結婚式でいじられる
『…え?結婚式?やらないよ?』
「……………は?」
『え?』
「…………もういい」
恵くんに結婚式いつにする?と聞かれて私が答えると恵くんは顔を青くして絶望顔を披露すると布団の中に潜ってしまった。
『恵くーん…』
「話しかけんな」
本格的に怒らせてしまったらしい。盛り上がったシーツを撫でて声をかけても怒られてしまった。苦笑を浮かべながら根気よく声をかける。
『恵くーん、…伏黒恵くーん、恵さーん、伏黒さーん』
「………オマエだって伏黒だろ」
『まぁそうなんですけど…』
「おかしいと思った」
『ん?』
首を傾げると恵くんは布団から目元だけを出してジト目で私を睨んだ。子供のように拗ねるのがまた可愛い。
「婚姻届出した時にこれで一段落だね、なんて言うから」
『式を挙げるとは思ってなくて』
「……嫌なのか」
『嫌というか…、必要性を感じないというか…』
「必要性……」
恵くんは少し引いた目をしていた。失礼だなぁ…。そんな彼の前髪を避けると少しだけ気持ちよさそうに瞳を細めた。本当に猫みたいだ。
『恵くんは式挙げたいの?』
「…挙げたいっつーか、挙げるつもりだった」
『でもお金かかるし、呪術師のみんなはきっと時間合わないよ?』
「………そういう現実的な話はいい」
『えぇ〜…?』
不貞腐れたような声を出す恵くんに小さく笑うと手のひらが温もりに包まれた。視線を落とすとシーツから恵くんの手がちょこんと出ていて私の手を握っていた。
「……ふたりでもいい。……式挙げたい」
『……恵くんが挙げたいなら仕方ないな〜』
「うん。俺が挙げたいから仕方ない」
恵くんはそう言って笑った。私も笑うと恵くんは布団を持ち上げて両腕を広げたからその中に滑り込む。背中に腕が回されて瞼を閉じる。
∴∴
『ごめんね野薔薇、手伝ってもらって』
「いいの。その代わり私はアンタ達ふたりきりの結婚式に参加させてもらえるんだから」
式場を借りてドレスも借りて、私と恵くんだけの結婚式が始まった。でも私だけじゃ色々準備が出来ないから野薔薇に手伝ってもらった。
式場を選んだりドレスを選ぶ時、何故か私より恵くんの方が楽しそうだった。それも可愛いから全然いいんだけど。
「はい、出来た!うん!流石私!可愛い!」
『ありがとう野薔薇』
最後に唇にリップが落とされてゆっくりと瞼を上げる。すると野薔薇に腕を取られて鏡の前に移動させられる。
『……やっぱり野薔薇は凄いなぁ』
「ふふん、当たり前でしょ!この名前を見たら伏黒泣くんじゃない?」
『え〜?なんで?』
「そういうものなのよ!」
よく野薔薇の言うそういうものが分からなかったけど、野薔薇と話しているのは楽しくて、幸せだ。
「私これから伏黒の準備手伝いに行くからこの部屋から出ちゃ駄目よ!」
『そんな子供じゃないんだから…』
「ドレスなんだから出歩かないこと!いいわね!」
『はーい…』
苦笑を浮かべながら席に座って時間が経つのを待つ。そういえばカメラマンとか頼むの忘れたなぁ。ふたりきりだけど神父さん?みたいな人は居るんだろうか。指輪の交換とかもあるんだよね?でも指輪今しちゃってるなぁ。右手に。
『……婚約指輪だけど』
高専の時に貰った指輪が嵌められている右手の薬指を見る。所々に傷があってもキラキラと輝いていた。婚姻届を出しに行った日、恵くんは左手の薬指に嵌めていた指輪を取ると右手に移した。よく意味は分からなかったけど、まぁいいかと今日まで来た。
『……結婚して、呪術師を続けて、幸せに老いていって…、』
私なんかには本当に幸せすぎる未来だ。本当に私なんかがこんなに幸せになっていいのかな。…これがマリッジブルーというやつだろうか。ちょっと違うのかな。恵くんと結婚してから、というか付き合ってからひとりでいることが極端に減った。…高専に入ってからか。ひとりが当たり前だったのにいつの間にか私の周りには誰かが居てくれた。恵くんだったり野薔薇だったり虎杖くんだったり、五条先生だったり。
