リクエスト消化 | ナノ

伏黒目線






普段冷たいと思われている俺でも好きになった奴はいた。いつも笑っているような奴でどんな奴にも分け隔てなく接する様な奴だった。クラスで完全に浮いていた俺にも物怖じせず話しかけてくるような変わった奴でもあった。



『伏黒くんは高校どこにするの?』

「呪術高専」

『……そんな高校あったっけ?』

「都立」

『……東京?』

「そう」

『じゃあ離れちゃうね。寂しいから連絡してもいい?』

「別にいいけど」





高校が違う事は分かっていた。俺が行くのは高専。会えなくなることも分かっていた。けれど苗字はこういう奴だから何処かで安心していた。



「あれ?伏黒最近元気なくね?」

「さぁ?」



突然連絡が来なくなった苗字に俺はどうすればいいのか分からなかった。今まで俺から連絡をした事は無くて、全て苗字からだった。何を送ればいいのかも、何を話せばいいのかも分からなかった。



「……釘崎」

「なによ」

「……久しぶりに連絡取る相手に、何を話せばいい」

「はァ?」




恥を忍んで釘崎に聞くと、何故か虎杖が楽しそうに声を上げた。




「そんなの普通に久しぶり!でいいんじゃね!?」

「俺がそんなこと言う奴に見えるか」

「んー…、見える!」

「オマエは俺がどんな極楽野郎に見えてんだよ」

「まずは相手よ。男?女?」

「……………女」

「女ァ!?はぁ!?伏黒のクセに生意気!」

「オマエが聞いたんだろ!」

「アドバイスしてあげてる相手に何よそれ!」

「何もアドバイスしてねぇだろ!」

「とりあえず電話してみれば〜?話なんてそっから始めれば良くね?」

「…………」




虎杖の言葉に俺はスマホを操作して着信をタップする。確かに苗字の事だ。何かしら話はあるだろう。




「……………」




耳に当てるとコール音も鳴らずに、通話終了音が流れて目を見開く。すると静かな教室だったせいで釘崎にまで聞こえたのか、釘崎も目を見開いていた。




「………アンタその子に何したのよ」

「……何もしてねぇよ」




そこで俺の行動は遅すぎた事に気付いた。




∴∴




二十歳になって成人式の便りが来た。その日は任務があって式には出られなかったが、どうしても同窓会には顔を出したかった。苗字と連絡が取れなくなってから4年。元気なら同窓会に顔を出すはずだ。アイツに何も無ければそれでいい。無事が確かめられればそれで。



「……………」




会場について扉を開けると、苗字の姿はすぐに見つかった。前よりも大人っぽくなった雰囲気に息が止まった。けれどここで立ち止まるわけにはいかない。




『久しぶりだね、伏黒くん。元気だった?』

「……そこそこ」

『そっか。私もそこそこ元気だったよ』





そう言って微笑む苗字に心臓が大きく跳ねた。無事なら、なんて半分は嘘だ。俺がただ苗字に会いたかっただけだ。



「苗字、次何飲む?」

『んー、私あんまり強くないから度数低いのがいいな』

「分かった」





苗字の答えによこしまな考えが過ぎる。普通のお茶にするか、それとも。…考え抜いて俺はロングアイランドアイスティーを苗字に渡す。以前、釘崎がこれで潰れたと言っていた。もちろん罪悪感はある。こんな卑怯な手しか使えない自分にも嫌気が差す。




「大丈夫か?」

『…ちょっと、ふわふわしてるかも…、あんまり飲んでないんだけどなぁ…』




そう言って苗字はまた手に持っているそれを口に含む。わざとらしくないようにコップを抜いて自分で飲み干すと喉がチリチリと熱かった。





「……帰るか」

『…ん?』




眠そうに瞬きする苗字の肩を抱いて、会場後にする。本当なら連絡先を聞ければよかった。酔っていれば簡単に教えてくれると思ったから。……半分は本当だ。




「家どこだ」

『…えっと〜…、…あれ、どこだっけ、…さいたまの、』

「それ前のじゃねぇの。今も実家なのか」

『……あ、違う…、いまは、…えっと、』

「…………」




タクシーを拾ってとりあえず俺の家を運転手に伝える。さっきの残り半分はこの可能性を考えなかったわけじゃない。





「水飲め」

『……んー…?』




家に着いてベッドに座らせて冷蔵庫から水を取り出して渡す。けれど苗字は両手で握るとゆっくりと俺を見上げた。その瞳が酒のせいで甘く下がっていて無意識に喉が鳴った。男は本当に単純だ。




『……伏黒くん?』

「そうだ。さっきから話してただろ」

『…伏黒くんだぁ、』




苗字は嬉しそうに笑うと水をベッドに放り投げて両手を伸ばす。まるで抱きしめてくれといわんばかりに。…コイツ他の奴にも同じことしてんじゃねぇだろうな。ゆっくりと隣に腰下ろして両手を伸ばすと苗字は楽しそうに腕の中に収まった。




