狗巻先輩との絡み
伏黒くんは出てきません。
『…あれ、狗巻先輩?』
「すじこ!」
任務帰りに中庭に寄ると先客が居たようで首を傾げると狗巻先輩だった。片手にはジョウロが握られていたから水やりをしていたようだ。
『こんにちは』
「高菜」
ペコリとお互いに頭を下げてクスリと笑う。近くに落ちていたスコップを拾って花壇の前にしゃがみ込む。すると彼も隣にしゃがみ込んで水やりを再開していた。
『あっ、芽が出てますよ!』
「高菜!」
『私が大切に育てたからですね』
「おかか、こんぶ」
『先輩より私の方が大切にしてました』
「明太子」
『私からこの子を奪うつもり!?』
「しゃけ、いくら、こんぶ」
『渡さない!この子だけは渡さないわ…!』
狗巻先輩は立ち上がって悪役の様なポーズを取るから私もつられて立ち上がりヒーローのポーズを取る。そして静寂が走り、2人で吹き出して笑って息を吐く。
『狗巻先輩』
「いくら?」
『…ありがとうございました』
「…………明太子?」
狗巻先輩は考えた末に私が何に大してお礼を言ったのか分かっていない様だった。分からないって事がこの人が優しい証拠だ。きっとこの人にとってはそれくらい当たり前だったんだ。
『……禪院家と色々あったじゃないですか』
「……高菜」
『パンダ先輩が裏で狗巻先輩が色々手配してくれてたって』
「………………おかか」
狗巻先輩はフルフルと小さく首を振ると視線を下げて、さっきまで片手で軽々持っていたジョウロを少し重たそうに地面に置いた。
「…おかか、明太子、…高菜、」
『……助けてくれたじゃないですか。だから私はこうして胸を張って生きてられるんですよ?』
「おかか…、」
狗巻先輩は、自分は何も出来てなかったと、役に立てなかったと首を縦には振ってくれなかった。…本当に優しすぎて嫌になる。
『狗巻先輩、』
「……高菜、」
『私は誰になんと言われても私は救われたんです。今回だけの事じゃありません。2年生の時もいつも』
「……おかか、」
『……私は、最低だから。感謝は出来ても、先輩に気持ちを返す事が出来ません、』
「しゃけ、…すじこ」
私が好きなのは恵くんだから。それだけは変えられない、変わらない。それでも狗巻先輩は私を助けてくれた。何度も。本当に強くて、優しい人。
「……高菜、ツナマヨ、明太子」
『…好きだから幸せになって欲しいなんて、そんなかっこいいこと言えるの、先輩くらいですよ?』
「ツナツナッ」
私の言葉に狗巻先輩は顔を上げて少し嬉しそうに目尻を下げて笑ってくれた。
『狗巻先輩は本当に優しいですね』
「…高菜?………おかか、」
『優しいです』
「おかか」
『優しいです…!』
「おかか!」
『優しいです!』
「お、か、か!」
「オマエらうるせぇよ」
『痛っ!』
「だがなっ、」
真希さんの声がしたと思ったら頭を殴れた。グーで。真希さん酷いです…。
『…痛いです真希さん、』
「高菜…」
「意味分かんねぇ言い合いしてるからだろ。気色悪ぃ」
「すじこ…!?」
『気色悪ぃ…!?そんな…、真希さん…!』
「高菜、明太子…!」
『そうです!私達にかけてくれた数々の甘い言葉は全て嘘だったの…!?』
「いくら、ツナ!」
『私達がどれだけ真希さんを巡って争ってきたかアナタに分かるの…!?』
「知らねぇし長ぇよ」
真希さんはうんざりした様な顔をするとチラリと私と狗巻先輩を交互に見た。
「1個言っておくが、棘は優しくねぇぞ」
『……真希さんもそんなこと言うんですか』
「キレんなよ。本当の事だもんなぁ?棘」
「…………高菜」
『……優しいですよ。みんな』
「棘のは違ぇんだよ」
真希さんはニヤリと顔を歪ませると狗巻先輩の肩に肘を置き、ゆっくりと焦らすように言葉を吐いた。
「棘のは優しさじゃなくて“下心”だからな」
『…………下心?』
「なぁ?棘」
「…………しゃけ」
狗巻先輩は顔を少し赤らめると制服に顔を埋めるようにして小さく呟いた。
「まぁ、そこが恵と棘の大きな違いだってのも分かってんだろ?」
「…………………しゃけ」
『違い?』
「…………高菜、…明太子、すじこ、……いくら」
先輩は恋は下心で、愛は真心とどこかで聞いたような言葉を言った。私には違いはよく分からなかった。そのまま首を傾げると狗巻先輩は少し眉を下げて言葉を続けた。
「…いくら、明太子、…すじこ」
自分は見返りを求めてしまうけど、恵くんは求めないと言った。どちらかと言うと逆だと思うんだけどなぁ。先輩こそ見返りを求めていない。けれど恵くんは私からの愛を重たい程に望む。……難しい。
「傍から見たら逆に思うだろうな」
『傍からじゃなくても、逆な様に見えます…』
「じゃあオマエは恵から何が欲しい?」
『……何?』
「恵からよく貰ってんだろ?この間はコーヒーメーカー貰ってただろ」
『あ、もらいました』
「それのお礼はしたのか?」
『ありがとう、って言っただけで、』
「逆も然りだろ。名前は恵に何かを返して欲しくて何かプレゼントしてんのか?」
『違い、ますけど、』
この間恵くんにプレゼントした靴は彼によく似合うと思ってプレゼントしただけ。別に何かを返して欲しいわけじゃない。
「おかか、…高菜、明太子」
「まぁ棘も人間だからな。いつかは自分を好きになってくれるんじゃねぇかって希望を持つのは当たり前だろ」
『……』
「でも恵は名前と出会った時から見返りを求めてきたか?今も何か見返りを求めたか?」
確かに恵くんは愛は求めても、それ以外は求めない。きっと彼は私が本気で彼を好きじゃなくなってしまったら同期に戻る為にしまい込んで、押し殺す。私が気づけない程に、自然に、ただの同期になる。
「1年の時、東堂が現れた時の恵を思い出してみろって。アイツ程見返りを求めねぇ奴はいない」
「しゃけ、……明太子、」
狗巻先輩は柔らかく笑って、だから勝てない、と言った。その表情があまりにも優しげで心臓がギュッと苦しくなった。
『………やっぱり優しいじゃないですか…、』
もし私が狗巻先輩の立場だったら我慢できるだろうか。素直に相手の恋を応援できるだろうか、勝てないからと諦められるだろうか。
『……私は、みんなのことが大好きです。狗巻先輩の事も、真希さんの事もパンダ先輩の事も乙骨先輩の事も』
「…高菜、」
「知ってるっつーの」
『大好きです…』
膝を抱えて顔を埋めるとぐしゃぐしゃと頭が撫でられて背中を摩られた。その手が優しくて涙が出そうになって、必死に息を殺して我慢する。
「高菜、すじこ?」
『…行きます』
「何でだよ」
狗巻先輩に恵くんをからかいに行く?と聞かれたから素直に頷き、立ち上がると狗巻先輩が嬉しそうに目を細めるからつられて笑う。
『私が狗巻先輩のズボンを履くので、先輩は私のスカート履いていいですよ!』
「しゃけ!」
「しゃけじゃねぇよ。何考えてんだ」
この後、恵くんの前にスカートを履いた狗巻先輩とパンダ先輩を玉犬に変装させて恵くんの前に行くと頭にゲンコツが落とされた。でもそれが楽しくてまた笑ってしまった。
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