きみの許される天国のような場所



「苗字が海外出張に行って3週間かー」

「今回は嫌に長いわね」

「5月って忙しいんだなぁ」

「私らは暇してるけどねぇ」





釘崎とダラーっと机の上に伏せながら話していると、教室の扉が少し荒く開けられて伏黒が自分の席に着いたみたいだった。機嫌悪そうだなぁ…。



「…………」

「アンタ今から人でも殺めに行くの?目に光がないわよ」

「苗字と連絡取ってねぇの?」

「取ってない」

「え、珍しい…。連絡取らずに3週間?新記録じゃない?」

「なんで連絡取んねぇの?」

「名前が言ってんのはリオの方だ。時間がほぼ真逆なんだよ」






そう言って伏黒は舌打ちをしていた。目つきはいつもより鋭くて釘崎の言う通り人を殺めにでも行きそうな顔をしてる。




「組手でもする?運動すれば気も晴れんじゃね?」

「いい。今やったら加減できなさそうだし」

「それは…やめておこうか…」

「2年の時の別れた時より荒れてるじゃない」





伏黒は苛立っているのに貧乏揺すりとかしないから余計に怖いんだよなぁ。オーラがヤバいし、完全に表情から光が消えてる。




「早く苗字が戻ってくるといいな…」

「そうね…」




伏黒の健康のためにも…





∴∴∴∴





『あ゛ー……恵くんに会いたい…』




日本を発ってから3週間。もう限界。恵くんが足りない。恵くんに会いたい。というか海外なのに補助監督いないってどういうこと?ずっとひとりなんだけど。言葉分かんないし道も分かんないし既に10回は迷ってるんですけど。




『これが禪院家のやり方かぁ!?』




禪院直哉まじで許さないからな。言葉が分からないとか道が分からないとかより恵くんに会えないのが辛い。




『あと1週間も耐えられるかな…』





小さく呟いた言葉は酷く小さかった。




∴∴∴





『…懐かしき日本』




日本を発って1ヶ月経った頃にやっと私は日本に戻ってきた。暑くなり始めていた5月だった日本は梅雨に入っていた。傘を差しながら高専の門を目指しているとずっと想っていた人がポケットに手を入れて門によりかかっていた。





『……恵くん』






雨のせいで声は届いてないはずなのに、恵くんは顔を上げて私を見ると目を少しだけ見開いた。彼の瞳と目が合った瞬間、自分の目から涙がボロボロ流れるのを感じた。




「…何泣いてんだよ」

『恵くんだぁ〜!!本物だぁ!』

「はいはい、本物だから涙拭け」






恵くんは私の元へと移動して涙を拭ってくれた。その手が温かくて余計に涙が溢れた。本物だ。恵くんだ。かっこいい。優しい。大好き。





『寂しかった〜…!リオって何〜!?遠すぎるし長すぎるー!』

「お疲れ」

『疲れたー!本当に疲れたー!恵くん居ないし!』

「俺は日本にいたからな」

『なんでよー!なんで日本にいるのー!?』

「任務無ぇからだよ」





恵くんは私が差していた傘を奪って器用に閉じると自分が差していた傘の中に私を入れて片手で抱きしめて背中をポンポン叩いてくれた。




『恵くんの部屋で寝ていい?』

「…………分かった」

『手出しちゃ駄目だよ?』

「……………………分かってる」





少しカタコトな恵くんが怪しいけど今はそれよりも恵くんを感じたくて胸元に額を当てる。前に恵くんが私の匂いを嗅いでたけど今ならわかる。吸っちゃうよね。





「風呂入ってねぇからやめろ」

『恵くんだって前にやってた』

「……………」





恵くんの隣は幸せだなぁ。ずっとここに居たい。何にも縛られず全てを投げ捨てて、ただずっと。でもそんなこと出来ないのもちゃんと分かってる。恵くんには守るものが沢山あって、私だけを選ぶ事なんて出来ないことも。仕方ないって頭では分かってるのに、心の中ではどうして私だけじゃないの、って気持ちがグルグルと回る。本当に気持ち悪くて下劣だ。






「名前」

『………ん?』





名前を呼ばれて顔を上げると髪が耳にかけられて唇が一瞬だけ重なる。





「ふたりで逃げるか。このまま誰にも気付かれない場所を探して」

『……………え、』






小雨だったはずの雨が強くなって、傘にあたる音が嫌に耳に残った。



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