『………はー、……ちょっと泣きそう、』
別段何かが変わるわけじゃない。なのに、なんでだろうなぁ。私には家族が居ないから家を出る寂しさなんてないのに。
「名前ー、そろそろ行くわよー」
『あ、…うん!』
野薔薇が扉からひょっこり顔を出してそう言った。立ち上がって部屋を出て、大きな扉の前に立つ。すると野薔薇は私に小さな花束を渡した。
「一番手は親友の私から」
『これは…?』
「あー、あれよ。この後の写真撮影に使う小道具」
『でもカメラマンは…』
「まぁまぁ!そんな事はどうでもいいのよ!じゃ後は頼んだわよ!」
「任せてー」
『……え、五条先生!?』
野薔薇は少しだけ扉を開くと体を滑り込ませるように中に入って行ってしまった。いつの間にか私の隣には五条先生が居て、いつもの目隠しではなくサングラスをしていた。その手にはやはり小さな花束が抱えられていた。
「二番手は恩師兼お父さん役の僕から」
『お、お父さん…?』
「そうそう。はい、腕組んで」
花束が小さいおかげで片手で持つことが出来た。そしてもう片手を五条先生の腕にかける。驚きが隠せないまま扉が開かれて視線を向けると、驚きの光景が広がっていた。
「やっと来たな。おっせぇぞ」
「すじこー」
「おっ、なかなか似合ってるなぁ」
「苗字さん綺麗だね〜」
「憂太、それ恵が一番に言いたいやつだ…」
「…あっ、ごめん…」
真希さんに狗巻先輩、パンダ先輩に乙骨先輩まで居て、他にも伊地知さんや新田さん、家入さんまで集まっていた。
『……みんな、』
「サプライズ成功?」
五条先生の言葉にずっと気になっていた事を聞くために口を開いた。
『みんな、………任務は?呪術師集まっちゃって平気?』
次の瞬間、一気に静寂が走った。そして怒られた。…心配しただけなのに。
「今日はそんなのどーだっていいんだよ!」
「おかか!すじこ!ツナ!」
「名前らしいっちゃあらしいけどな」
「ちゃんと有給取ってきたから平気だよ」
先輩たちの言葉に安堵すると、五条先生が少しだけ腕を引くから一歩前に出た。
「僕が案内するのはここまで」
『え?一歩だけなんですが?』
「あとは先輩達に連れて行ってもらってよ」
そう言って五条先生は私を真希さんの前に誘導した。すると彼女の手にも花束が握られていて渡される。
「本っ当にオマエ空気読めねぇなぁ…」
『ごめんなさい…、驚いちゃって』
「まぁいいや。ほら、次はパンダだぞ」
真希さんは私の背中を優しく押すとパンダ先輩が受け止めてくれた。そして花束が渡される。
「ああ見えて真希も楽しみにしてたんだぞ。名前の結婚式。御祝儀の中身後で確認してみろ」
「余計なこと言うなパンダ!」
「次は憂太だな」
パンダ先輩は私を導くと手が取られて顔を上げる。すると乙骨先輩が優しくリードしてくれた。流石、女誑し。
「結婚おめでとう」
『ありがとうございます』
「苗字さんの
指輪も凄く素敵だね」
『……はい、』
「最後は狗巻くんだね」
乙骨先輩は私に花束を渡すと狗巻先輩の前まで手を引いてくれた。すると狗巻先輩が私の手を握った。
「…すじこ、…いくら」
『……ありがとうございます』
「ツナツナ、…高菜」
『…先輩にはたくさん面倒かけちゃいました』
「おかか、…ツナマヨ」
『…はい、私も先輩大好きです』
零れそうになる涙を飲み込んで笑みを浮かべる。そして花束受け取り、伊地知さんや新田さんからも花束を受け取って顔を上げると、牧師の格好をした虎杖くんと恵くんがいた。
「苗字!はい!」
『ありがとう』
元気よく手渡された花束を受け取って恵くんに向き変える。珍しくセットされた髪型に高専でしてもらったプロポーズを思い出して少し泣きそうになった。
「……名前」
彼の手には花束では無く、4本の黒い薔薇だった。ここで黒い薔薇というのが恵くんらしい。
「…すげぇ綺麗」
『……私が?それとも花束が?』
恵くんがかっこよすぎてムカついたからちょっと意地悪をしたら髪型が崩れないようにしながら髪を撫でられて微笑まれた。…クソ、かっこいい。
