ご都合呪術B
なんか今日は調子がいいなと思った。任務に行って呪詛師も捕まえて思ったよりも早く終わって気分がいい。このまま野薔薇の部屋に行こうかな、なんて考えながら高専の廊下を歩いていると後ろから名前を呼ばれて振り返る。
「苗字」
『…………え?』
「どうかしたか?」
甚爾さんがいる。どうして高専に甚爾さんが居るの?…え?あれ?私夢見てるの?だって甚爾さんは…あれ?あれ?とりあえず、
『…かっこいい』
「……は?」
甚爾さんは眉を寄せると少しだけ頬を染めていた。え、何その可愛い反応。ギャップ狙ってるの?やめて欲しい。私にはクリティカルヒットだ。
「あれ?伏黒と苗字じゃん!」
「なに見つめ合ってんのよ。ここ廊下よ」
『……伏黒と苗字じゃん?』
「え?うん。伏黒と苗字じゃん」
『…………伏黒と苗字じゃん』
「なに?アンタ苗字じゃなかったの?」
パチパチと瞬きを繰り返して甚爾さんを見ると、やっぱり甚爾さんだった。…私の目がおかしいのだろうか。
『…………伏黒くん?』
「なんだよ」
『……伏黒くん?』
「だからなんだよ」
『…伏黒恵くん?』
「しつけぇな。なんだよ」
『……………』
うん、私の目が可笑しいんだ。多分あれだ。任務で捉えた呪詛師が原因だ。最後にすっごい笑ってた。なんかニヤニヤしてたもん。絶対そうだ。
「はァ?伏黒が別人に見えるぅ?」
『そ、そうみたい…』
教室にみんなで移動して事のあらましを話すと野薔薇は机に肘をついて眉を寄せた。
「苗字には今の伏黒は誰に見えてんの?」
『……えっと、』
「……………」
隣の席に座って目を細めジト目で私を睨む甚爾さんに冷や汗が伝う。まぁ、甚爾さんじゃなくて伏黒くんなわけだけど。
「で?誰に見えてんだよ」
『…………』
「その感じだとあのクソ野郎だろ」
『…………クソ野郎じゃないよ、』
甚爾さん…、伏黒くんは大きく舌打ちをしてそっぽ向いた。ややこしいなぁ…。でも眉を寄せて不機嫌そうな甚爾さんも素敵です…。
『…………』
「名前、顔凄いわよ。恋した乙女みたい」
「…………」
「ついでに伏黒は人を殺めそうな顔してるわよ。殺人鬼みたい」
いつまでも眺めてられる。かっこいい。素敵。彫刻みたい。口端にある傷も全てを含めて素敵。
『………………』
「名前ー、授業始めてるからねー。恵ばっかり見てないで授業受けてくれる〜?」
頬杖をつきながら眺めていると頭を軽く叩かれた。そしたら甚爾さんが振り返るから慌てて視線を逸らす。目が合ったら多分私は倒れる。
「え。何その反応。恵と名前遂にヤった?」
「おい最低教師」
「五条先生…、それは言っちゃ駄目だよ…」
「最低ですね」
まともに伏黒くんが見れない。だってみんなだって大好きな有名人とかがいきなり目の前に来たら見れないでしょ?無理でしょ?心臓爆発するでしょ?それと同じ。
「苗字」
『はいっ!』
「……………書類、」
『分かりました!出しておきます!』
「……………」
顔ごと逸らしたままそう言うと甚爾さんは眉を寄せていた。そしてそのまま顔を覗き込むようにしてくるから慌てて逆に背ける。
「…苗字、」
『か、勘弁してください…、』
伏黒くんは凄く不機嫌そうに顔を歪めると小さく舌打ちをした。そのまま時間が過ぎてお昼になってもそれに慣れる事が出来なかった。
「いただきまーす」
「いただきまーっす!」
「いただきます」
『いただきます』
4人で食べていると私の正面でご飯を食べ始める甚爾さんをチラリと見ると、ワイルドな見た目とは反して静かに食べている姿に心臓がキュンって音を立てる。ギャップ可愛い…。
「こっち見んじゃねぇ」
「え、苗字に冷たい伏黒!」
「まぁそりゃキレたくもなるでしょ」
その言葉すらも甚爾さんが言いそうな事だから特にダメージはなかった。伏黒くんは食べ終わると立ち上がって先に行ってしまった。
「今日は5限目から体術だよ〜」
「ゲッ…、昼後から体術…?しんどっ」
「よっしゃ!やった!」
五条先生の言葉に私達は着替えてぞろぞろとグラウンドを目指す。すると五条先生はジャンケンで組み合わせを決めると言い、私達4人はジャンケンをした。
「…………」
『………………』
「おっ、面白い組み合わせだね!」
甚爾さんと組手をする事になった。…いや、伏黒くんだけど。ふたりで向き合うけど出来る気がしない。でも授業だ。やるしかない。そう意気込んで走って向かって行くと、まぁ注意力の散漫が原因で石に躓いた。
『……へ?』
「は?」
体が前に倒れて手をつこうとした時体が温もりに包まれて顔を上げる。するとすぐ近くに甚爾さんの顔が顔が一瞬で熱くなった。
『…ふぎゃあ!?』
「…………」
そのままズルズルと座り込み、両手で顔を覆う。顔も耳も体も全てが熱い。
『…こ、腰が、』
腰が抜けて立てない。近くで見た甚爾さんがかっこよすぎた。恥ずかしさで涙が出てきて両手を離すと大きな手が私の顎を片手で掴んで上を向かせた。
「…いつまで他の男見てんだよ」
『……………』
強い眼差しに心臓が大きな音を立てて視界が歪んだ。そこからの記憶がない。
∴∴
『…………ん、』
瞼を開くと天井が見えてゆっくり瞬きを繰り返す。何となく顔を横に向けると椅子に腰を下ろした甚爾さんが居た。…いや、伏黒くんか。
『…伏黒くん?』
「……俺に見えてんのか?」
『………ううん、』
素直に答えると伏黒くんは深く溜息を吐いてしまった。その表情は機嫌が悪そうだった。
『………ごめんね、』
「……別に」
『私が好きなのは伏黒くんだよ』
「……分かってる」
『アイドルみたいな感じだから』
「……でもイラつくものはイラつく」
上体を起こして伏黒くんを見つめ、眉を寄せたままそっぽを向いている彼に目を細める。確かに甚爾さんに会えるのは嬉しい。でも、伏黒くんに会いたい。
『……伏黒くんに会いたい、』
「…………」
『ちゃんと伏黒くんと話したい、伏黒くんの顔を見て、話がしたい』
「………………」
グッとシーツを握って手の甲を眺めると細くて長い指が重ねられた。顔を上げると唇が重ねられて反射的に瞼を閉じる。少し唇を吸われてから離される。瞼を持ち上げるとそのには甚爾さんは居なくて、少しだけ眉を寄せた伏黒くんの姿があった。
「…………」
『……うん、やっぱり伏黒くんが一番かっこいい』
「…………そーかよ、」
伏黒くんは素っ気なくそう言ったけどガシガシと雑に頭を掻いて唇を尖らせていた。きっと恥ずかしがってるだけだ。
「……久々に前の神様に会えて嬉しかったかよ」
『答えたら怒るやつじゃん』
「…………」
『伏黒くんが愛してくれる限り私は伏黒くんだけが好きで、私の神様だよ』
どこか納得していなかった様子だけど、伏黒くんは私の髪を撫でてもう一度キスをした。その時に少し噛まれたから結構気にしているのかもしれない。そんな伏黒くんが可愛くて小さく笑ってしまった。
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