リクエスト消化 | ナノ

五条悟が記憶喪失






『虎杖くんと組手で遊びすぎて頭を打って病院?』

「そう。私はその日有給使ってたから居なかったんだよ」

『本物の馬鹿だなアイツ』




硝子さんに会いに行くと開口一発目で驚きの事を告げられた。しかも虎杖くんに殴られたわけでも蹴られて吹き飛んだ訳でもないらしい。ふざけすぎて無限を切って石に躓いて後ろに倒れて頭打ったらしい。馬鹿だろ。




『……とりあえず様子だけ見に行きます』

「私も行く」




硝子さんは面倒臭そうにしながら立ち上がりふたりで病院を目指した。高専と繋がりのある病院は理解があって助かる。硝子さんを見ただけで通してくれる。凄い家入パワー。





『五条悟ー、居るかー?』

「あ?」





病室の扉を開くと無駄に広いVIPルームだった。本当に無駄に金使ってるな。その金をぜひ私に使って欲しいものだ。





『怪我は?つーか無下限切って転けるってダサすぎなんだけど』

「は?」

『とりあえず硝子さんに診てもらってよ』

「硝子」




五条悟は機嫌が悪そうに眉を寄せて私を睨むと硝子さんに視線を移した。どこかいつもと比べて声が高い気がする。まるで高専の時みたいに。そして五条悟は信じられない発言をした。




「コイツ誰だよ」

『……は?』

「は?」

「勝手に知らねぇ奴連れてくんなよ」

『……そういうイタズラ?性格悪すぎ』

「はァ?なんでオマエにそんな事言われねぇといけねぇんだよ。つーか誰だよオマエ」

『………笑えないって言ってんの』





こんなイタズラはタチが悪すぎる。早く終わらせろよクソ野郎。そう思いながらも私の背中には冷や汗が伝っていた。だって、五条悟の目が本気だったから。




「あと傑は?俺アイツに話あんだけど」

「……オマエ、本当に記憶ないのか」

「は?…てか硝子髪長くね?つーか老けた?大丈夫?ストレス?」





五条悟はそう言ってゲラゲラと笑っていた。何笑ってんだ。こっちは冷や汗しかかいてねぇんだよ。何ひとりで楽しそうにしてんだ。…本当、笑えないから。





「しかもなんか頭痛てぇし。なに?傑マジで俺の事殴ったの?」

「…………傑は居ないよ」

「は?なに。アイツ任務?」

「というかアンタ今何歳?」

「はァ?15だけど。硝子だってそうだろ」

「15のいつ?」

「意味わかんねぇんだけど…。まだ15になったばっかりだけど。入学して4ヶ月しか経ってねぇし」

「…………」




私と五条悟が出会ったのは夏だ。私が中3の夏。つまりこの五条悟は私と出会ってすらない。12年の記憶が無くなってる。





『………本気で、記憶ないわけ?』

「記憶?…オマエ何言ってんの。頭おかしいんじゃねぇ?」

『……………』





どうしよう。忘れられたショックより苛立ちが勝ってきた。なんだこの図体だけデカいクソガキは。誰だ?幼い時にこいつ甘やかしたの。そのせいでクソ野郎が生まれましたよー?




