー!今すぐ伏黒の話を聞いてやってくれー!」
「じゃなきゃ今すぐ呪いそうな勢いよー!」
『えぇ…!?』
名前は驚きながら俺の前に来ると顔を覗き込む様に体を曲げた。その髪を撫でると久しぶりの感覚に少しだけ力が入った。
「あーあ、名前がいつまでも説教もどきしてるから恵が拗ねちゃった」
『元はと言えば五条先生がむっ!?』
「……うるせぇ」
五条先生、五条先生とうるさい名前の口を手のひらで覆うと、驚いた様に名前の瞳が見開かれた。その瞳には無表情の自分が映っていてそれすらも嫌で目を細める。
「釘崎!退散!」
「了解!触らぬ神に祟りなし!」
『んむむ!?んむ!』
名前は去って行く釘崎と虎杖に視線を投げるから口元を覆ったまま無理矢理顔を向かせる。
『んむむむん?』
「そんなに睨まなくても僕は何もしないよ。さっきからチクチク痛いんだよね。恵の視線」
「もう要件は済んだでしょ」
「んー、まぁいいよ」
『んむ!むむむん!む!』
「名前」
帰ろうとする五条先生に声をかけようとする名前を呼ぶ。
『んむ?』
「………俺より五条先生を優先すんのか」
『んむむ!むむむ!』
首を振る名前の瞳を見つめると、俺以外にも空が映っていて、その瞳がまるで五条先生の瞳のようで腹の辺りがズシリと重たくなった。
「……見ないでくれ、」
『…………んむ?』
「…俺以外、何も見ないでくれ」
口元を覆っている手を目元に移動させて覆う。無防備に軽く開かれた唇に自分のを重ねると柔らかくてこのまま食えるんじゃねぇかって感覚に陥って少し歯を立てる。
『め、…ぐみくん、』
その声が俺だけしか呼べなくなればいいのに。
『恵くん…?』
その瞳が俺しか映さなくなればいいのに。
『……私は恵くんが好きだよ』
頭の中全てが俺だけになればいいのに。
「……………悪い。なんでもない。飯行くか」
『恵くん』
目元から手を退かして寮に行こうとすると袖を引かれて立ち止まる。名前は瞳を柔らかくて細めてふわりと笑った。
『私は恵くんが大好きで愛してるよ』
「………………俺は、」
いつからその言葉では安心できなくなった。いつから物足りないと感じるようになった。人間は総じて欲深い。前まではそれだけで良かったのにすぐに次を求める。
『恵くんは私にどうして欲しい?』
「…………」
『私は恵くんがいないと生きていけない。大好き。愛してる。世界で何よりも、誰よりも恵くんを愛してる。恵くんさえいてくれれば周りはどうなってもいいって思えるくらいに。世界でひとりになっても恵くんが居てくれればそれでいい。もし恵くんが私の事好きじゃなくなって他の人を好きになったら、きっと私は、その人を殺しちゃう』
「………………イカレてんな」
『そんな私は嫌?』
「……いや、それだけじゃ、足りねぇ」
名前を抱き寄せるといつもと違う香りに眉を寄せる。当たり前だ。2ヶ月海外に居たんだ。でもそれが酷く不快で名前の手を取って歩き出す。
「まずは風呂」
『え、臭かった?』
「名前の匂いがしない」
『…シャンプー?』
「少し五条先生の匂いがする」
『…それは嫌だなぁ』
嫌そうに声を歪める名前は足を止めると俺の首裏に腕を回して耳元で小さく呟いた。
『…恵くんの匂いがいいな』
「……………………明日任務は」
『長期任務だったからお休み。恵くんは?』
「夕方から」
『…なら、時間はたっぷりあるね』
イタズラが成功したように笑う名前に腹の辺りがムズムズした。
「…………寝かせねぇからな」
『……………………明日任務入ってたかも』
「知らね」
明らかな嘘を言う名前を無視して自室を目指して足を早める。2ヶ月間俺を放置したんだ。これくらいは許されて然るべきだろ。
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