ご都合呪術
「……………は?」
「……誰だよアンタ」
任務終わりに伊地知が待つ車に乗ろうとした時、足元に真っ白な髪をした子供がいた。でもこの子供の目付きがどこかで見た事がある気がした。
「えっと…その子は?」
「知らない。伊地知知らないの?」
「私も存じ上げないです…」
「……君なんでここに居るの?親は?」
仕方なくしゃがみ込んで面倒臭さを隠さずに質問すると子供は眉を寄せて顎を少し上げて威圧的な態度だった。
「話しかけんなよ」
「……………あ?」
子供特有の高い声でそう言われピキリと額に青筋が浮かぶのが分かった。伊地知は慌てていたけど流石の僕も子供には手をあげない。
「………あー、面倒臭せぇけどとりあえず高専に連れて行くしかないね」
「そ、そうですね…」
「ほら車乗って」
意外にも子供は素直に車に乗ると外を眺めていた。つーか、コイツなんで山奥なんかに居たわけ?親は。
「迷子って交番?」
「基本的にはそうですね」
「君、名前は?」
「はァ?なんでオマエに教えないといけないんだよ。ヘンテコ目隠し」
「……………」
「五条さんっ!落ち着いて!」
「五条は俺だけど」
「…は?」
「……え?」
子供は首を傾げながら眉を寄せていた。まぁ五条なんてそんなに珍しい苗字ではない。会ったことないけど。
「……五条って、もしかして五条さん…」
「隠し子じゃないから」
「でもその髪色と瞳の色…」
「……………」
この子供、どこかで見たと思ったら自分だ。髪の色と瞳の色が僕と同じだ。でも僕は結婚した覚えもなければ名前以外、生でヤった覚えもないし、ここ10年は名前以外抱いてない。この子供は見たところ5.6歳って所だ。僕の子じゃない。
「……名前は?」
「だから五条だって言ってんだろ。オッサン」
「………………」
本っ当に可愛くねぇなこのガキ。しかも小さな声で伊地知が五条さんにそっくりって言ってやがった。後でマジビンタだな。
「高専に着きました…」
「……とりあえずこの子は預かっておくよ。聞くこともあるしね」
「お疲れ様です」
言動に伴わず行動は素直なこの子は僕の後をついてきた。そのまま部屋を目指していると正面から悠仁立ち1年生が現れて思わず背中に子供を隠す。
「あっ!五条先生ー!」
「3人共おつかれー」
「……なんか動き変じゃないですか」
「カニ歩きね」
「何?新しい遊び?」
恵の一言に悠仁と野薔薇まで首を傾げ始めた。内心焦りながら早く立ち去る為に身体を動かすと背中で声がした。
「触んな」
「…え?」
「は?」
「お?」
顰めっ面で僕を睨みあげる子供は僕の足を踏んでいた。無下限だから届いてないけど。
「……五条先生」
「……アンタ遂にやらかしたのね」
「先生の子供!?そっくり!」
「僕の子じゃないよ!」
「はァ?ここまで似ててそれは無理がありますよ」
「いや本当に違うんだって!」
恵はドン引きした顔をして僕から距離を取った。免罪だ。ここまで引かれたのは初めてかもしれない。
「恵じゃん」
「あ?」
「伏黒この子と知り合いなの?」
「しかも呼び捨てじゃん!」
「…いや、知らねぇ」
子供は指を差しながら恵の名前を呼んだ。訳が分からなくなってきた。とりあえず面倒臭いから恵に任せよっかな。
「じゃあ後は宜しくね」
「はァ!?アンタの子でしょ!?五条先生が面倒見てくださいよ!」
「でも恵の事知ってるみたいだし」
そう言って背を向けようとした時、後ろから名前の声がして冷や汗が溢れ出た。見つかったら絶対に勘違いされる。
『あ、伏黒くん!』
「苗字さん?」
『車に忘れ物あったよ』
「すみません」
『…………なにカニ歩きしてんの?』
「マイブーム」
恵に忘れ物を手渡すと名前は僕をジト目で見ていた。背中に隠した子供が暴れているのが分かる。
「母さん!」
『へ?』
「は?」
「え?」
「お?」
「……………あ?」
