伏黒目線
ふしあわせの緩衝材 からの伏黒目線です。
名前と久しぶりに出かける事ができて、ふたりで公園で過ごしいていると知らない女の声がして名前を呼んだ。
「苗字?」
「うっわ、苗字じゃん」
悪意の込められた言い方に眉が寄るのが分かった。何となく名前に視線を向けると以前の様な笑みを浮かべていた。
『…久しぶりだね』
「なに?また男連れてんの?」
「さっすが〜」
「その人なに?まさか彼氏?」
見て分からないのか、それとも見ても理解が出来ない馬鹿なのか。普段ならここまでの事は思わないが、何せ名前に対しての敵対感に腹が立つ。
『この人は、高校の同期なの』
「…………」
「ふーん。まぁ誰でもいいけど」
「アンタの事だからまた男奪ったのかと思った」
俺は彼氏じゃないのか。なら俺は何なんだ。ただの同期か。俺はそんなのになった覚えはない。ズシリと腹の辺りが嫌に重くなるのを感じる。こんな考えが浮かぶ自分が嫌になる。やっぱり呪術師はイカれている。
∴∴
「…あれ?」
「あ?」
「この間の…」
任務帰りに本屋に寄ると知らない女に声をかけられた。知らねぇ奴の相手するのも面倒だと思い無視しようとした時、腕が掴まれた。触んなよ。
「この間、苗字と一緒に居たよね?」
「はァ?誰だよオマエ」
「公園で会ったじゃん!」
「公園……、あぁ、あん時の…」
いいチャンスだと思った。考えるだけで終わりにしようとしていた事が実行出来る。
「んで何だよ」
「これから暇?一緒にご飯行かない?」
「……飯は面倒くせェから無理。歩いて話すくらいなら」
「じゃ話そ!」
そう言って本屋を出てどうでもいい話に適当に相槌を打つ。つーか何の話かも聞いてねぇ。興味ねぇし。
「こんなところに高校あるんだ〜」
「じゃあな」
「えっ!ちょっと…!」
「ここに来れば話す。じゃあな」
それだけ伝えて寮に戻る。あの感じだと名前にただ嫌がらせをしたいだけだろ。なら手伝ってやるから高専まで来い。
『わぁ!凄い!狗巻先輩器用ですね!』
「すじこ」
『スコップでジャグリングなんて…!』
寮に向かう途中に名前の声がして中庭に視線を向けた。すると狗巻先輩は何故か演芸用の小さなスコップでジャグリングをしていた。それだけなら何やってんだと呆れて終われた。
けれど狗巻先輩の隣に居る名前はキラキラと瞳を輝かせていた。その事にまた腸が酷く熱くなった。先輩はきっとまだ名前の事が好きだ。ただ俺の事は割り切っているようだった。だから本当に名前とどうこうなろうということではないだろう。けれどそんなのは関係ない。男であろうと女であろうと、アイツの隣に居ていいのは俺だ。
「………汚ねぇ」
小さく零して視線を前に移して寮を目指した。その間にも聞きたくもない声が脳を揺らすから足を早めた。
∴∴
「でね〜?この間も〜」
「…………」
よくもまぁ俺が反応しないのに話ができるもんだ。でもこれからの事を考えると楽しさの方が勝る。勝手に上がりそうになる口角を必死に抑えていると虎杖がこっちに駆け寄ってきた。
「あれ?伏黒?」
「虎杖か」
「何してんのー…っていうか誰?」
ちょうどいい。このまま俺も教室に戻る。虎杖は不思議そうに眉を寄せて首を傾げていた。
「……え、」
「教室戻んのか?」
「あ、うん…戻るけど…」
「なら俺も戻る」
「え?…い、いいの?そっちの人…」
「別にいい」
「えぇ…?」
興味無いしな。お互いに利用しあっているだけの関係だ。
「なぁなぁ、これどういう状況?」
「さぁな」
「なんで伏黒は楽しそうなの?」
「別に普通だろ」
「鏡見てみ?すげぇ嬉しそうだよ?告られでもしたの?」
「……まぁ悪い気分ではねぇな」
「ねぇ本当に大丈夫?また別れたりしないよね?」
虎杖は冷や汗を流して俺の顔を覗き込んでいた。何で虎杖が焦っているのかは分からないがまぁ、今の俺は機嫌がいい。
「……潮時かもな」
「……………え、」
そろそろアイツの方が限界を迎えてくれそうだ。
∴∴
『…機嫌良さそうだね』
「まぁな」
教室に戻ると名前は少し機嫌が悪そうに俺を見上げていた。緩む頬を隠すために視線を逸らす。
「俺今から任務あるから」
「いってらっしゃーい!」
『…いってらっしゃい』
教室を出て任務に向かう。あの女には数時間後にもう一度来るように伝えてある。
「あっ!ちゃんと来たよー!」
任務終わりに高専の門に向かうと女は時間通りに待っていた。チラリと校舎を見上げると名前が歩いているのが見えて口角が上がる。
「……え?」
「じゃあな」
一度だけ女の髪を撫でて少ししてから何も言わずに女に背を向ける。もう会うことも無いだろうしな。上がる口角を右手で覆いながら思う。呪術師はイカれていると。
「あ、伏黒」
「釘崎か」
「任務帰り?」
「おう」
チラリと釘崎の手元を見ると紙袋が握られていた。釘崎も俺が見ていることに気付いたのか紙袋を持ち上げた。
「新しい香水買ったの」
「………」
「は?何手首出してんの?」
「つけてくれんじゃねぇのか」
「これ女物だけど」
ジッと釘崎を見ると、諦めたのか1度だけ俺の手首に香水をかける。確かに甘ったるい匂いだ。
『……恵くん』
部屋でダラダラしていると扉の外から名前の声がして口角が上がる。
「どうかしたか?」
『少しだけ話がしたくて』
部屋に招き入れてお茶を出すと名前はお礼を言う為に口を開いたが、すぐに俺をベッドに組み引いた。
「名前?」
『……………恵くん、今日何してたの?』
「任務だって言っただろ」
『その後だよ。任務から帰ってきたあとの話』
「………別に何もしてねぇよ」
自分でも狂ってると思う。怒りに満ちた瞳に歓喜を感じているなんて。
『っ、』
「そんなに噛んだら唇切れるぞ」
ギリッと音を立てて噛む名前の唇を撫でると、名前の酷く冷えた手が喉元に当てられる。
「………名前」
早く俺の元に堕ちて来てくれ。狂うならオマエとがいい。俺だけだと言ってくれ。俺だけに愛されたいと。俺だけが居ればいいと。俺と一緒に狂ってくれ。
『…………』
名前の嫉妬に満ちた瞳に背中がビリビリと電気が走ったように痺れた。行動じゃ足りない。言葉じゃ足りない。呪いなんかじゃ足りない。もっと深く、もっと確実に、もっと貪欲に、どこまでも俺と一緒に堕ちてくれ
「………フッ、」
『………………………なんで、笑ってるの』
五条先生の瞳よりもずっと宝石のような瞳に心臓が跳ねる。それに反して自分の黒い心が酷く汚い様に見えた。名前は自分が重いと言ったが、余っ程俺の方が重たい。叶うなら、俺の重さで堕ちてくれ。
2021.03.13
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