『…………苗字名前、……一応アンタの彼女』

「………は?オマエが?俺の?」

『…………』

「硝子ヤバいってこの女!出会ってすぐに彼女ヅラしてきたって!」

『………殺す』

「まぁ名前落ち着け」

「そもそも俺がオマエみたいな女選ぶわけねぇだろ!鏡見ろって!」

『…………』




本当にクズだなコイツ。なんで私コイツがいいんだろう。本っ当に生意気なクソガキだな。殴りたい。




『……ちょっと出てきます』

「名前」

『大丈夫です。ちょっと頭を整理したいだけなので』





硝子さんにそう言って病室を出て深く息を吐き出す。そのまま病院を出て近くにあるベンチに腰を下ろす。寒くも無いのに息が震えていた。多分怒りからだ。…きっとそうだ。




『…………』




記憶が無いということは別れるしかない。というか今の五条悟は付き合っている気がない。当たり前だ。今の五条悟は15歳になったばかりのガキだ。私の事なんて覚えてない。




『…本っ当にクソだな』





あれだけ無茶苦茶な事しておいて結局これだよ。好きじゃなくなったって言うなら努力でも何でもできる。でも知らない、なんて言われたらもうどうしようもないじゃんか。





『…別れる……別れるかぁ…』





それにショックを受けている事に驚いた。…まぁ、ショックか。一応好きだったもんな。五条悟の事。




「名前」

『硝子さん』





白衣のポケットに手を入れたまま私の隣に腰を下ろす硝子さんは私の顔を覗き込んだ。





「泣いてるのかと思った」

『人間驚き過ぎると泣けないもんですね』

「そんな簡単に整理はつかないだろ」

『………硝子さんは、どうしたらいいと思いますか』

「私は新しい人を見つけるのもありだと思うよ」

『………』




私は硝子さんになんて言って欲しかったんだろう。多分、諦めるなって、記憶が戻る可能性だってあるって言って欲しかったんだ。





「見ての通りアイツはクズだよ。顔は良いにしても優良物件とは言えない。七海の方が余っ程優良物件だ」

『………そうですね』

「でも名前がそんなアイツでも好きなら、追うのもありだと思うけど」

『………忘れられるのって、意外とキツイですね』

「当たり前だ。人の半分は記憶で出来てると言っても過言じゃないからな」

「何が楽しかった。何がムカついた。何が幸せだった。…結局は記憶だ」

『…………』





これから五条悟は15歳として生きていくのだろうか。まぁアイツの事だからあんまり変わらないだろうな。三十路前の今だってあんな感じだし。




『……別れるのが、最善なんですかね。私の為にも…、悟のためにも』

「さぁ。私は名前でも無ければあの馬鹿でもないから」






本当にドライだ。でもそれが今はいいのかもしれない。慰められて変に可能性を見出すよりずっと優しい。




「最後に話してみてから決めるのもありだと思うけど」

『…………』





どちらにせよ覚悟が足りない。なら、会って話して玉砕した方が諦めもつくかもしれない。






「頭を打ってから大分時間が経ってる。アイツの記憶喪失は一時的なものじゃない」

『……はい』

「まっ、何があっても私と歌姫さんが居るから」





そのふたりが居るなら私は最強だ。玉砕したって大丈夫。前だってそうだった。私はグッと息を吸って立ち上がりフーっと息を吐いた。後悔ならまず挑戦してからだ。





『…………』






とは言ったものの怖いものは怖い。病室の扉を掴んでから20分は経ってる。周りの患者さんも看護師さんも変なものを見る目で見ている。いけ。女は度胸。大丈夫、硝子さんも歌姫さんもいる。




『…………五条悟』

「あ?…またオマエかよ」

『…………』

「俺忙しいんだけど」






いつかも聞いたようなセリフに無意識に口角が上がって自虐的な笑みが浮かぶ。もう無理かもしれないです硝子さん。





『……別れたい?』

「別れるも何もオマエなんかと付き合ってねーし」

『そっか…』






グッと拳を作って力を込めて溢れだしそうになる涙を堪える。こんなクズの前で泣くな。泣いたら負けだ。






『………分かった、…別れよ』

「勝手にどーぞ」






ドアの方へと向いて手をかける。心臓が痛い。ついでに目の奥も熱いし、喉なんて焼けたようだ。





『………あのさ、』

「なんだよ。まだあんの?」







下を向いて扉を眺めて震える息を吐き出す。ゆっくり顔を上げて振り返ると堪えきれなかった涙がボロボロと流れた。でも私はいい女だから。笑って終わりにできる。





『…私、意外と好きだったよ、悟の事』

「…………」




かっこ悪いと思いながらも扉を掴んで出るために力を込めるとその上から大きな手が重ねられた。




『………は、』

「………………」

『な、なに、』





後ろには五条悟が居て扉を開けたくても手を抑えられて開けられない。もう放っておいてくれ。これからヤケ酒をするだ。硝子さんと歌姫さんと。





『…離して、』

「…………オマエ、なんなの」

『は…?』

「なんで泣いてんの」

『…………泣いてない』

「しかも意外とってなんだよ。普通に好きって言えねぇの」

『未だに、認めたくないから。アンタみたいなクズに惚れてるって』





五条悟は小さく舌打ちをすると私の肩に額を当てた。絶対腰痛いでしょそれ。後で腰痛で苦しんでも知らないから。





「………なんなのオマエ」

『それは私のセリフだっつの。何なんだよオマエ』

「俺の彼女ならもう少し可愛いこと言えねーの」

『……言えるならこんなに苦労してないんだよ。馬鹿』

「…可愛くねぇ」

『………』




そんなの私が一番分かってるよ。可愛くない。素直になれなくて、恥ずかしがって、何も言えない。そのツケが今なのかもしれない。…なら、全部自分のせいだ。





『……もういいでしょ。離して』

「……離したら、オマエどうすんの」

『出て行くに決まってるでしょ』

「本当に別れんのかよ」

『別れるも何も、今のアンタにとって私は彼女でも何でもないでしょ』

「…………」

『……それに、私が好きなのは五条悟だよ』

「…だから、俺だろ、」

『そうだけど、違う』

「は?」




確かに五条悟だ。でも私が好きなのは私と一緒に居た五条悟だ。私の祖父母を殺して、馬鹿にして、虐めてきて、傷を舐めあって、馬鹿みたいに遠回りして、告白したらテンパって最低な事を言って、三十路前なのに子供みたいな五条悟。