子供は僕の背中から顔を出し、名前に駆け寄ると抱きついた。名前は反射的なのかしゃがみ込んで抱きしめていたけど顔は驚いていた。
『……えっと?』
「いつの間に子供産んだの?僕に何も言わず?誰の子?僕の子だよね?他の奴ならどこの誰の子?いつヤったの?僕が居たのに?いつ?」
『怖いし産んだ覚えないっつーの!』
ジリジリ詰め寄って問い詰めると名前は眉を寄せて子供を抱き上げて距離を取った。
『つーかアンタの子じゃないの?髪も瞳もそっくりじゃん。………隠し子?』
「それ本気で言ってるなら今すぐこの場で犯すよ」
『きもい!』
名前がそう言うと子供はさっきまでのふてぶてしい顔とは打って変わって瞳に涙を浮かべて甘える様な声を出していた。
「…母さん、僕、あの人怖い、」
『怖がってるからオマエ離れろ』
「は?さっきまで普通にしてたじゃん」
「…怖い、」
名前に抱きついた子供の頭を撫でながら名前は僕をジト目で睨んだ。オマエ気付いてないけどそのガキ笑ってるからな。僕の方見て。ガキらしからぬ嘲笑で。
『迷子って交番?』
「なら俺達連れていきましょうか?これから3人でコンビニ行こうってなってたんで」
『え?本当?』
悠仁の申し出に名前はパチパチと瞬きをして、両手を伸ばした悠仁に向かって子供を渡そうとしたけど、高い声が響いて動きを止めた。
「やだぁ!僕母さんと居る!」
『いや、あの、私は君のお母さんじゃ…』
「………一緒に居てくれないの?」
キュルキュルと鳴りそうなほど瞳に涙を浮かべるガキに青筋が浮かぶ。絶対嘘に決まってんだろ。
『………とりあえず落ち着くまで一緒に居よっか』
「うんっ!」
「はァ?」
『だってこんな小さい子を1人にしておけないでしょ』
「ソイツなら平気でしょ」
『なんでそんなこと言うの』
眉を寄せて僕を睨む名前の腕の中でガキは僕を見てニヤーっと笑っていた。…このクソガキ。
「……………」
『え!上手!』
「本当!?」
『本当!そっくり!絵上手だねぇ!』
悠仁達はコンビニに向かい、僕達は職員室で子供のお守りをさせられていた。
『お母さんとお父さんってどんな人?』
「母さんはね、すっごい可愛いよ。優しいし」
『へぇー!』
「……父さんは、…うるさい」
『う、うるさい…』
「母さんを困らせてばっかり。仕事行きたくないとか、キスしてくれないと嫌だとか、いい歳して恥ずかしい」
『し、辛辣だね…』
なんか言い方がまるで僕に言ってるみたいでムカついたんだけど。そんなこと僕はしないし。
「だから父さんが長期の仕事で居ない時は母さんを独り占めできるから嬉しい」
『家庭環境大丈夫なんだよね…?』
「まぁ特殊だけど平気」
口を動かしながら器用に絵を描いていく子供をジーッと見ていると不意に視線が交わってフンッと鼻が鳴らされた。本気で可愛くないんだけど。誰?コイツ育てたので。教育がなってないんじゃない?親の顔が見てみたいもんだ。
『この髪色は生まれつき?』
「そう。母さんは気に入ってるって。だから僕も気に入ってる」
『確かに凄く綺麗だね』
「僕だって生まれつきなんですけどー?」
『あーはいはい』
「この目も周りと違うけど母さんが綺麗で大好きだって言ってた」
そう言った子供の顔は今までと違って、年相応の子供の様に笑っていた。つーかマザコン過ぎだろ。
「将来母さんと結婚するんだ」
「は?無理だろ」
「無理じゃない。母さんと結婚する」
「血繋がってるのに結婚出来るわけないでしょ」
べーっと舌を出してそう言うと名前に睨まれた。だって本当のことだし。この子供せいで名前とイチャイチャ出来ない。早く交番行けよ。
『そういえばお名前聞いてなかったね』
「五条だよ」
『…………ん?』
「僕の苗字は五条。母さんは五条名前で、認めたくないけど父さんは五条悟」
『……………』
「僕の方見られても知らないから。こう見えて僕も驚いてんだよ?」