『伏黒くんだぁ…、伏黒くん、』

「……勘弁してくれ」




甘い声を出す苗字に片手で顔を覆う。この可能性も望んではいた。けど実際にそうなると想像以上に焦る。




『伏黒くん、…、私ね、中学生の時から、伏黒くんの事好きだったんだぁ、』

「………は?」





突然の言葉に目を見開いて固まると苗字は体を少し離して俺を見上げた。




『……伏黒くん、キスしたい』

「……は、おい、」

『キスしたい…、』




そう言って苗字は俺の胸元に額を擦り付けるように動かした。コイツこんな子供っぽかったか。つーか、どういう事だ。は?意味がわかんねぇ。



「………オマエ、」

『わたしっ、本当はっ、中学生の時から、伏黒くんのことが、好きでっ、』

「………………」




苗字は俺の首裏に腕を回して子供のようにボロボロと涙を流した。鼻声で好きだと言い続ける苗字に思考が止まる。…好きだった?ならあの着信拒否は何なんだ。……いや、今はどうでもいい。どうでも良くは無いが、とりあえず今は置いておく。




『好きなんだもん〜…、仕方ないじゃんか〜…、』

「………苗字、」





体を離して顔を合わせると苗字の顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃだった。化粧が落ちて少しだけ中学の時の苗字が垣間見えて少し笑えた。




「……俺が好きなのか。今も」

『今もっ、好き…、』

「……俺も、中学の時から苗字が好きだった」




俺がそう言うと苗字は一瞬目を見開いて、ゆっくりと嬉しそうに笑った。心臓がすげぇデカい音を鳴らしてる。けど、ここで引いたらまた後悔するのは分かってた。




「俺と、付き合ってくれ」

『…うんっ、』




涙を流しながら頷く苗字を抱きしめると腹の辺りがなんか、こう、グッてなった。けど苦しい感じじゃない。唇を一度だけ合わせて離すと苗字の瞳には涙が溜まっているせいか輝いて見えた。




『アッ、…伏黒くっ、』

「ッ、」





腰を動かすと俺の下で苗字が艶めかしく腰を揺らした。その姿に喉が鳴る。夢にまで見た光景に腰が勝手に動く。




『待ってっ、…ンッ、伏黒くんっ、ァ、』

「苗字ッ」




首筋に吸い付くと背中に回された腕に力が込められた。




『痕っ、残さないでっ、』




その言葉に軽く吸って仕方なく唇を離す。そのまま唇を重ねると苗字のナカがギュッと締まった。




∴∴




苗字と付き合ってから数年経っても、ふたりで出かけることは無かった。元々俺は出かけるのが好きではないし、何よりふたりで居るのを邪魔されたくなかった。苗字も何も言わないから特に不満はないのかもしれない。





「………うるせぇ、」





苗字と眠っているとスマホが着信を告げていて体を起こして電話に出ると釘崎だった。……無視すれば良かったか。



「……もしもし」

「ちょっと!今何時だと思ってんの!?ワンコールで出なさいよ!」

「…ワンコールは無理だろ」

「はァ!?私の電話なんだから出なさいよ!」

「何の用だよ」





朝早ぇのに元気だなコイツ。と思いながらガシガシと寝ぼけた頭を掻く。寒いと思ったら服を着てなかった。昨日してそのままだったか。釘崎の内容は任務に俺も行く事になったらしい。面倒だが仕方ない。電話を切り、既に服を着ている苗字の腕を掴んで引き寄せる。けれど口元が覆われて唇を重ねる事は叶わなかった。



『すぐ行かないとなんでしょ?』

「…少しは時間ある」

『駄目。私ももう出ないと』

「まだ始発も出てない」

『タクシー捕まえる』




何故か苗字はいつも鞄からコロコロを取り出してベッドを掃除する。意外と綺麗好きな事に驚いた事を今も覚えてる。正直俺はそれが好きじゃない。まるで自分が居た形跡を消すようだから。



『じゃあね』

「駅まで送る」

『いいよ。すぐそこだから』




床に落ちている服を拾って身につけていると、苗字は部屋から出て行ってしまった。慌てて服を着て外に出て追いかける。意外と歩くのが速いことも最近知った。




「………アイツ、」




駅に着くと苗字は男とタクシーに乗っていた。その事にもムカついたが、気になったのは男の方だった。何処かで見た事がある気がする。けれど思い出せない。それに嫌な予感がした。