『私が好きなのは、五条悟だから』

「……………」





少し鼻を鳴らして笑うと後ろに居る五条悟の小さく息を飲んだ音がした。





『じゃあね。硝子さん呼んでくるから安静にしてなよ』

「……………」

『……いや、……あの、離して』

「………僕を捨てんの」

『……は?』




捨てんのって…。どう見ても捨てられるのは私でしょ。なんで私がアンタを捨てたみたいな言い方すんの。それあれと一緒だからな?浮気した男が別れたくない!って言って捨てないでー!って言うやつ。




「なんでもっとみっともなく縋らないの」

『……はい?』

「記憶無いんだから結婚してますくらいの事言えばいいじゃん」

『落ち着け!大丈夫か!?頭!』

「……名前は、僕のことそんなに好きじゃないの…、」






私の体に腕を回して抱きつく五条悟に頭が混乱した。どういうことだ。どうした。なんだ。私は何をすればいいんだ。





「……名前、」

『…え、』

「別れるなんて言わないで…、」

『………』




声を震わせてそう言った五条悟にフーっと息を吐き出す。さっきまでの私のいい女よ感はどこ行ったのか。いつの間に私が追われる立場になったのか。仕方なく体を反転させて五条悟の背中をあやす様にポンポンと叩く。そしたら更に腕に力が込められるから少し苦しかった。




『なに。記憶戻ってんの?』

「………」

『いつ戻ったの?』

「…………ちょっと前」

『なんで言わないの』

「だって、名前が出て行こうとするから」

『戻ったって言えば出て行かないでしょーが』

「……………」

『テンパリすぎ。阿呆』





ムカつくほどサラサラの髪を撫でると包帯の感触があって手を止める。






「……別れないから」

『呪術師最強が女の子に縋るってどうなの?』

「仕方ないでしょ。…好きなんだから」





私が茶化す様にそう言うと五条悟は拗ねたようにそう言った。それが素直に可愛くて心臓がキュってなった。




『もう忘れないでよ。結構辛い』

「ん、…ごめん、」

『本気で別れないとって思ったんだから』

「……ん、」

『……好きな人に忘れられるの、死ぬ程辛い、』





五条悟は小さくまた謝ると少しだけ私の存在を確かめるように力を込めた。



∴∴∴





「……で?」

『こうなりました』

「僕これから名前のそば離れないから!無下限も切らない!」

「そうか。次の就職先は背後霊か。おめでとう」

『おめでとうじゃないです硝子さん。助けて』





頭の傷は反転術式で治し、五条悟はすぐに復帰したけど私の背中に抱きついてずっと離れない。正直邪魔だ。




『邪魔。仕事したい』

「嫌だ嫌だ!絶対離れない!仕事もしない!」

『仕事はしろ』

「仕事しなくてもお金あるもーん!名前くらい余裕で養えるもーん!」

『もんじゃねぇ。可愛くねぇんだよ』





首を左右に振って駄々をこねる五条悟に溜息を吐くと硝子さんはコーヒーを飲み込むとフッと笑った。





「まぁ、ショックだったんだろ。名前に別れるって言われて」

「そうだよ!なんで別れるとか言うの!?」

『…いや、私の方が忘れられててショックなんですけど。なんで私が悪いみたいになってんの?』




大変遺憾です。私は悪くないし。元を辿れば五条悟が子供みたいに騒いで虎杖くんと遊んでたのが悪いんでしょ?




「もし名前が記憶無くしたらどうすんの?」

『確かに気になる。アンタどうすんの?』

「んー?」




私達の質問に五条悟は小さく首を傾げて笑いながら口を開いた。笑ってるけど本当にそうなったら笑えないからな。クソ野郎。




「まずは自己紹介だよね」

『意外と普通』

「初めまして!五条悟です!名前の婚約者です!」

『……ちょっと雲行きが怪しくなってきた』

「付き合って10年目で、1週間後には結婚式をする予定だったんだよ?」

「嘘だな」

「婚姻届も書く予定で」

『実物無いのに嘘はバレるぞ』

「え?持ってるよ」

『え、』




五条悟はポケットから婚姻届を出して私の前にペラリと出した。しかもちゃんと五条悟のところは記入済み。ていうか、





『書いた覚えないのに私のところも書いてあるように見えるんだけど…』

「うん。僕が書いたから」

『ボクガカイタカラ…?』





私の文字にめちゃくちゃ寄せてある。きっしょ。





「名前、アンタは記憶無くさない方がいいよ」

『はい。肝に銘じておきます』

「え?僕はいつでもいいよ?記憶無くなっても絶対別れないし、結婚するし、思い出させるから」





コイツちょっとしおらしい方がちょうどいいんじゃないの。でも次私の事忘れたら絶対に許さないからな。クソ野郎。





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