嫉妬
『あー…、任務辛ッ!』
「僕よりは楽なんだから頑張ってよ」
『はァ?特級と一緒にすんなよ』
「あーはいはい。機嫌悪いねぇ。というか今授業中なんだけど」
『私も授業中ですけどー?』
中庭で真希や虎杖くんたちが組手をしているのを眺めながら悟に愚痴ると慰めてくれなかった。そんなんだから傑の方がモテるんだよ。
「この時間、2年は座学だよね?なんの権限があって体術にしてんの」
『副担任の権限ですけどー?』
「日下部先生は?」
『任務でーす』
悟は面倒臭そうに眉を寄せながら溜息を吐いた。悟にそんな顔される筋合いはない。いつもコイツの尻拭いをしているのが誰だと思ってるんだ。伊地知だぞ。
『はぁ〜…、呪術師辞めたい〜』
「ならさっさと結婚すれば?」
『はァ?誰と?』
「恵と」
『相手高校生ぞ?犯罪ぞ?』
「てか面倒臭いからどっか行ってくんない?」
『はぁ〜!?』
「さっきからうるせぇよ。オマエら」
『あ、真希』
悟に両手で掴みかかろうと両手を上げた時、真希に叱られてしまった。後ろを見ると虎杖くんが倒れていた。呪具ありじゃまだ真希に勝てなかったか。
『真希〜…、私の任務行ってよ〜。真希なら余裕でこなせるからさ〜』
「名前の任務だろ。自分で行け」
「しゃけ」
『ちょっとは優しくしてよ!先生疲れちゃったの!』
「高菜、いくら」
『棘、今なんて言った?怒らないから言ってごらん?』
「すじこ」
『社畜って言ったろ!社畜舐めんなよ!社畜の呪術師は金持ってるんだぞ!』
ムカついて悟を蹴ると無下限のせいで届かなかった。でもある意味いいサンドバッグだ。調子乗って蹴っては殴りを繰り返してると背負い投げされて背中を打った。呪力で守ったから痛くないけどバタバタと両手両足を動かす。
『本当に疲れたの〜!働きたくない〜!悟が代わりに任務行ってよ〜!オマエが行けば一瞬で終わるじゃん!』
「僕忙しいの。名前と違って」
『嫌だー!行ってくれないなら金寄越せー!私を部屋まで運べー!私の為にウーバーイーツを呼べー!』
「はいはい。じゃあ次の組み合わせにせるよー」
『こういう時だけ真面目に授業するなよー!同期を労われよー!慰めろよー!』
2年の冷たい視線を感じながら叫ぶと砂を踏む音がして顔を向けると1年が私を見下ろしていた。何でもなかった様にスっと立ち上がる。
『どうかした?』
「オマエだよ。よくあそこまで駄々こねてたのにきめ顔出来るね。僕でも流石に無理だよ」
虎杖くんと釘崎さんは私を見てコソコソと話始めていた。でも残念ながら聞こえてる。
「やっぱ五条先生の同期って変わってんだな」
「そりゃ五条先生と4年間居たんだからそうでしょ」
『おーい、聞こえてるー』
すると恵が私を見下ろすから首を傾げると、恵は眉を寄せて小さく舌打ちをした。…反抗期?