「名前が」
『……恵くんもかっこよすぎてキレそう』
「それは良かった」
そう言って嬉しそうに笑うから何故か泣きたくなった。でも泣いたら折角野薔薇がメイクをしてくれたのに申し訳ない。眉間に力を入れて涙を堪えていると虎杖くんが迷ったように口を開いた。
「えっと…、俺何となくでここに立ってんだけどさ、牧師って何やんの?」
「オマエ…」
「…あ!あれだ!指輪の交換!」
『え、でも指輪は…』
すると恵くんがポケットから小さな箱を取り出してゆっくり開いた。その中には指輪がふたつ並んでいて目を見開く。
『恵くん…、これ、』
「結婚指輪」
恵くんは箱から取り出すと虎杖くんに箱を渡していた。不憫だ…。そして恵くんは手のひらを出すから花束片手で抱えて、その上に左手を重ねると指輪がゆっくり通された。
『………』
「名前?」
『……幸せすぎて、心臓が痛い、』
我慢してたのにポロポロと涙が流れて目の前が霞んだ。そしたら式に来てくれたみんなが笑い出すから余計に涙が零れた。
「ばーか。これからだろ」
『……うん、』
恵くんから指輪を受け取って彼の左手の薬指に通す。結婚なんてただの書類上の話だと思ってた。なのに、今はこんなにも心臓が痛くて、苦しくて、温かい。
『今までのが全部夢でしたって言われても、信じられるくらいに、私には勿体ないくらい、幸せ、』
「夢じゃねぇよ」
優しくそう言って私の涙を拭う恵くんの瞳にも薄ら膜が張っていた。腕の中にある花束をギュッと抱きしめたかったけど、潰したくなくてグッと我慢する。花束は色とりどりで眩しくて目の奥がチカチカする。どうしよう今すぐ大声で叫びたい。みんなにありがとうって、大好きだって。全部を伝えたい。
「えっとあとは〜…、もう分かんねぇから誓いのキスでいっか!」
「まぁ、神に誓う事なんてねぇしな」
『…そうだね、』
私達には、私達の神様がいるから。…なんて言ったら罰当たりかもしれないけど…。私の事が大嫌いな神様よりも、私を愛してくれる私の神様に誓った方が数百倍もいい。
「…名前、愛してる」
『私も恵くんのこと、誰よりも愛してる』
そうして笑いあって唇を重ねようとした時、野薔薇の声が響いてお互いに動きを止める。
「伏黒ー!アンタ男ならあれやりなさいよ!」
「…あれ?」
「お姫様抱っこ!」
「……はァ?」
野薔薇の言葉に恵くんは眉を寄せると、真希さんも野薔薇に乗って口を開いた。
「おぉ、いいな。よくテレビとかでやってんだろ。ウエディングドレスで姫抱き」
「こらこら野薔薇も真希もそんな事言っちゃダメだよ?」
意外にも真面目な対応をする五条先生に嫌な予感がした。この人がこういう事を言う時は大抵ろくな事じゃない。
「恵は力が無いんだから無理無理。筋力だって高専でビリに近かったでしょ〜?ここで恥をかかせるのは可哀想だよ〜」
「……………あ?」
『めっ、恵くん!落ち着いて!顔が怖いよ!』
「すじこ、いくら!」
「棘はできるみたいだぞ〜?どうする?恵ィ」
真希さんと狗巻先輩の煽りに隣からブチって音がした。慌てて恵くんに顔を向けようとした時、体が浮遊感に襲われた。
「俺だって余裕です」
「おー!それでこそ男だぞ!恵!」
「よくやった!伏黒のわりには!」
「伏黒、筋トレ頑張ってたもんな〜」
「恵ってば本っ当に煽り耐性0だよね〜」
「おらキスしろキスー!」
『の、野薔薇…』
酔っ払いのように声を上げる野薔薇に苦笑を浮かべると恵くんに名前を呼ばれる。ゆっくり顔を向けると唇が重ねられた。
『…………煽り耐性0だね』
「うるせぇ」
そう言ってもう一度重ねるとどこかで鐘の音が響いた気がした。みんなも沢山意地悪な事を言うけど、心は酷く優しくて温かいから全部許してしまうんだ。きっと、恵くんだってそれをわかってる。だから私達はこの場所がとても大好きで大切なんだ。
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