∴∴



前回のを糧に早めに準備をして苗字を駅まで送っていると、意外と寒くてマフラーに顔を埋める。そのまま視線を前に向けると釘崎が立っていた。



「…釘崎?」

「なんであんたがここに居るの?」

「俺ん家そこだから」

「いい所住んでるのね。ムカつく」





ムカつくも何もオマエだっていい所住んでんだろ。呪術師は払いがいい。その分危険も伴うけどな。釘崎と話していると不意に気になって後ろを見ると苗字の姿が無かった。



「なに?噂の彼女?」

「そう」

「伏黒と付き合ってくれる女の子が居るなんてねぇ〜」

「うるせぇよ」





スマホを取り出してメッセージを送る。早い時間とはいえ夜だ。…いや、苗字がもしかしたらあの男に会いに行くんじゃねぇかって少し疑ってしまっている部分もある。それに今日言われて思い出した。田中…、苗字を呪ってた奴だ。呪ってたとはいっても四級に満たない雑魚だ。その度に俺が呪力で祓っていたから問題無いと思っていた。俺は焦りながら苗字の返信を待つ。




「…………は、」

「なによ」



ーー終わりにしよう





その言葉に頭が真っ白になった。返事をするのを忘れて走り出す。駅に着いてホームに入っても苗字の姿は無かった。



「クソッ…!」



電話をかけても通話終了が流れ、嫌な汗が背中を伝った。汗を流す程の距離を走ったわけでも、今が夏なわけでもない。苗字の家に向かおうと思って足を動かしたが、すぐに足が止まる。




「………」




俺は、苗字の事を何も知らない事を今やっと知った。



∴∴




「んでフラれたの?」

「……フラれてねぇ」

「終わりにしようは別れようでしょ?」

「…………」



釘崎の言葉にグッと唇を噛む。すると虎杖がチャイムを鳴らして俺の部屋に入ってきた。チャイムの意味がねぇんだよ。




「伏黒が傷心ってまじ?」

「そう。彼女にフラれたらしいわよ」

「え、まじか。結構続いてなかったっけ?」

「……3年」

「まぁ3年って別れるって言うわよね」

「どうすんの?諦めんの?」

「諦めるも何も、コイツ彼女の家も知らないのよ」

「………え、」




虎杖の引いた声に眉が寄る。仕方ねぇだろ。付き合えたのが嬉しくて安心してたんだよ。自分らしくない事も分かってる。それでも仕方ねぇだろ。嬉しかったんだ。





「中学の時から好きだったんだろ?」

「拗らせてるわね」

「………うるせぇ、」

「キレがない。本格的にヤバそうね」

「とりあえずどうする?連絡手段ねぇんだろ?」

「家も分からないって何で聞かないわけ?」

「……聞くの忘れてたんだよ」

「意味分かんない」





釘崎のハッキリとした物言いに小さく舌打ちをすると、頭が叩かれた。痛てぇな。





「まぁ、探すしかねぇよな…」

「でもそれって一歩間違えたらストーカーよ」

「え、伏黒ストーカーなの?」

「違ぇよ」

「でも探すしかないわね。それとも諦める?」

「……諦めるわけねぇだろ。諦めるにしても一回話す」

「よし!んじゃ探索開始!」




何だかんだ言いながら手を貸すコイツらは良い奴だと再認識させられた。



∴∴




「……あ?」





任務帰りに何となく歩いて帰っていると、昔感じたことのある呪力を感じて眉を寄せる。チラリと顔を上げるとそこは病院で首を傾げる。




「…………………これ、」




ふとまた感じた呪力を思い出す。中学の時に苗字を呪っていたやつだ。駆け出して特に大きな呪力を感じる場所を鵺で登る。運良く空いていた窓枠に手をかけて乗り込み、男の体を蹴り飛ばす。久しぶりの苗字の姿に目を見開く。



「…やっと見つけた」

『伏黒、くん…?』




苗字の肩には呪霊が乗っていて眉を寄せる。随分と育てたものだ。つーか勝手に呪ってんじゃねぇ。呪力を当てて祓うと突然軽くなった肩に重心がズレたのか苗字はふらついた。そのまま抱きとめると少し細くなった肩に目を細める。





『…え、』

「それじゃあ苗字見つけたし俺は帰る」




まぁそれで納得するなら呪ってねぇって話だ。けどただの一般人と呪術師の差なんて赤子とプロレスラーくらいの差がある。田中って名前らしい男の頬を殴ると腕の中で苗字の体がビクリと揺れてマズった、と少し冷や汗をかく。





「執拗い」

「オマエなんかより俺の方がっ、ずっと…!ずっと前から…!」

「おおそうだな、先輩」




惚れた年月で全てが決まるなら俺の完敗だ。でも世界はそんなに簡単じゃない。それにオマエなんかより俺の方が苗字を好きだし愛してる。悪いけど、コイツだけは譲れない。それに俺はこれから苗字に聞くことが沢山あるんだ。まぁ、あれだ。諦めろ先輩。





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