『反抗期?どうした?お腹すいちゃったか?』
「…子供扱いしないでください」
『子供扱いも何も子供でしょ。10代の内はみんな子供』
「…………」
私の言葉に恵はまた大きく舌打ちをして虎杖くんの首根っこを掴み離れると組手を始めてしまった。情緒不安定か?私が言えたことじゃないけど。
∴∴∴
『悟ー!』
「なにー?」
『あ、やっぱなんでもない!資料あった!』
名前さんはことある事に五条先生を頼る。まぁ同期だし仕方ないっていうのは分かってる。頭では。
『疲れたー…、甘いの持ってないの…』
「あるけど名前の分はない」
『は?うざ』
分かっているけど、それでもムカつくものはムカつく。俺には一切甘えないくせに。五条先生の事を色々言っておきながら結局はあの人を頼る。
「名前さん」
『んー?どうしたー?』
「俺に手伝えることありますか」
『手伝えること…?……いや特にない。大丈夫だよ。ありがとう』
名前さんはそう言って微笑むけど、俺は頼って欲しいんだ。気を使って欲しいわけじゃない。でも俺と名前さんは付き合ってるわけじゃない。俺は今すぐにでも付き合って自分のものだと言いたいけど、この人は何かと体裁を気にする。しかもそれが自分のじゃなくて俺の事を思っての事だから何も言えなくなってしまう。
「……名前さん、」
『なに?』
「ちょっといいですか?」
『いいよー』
放課後、廊下を歩いていた名前さんを捕まえて二者面談の様に教室で正面に腰を下ろす。
『何かあった?』
「……少し、相談があって」
『相談…!?』
この人のことは俺がよくわかってる。姉貴ぶる所とか先輩風とか教師ぶりたいこの人は相談とか頼られることに弱い。今だって嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせている。素直に可愛い。
『相談って…!?なになに!?私がなんでも聞いてあげる!』
「年上の人に甘えてもらうためにはどうしたらいいと思いますか」
『……へ?』
「友達の話なんですけど」
『……あ、あぁ!なるほどね!友達ね!』
「友達の好きな人が年上の人らしくて…。友達はその人に甘えて欲しいらしいんですけど、どうやって言えば甘えてくれるのかが分からないって言ってて」
『なるほど…』
名前さんは最初こそ慌てど、すぐに俺の言葉を信じたのか真面目腐った顔をして右手を顎に当てて頭を捻り出した。…馬鹿だな。
『……そのお友達と相手は付き合ってるの?』
「告白したけど保留にされたみたいです」
『あー…、難しいね…』
「……本当にな」
自分で言っておいて何だが、ムカついてきた。何真面目に考えてんだよ。アンタの事だわ。
『んー、年上に甘えてもらう方法…、』
「…名前さんなら、どうしてくれたら甘えようと思いますか」
『私?…私かぁ…、』
「なにして欲しいとか…」
『…………甘えてくれたら、甘えられるかも』
「…………は?」
『相手が甘えてくれたら甘やかすフリして甘えられるかも』
「…………………例えば?」
『私なら両手を握ってもらってあざとく上目遣いで首を傾げて疲れちゃったから慰めて≠チて言って欲しいかな』
「………………」
難易度が高すぎる。何言ってんだこの人。そんなのただの五条先生じゃねぇか。なんで名前さんに甘えて欲しいのに俺が甘えないといけねぇんだ。
『そんな事してくれたらイチコロだなぁ。その人しか見えなくなっちゃう』
「………………」
そんな事言われたらやるしかねぇだろ。俺は机の上に置かれている名前さんの両手を取って顔の下辺りに移動させて恥ずかしさを噛み殺して首を傾げて名前さんの顔を覗き込む。
「…あ、…、甘やかして、…ください、」
『………………………ブフッ…!』
「……は?」
名前さんは吹き出し顔を背けて笑っていた。……馬鹿にしてただけかよ。
『違う違うっ!怒らないで!』
「…もういいです」
『私に見て欲しくて頑張ってる恵が可愛くて…!』
「………………もしかして」
『最初から分かってたよ。流石に気付くって』
名前さんは目尻に浮かんだ涙を拭うとそう言った。最初から分かってて相談乗ってたのかよ。やっぱりこの人も五条先生の同期だ。
『悟にムカついてたでしょ』
「………………すみません」
『ん?なんで?』
「アンタの邪魔しないって、言ったので、」
『邪魔してないじゃん。恵は私の仕事の邪魔した?』
「………してません、けど、」
『今だって相談だからね。邪魔なんかじゃないよ』
そう言って名前さんは俺の髪を撫でるとふわりと笑った。こういう時に年の差を感じる。気にしないようにしていても、ふとした時に感じてしまう。
『恵が本当に言いたいのは?』
「……え、」
『もう定時だから私は先生終了してるよ。今はただの高専に所属してる呪術師だけど』
「……………」
『まぁだからって恵の彼女なわけでもないけど』
「…………………」
本当に五条先生の同期だ。最後のは言う必要があったのか。俺は今すぐにでも付き合いたいのに。勝手な理由で先延ばしにしているのはそっちだ。…それも俺の為だから言えなくなってしまう。
『言ってみてよ恵。さっきみたいに』
「……言ったら、どうするんですか」
『それは恵次第かな〜』
挑発的な笑みを浮かべる名前さんにムカついて、さっきと同じ様に手のひらを包み込んでその手に唇を落とす。そしたら名前さんが少し驚いた声を出すから少しスカッとした。そのまま首を傾げて顔を覗き込む。
「……俺だけ見てください」
『………………そんなのどこで覚えてくるの…』
「どうでした?」
『……恵しか見れなくなっちゃったよ…』
また明日になればこの人は先生になる。この言葉が今だけだとしても、この人のこんな顔見れるのは俺しかいない。今はそれでもいいか、なんて上機嫌な俺は子供だ。
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