でも子供に嘘をついた様な感じは無い。つまり、僕達の子供ということだ。だって僕も名前も名前を教えてない。
「このガキが僕の子供?」
『言い方が酷い』
「だってクソ生意気じゃん」
『アンタもそうだったでしょ。というか今もそうでしょ』
「……………」
「硝子さんはそっくりって言ってた」
『硝子さんのことまで知ってるの?』
「うん。たまに家に来るし」
これは本当に僕達の子供だ。何が理由でこうなったのかは分からないけど、髪色に瞳の色。そして教えてない事を知ってる。会ってもない硝子のことを知ってるって事は認めるしかない。
「…って事はさっきの父親って僕の事?」
「仕事行きたくないって言うじゃん」
『確かに今も言ってる』
ウンウンと頷く名前の頬を引っ張ると痛がってはいたけど、子供の前だからなのか刃物は出してこなかった。
「僕達結婚してるって事じゃん」
『………え、』
「は?何嫌な顔してんの」
『絶対苦労するじゃん…』
「僕と結婚できるなら幸せ以外の何物でもないでしょ」
『は〜…、相手、五条悟なの…?』
大きな溜息を吐いて絶望する名前の首筋に噛み付くと反射的に殴られたからその手を受け止める。
『DVだ!』
「僕が殴られそうになってたけどね」
「母さん大丈夫?」
『………似てるのに可愛さが段違い』
「顔の9割僕だからね?」
『内面の違いか〜』
内面の違い?僕より余っ程このガキの方がタチが悪い。今だってニヤニヤと僕を見上げている。
「ねー、名前〜…、僕任務終わりなんだけどー、甘やかしてよ〜…」
『ちょ、邪魔』
名前の背中に抱きつくと酷い言葉が返ってきた。それでもそのまま抱きついて後ろから頬にキスを落とす。すると子供は眉を寄せていた。
「僕達は夫婦だからキスしていいんだよ〜」
『夫婦じゃないけどな』
「将来的には夫婦でしょ?」
『残念な事に』
「はァー?」
無理矢理顎を掴んで唇を重ねようとした時、小さな呪力を感じて顔を向ける。
「あ、時間だ」
『時間…?』
「うん。元の時間に戻らないと」
「さっさと帰れ〜」
『悟』
「………はーい」
名前に咎められて口を閉じる。多分、僕に呪術がかかったせいでこの子供がこの時間に来てしまったんだろうな。その効果も切れ始めたって感じだ。
「それじゃ、またね母さん」
『……うん、またね』
「父さんも母さん困らせんなよ」
「困らせてないし。名前も喜んでるし」
『子供に説教される三十路』
「うるせぇ」
名前はケラケラと笑って、子供の髪を撫でていた。気持ち良さそうに瞼を閉じる姿に目を細める。
「父さんはどうしようもない奴だけど、いざって時は父親らしいから好きだよ」
「…………あっそ」
『照れてる』
「本当黙って」
「まぁ母さんの方が何十倍も好きだけど」
子供は僕と名前の手を片方ずつ取ると子供らしい笑顔で笑った。
「早く俺に会いに来てね」
「それは名前次第かな」
『……うん、ちょっとだけ待ってて』
「俺、ふたりがつけてくれた名前気に入ってんだよ」
子供が口を開こうとした瞬間、弾けるように消えた。名前は目を見開いてゆっくり肩を落としていた。
『……なんか、寂しいかも、』
小さく呟いた名前は腕を上にあげて背筋を伸ばすと息を吐いて立ち上がった。
『よしっ!帰るか!』
「…そうだね」
名前の手を絡め取って唇を重ね、額を合わせる。名前は眉を寄せて僕を睨んだ。
『………なに?』
「早く会いに来てって言われちゃったからね。今夜頑張ろっか」
『………寝言は寝て言え』
否定はしない名前に小さく笑うと、大きな舌打ちが返されてまた笑った。名前の照れ隠しはわかりやすい。本人は隠してるつもりだろうけど。まぁ、子供は得意じゃないけど、あのクソガキは嫌いじゃないからね。
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